41話 夢の形見
今レヴィは呪いの奔流に必死に抗っていた。それをあざ笑うかのように。
「……やあ、レヴィ」
レヴィに背後から声をかける存在があった。
女戦士――幻影。
「ひっこんでろよ。今忙しい」
「ふふ。」
後ろから抱きしめられる感触は、いまだかつてなく鮮明だった。
「やめろ。ぶち殺すぞ。」
「ずっとこうしたかったんでしょ?」
「なわけねーだろ」
「強がっちゃって」
いつの間にか、女戦士は目の前にいた。ひどく近い。顔を前から抱えられている。
いつもの幻影より、ずっと近く。
そして――あたたかい。
女戦士はゆっくりと、両手でレヴィの頬を包んでいた。
「レヴィ。私は、あなたの剣の呪い。でも、同時に……あなただけの、剣の神様でもあるの。知ってるよ。あなたがずっと私のこと見てること。胸を。今なら届く。」
「やめろ……」
そのまま、彼女はレヴィの額に、そっと口づけた。
「……辛いなら剣をおけばいいじゃない。でも、できなかった。最後まで執着し続けてしまった。剣は、道具。でも君は選択してしまった。その道具を捨てられない。何を犠牲にしてでも。ノアちゃんを犠牲にしても。」
「やめろ!!!!」
「やめないよ。レヴィ。君はようやく届く。今なら届く。」
胸に。
――その瞬間、
夢が砕けるように、世界が白に染まっていく。
耳元で、最後のささやきが聞こえた。
「さあ――斬って生きて。そして、悔いて怒って、それでも剣を振るって。──その醜さこそが、あなたの美しさなんだから」
そして目に現実が飛び込んでくる。
レヴィが振り下ろそうとする剣を、必死に結界で押しとどめるノアの姿が。
ノアはレヴィの剣を結果魔術で受け止めていた。
衝撃で震えはするが、恐怖もためらいもない。
力強く差し出されていた。
「……しっかりして!レヴィ!!あんたが、呪いに飲まれたら、私が目を覚ます!!」
光の結界は、黒い霧の渦に食い込んでいた。
「お願い……戻ってきて!!」
その叫びは呪いの声を押しのけ、森全体に響き渡る。
レヴィの剣を持つ力が弱まりつつある。
ノアの叫びが、レヴィの心に確かに届いていた。
刹那──それは、不幸だった。
ほんの少しの、行き違い。
ノアの献身は、レヴィの意思を少しだけ戻した。
剣を握る手が少し緩み、呪いもわずかに弱まった。その瞬間だった。
レヴィは、幻覚に気を取られた。そして一瞬だけ剣の制御を失った。
背後──ゼルディス率いる精鋭部隊の中の王宮魔術師の一人が、咄嗟に魔力を放った。
呪文の奔流が黒い霧を裂き、無数の光の奔流が戦場を横切る。
呪いの渦は、暴れる力のままに周囲を、すぐ近くで剣を受け止めるノアに牙をむいた。刃のように呪いの瘴気が彼女の体を切り裂く。
そして光の結界も、彼女の魔力も、衝撃には耐えきれず、態勢を崩し──
「ノア……!」
レヴィはノアを助けるために手を延ばした。
レヴィは誤った。
ノアに手を伸ばし、必死に留めていた剣の制御を失ってしまった。
レヴィの剣は、まるで運命の悪戯のように、ノアを切り裂いていた。
ノアは切り裂かれてもなお、レヴィから目を離していなかった。
そして、その瞳から静かに光が消えていく。
「……帰ってきて」
かすかな声が、レヴィを呼んだ。
レヴィの胸の奥で、黒い亀裂がまたひとつ走る。
溢れる血のような黒い光の中で、
「戻ってよレヴィ……言いたい事たくさんあるのよ……。つーか、浮気すんな……してなかったけど……」
声が聞こえた。
深淵の闇の底から、低く笑う声。
それは呪いの剣でも、森のざわめきでもない。
もっと近い――自分自身の奥底から響いていた。
「……誰だ……?」
レヴィは暗闇に身を沈めながら問いかける。
そこに立っていたのは、もうひとりの自分。
血のように赤い目を光らせ、漆黒の剣を片手に、冷たく笑う影。
「よお、ようやく届いたな。俺の声が」




