38話 レヴィ討伐戦
討伐者たちの登録や物資の受け渡しで慌ただしい中、その依頼書をとると、ノアは冒険者ギルドの奥へ向かった。
ノアは受付カウンターの前に立つ。
ギルド受付嬢は、その差し出された依頼書を見て、彼女を見つめた。
「ええ、ノアちゃん本気で行くの?マジで?」
「依頼の受注をお願いします。」
「死んじゃうって。やめときなよ。」
「はやく、受注してください。」
「いや、話聞こうね……」
受付嬢の冗談めかした声。だがその瞳の奥に、心配の色があった。
ノアは真っすぐに彼女を見返し、静かに答えた。
「絶対に行く。だって――レヴィには選んでもらうから。」
「選ぶって……?」
「あなたか、私か。」
受付嬢は、思わず目を丸くした。
「いや、私はレヴィ君の件は、お遊びというか……!」
慌てて手を振る。
ノアの瞳は揺れない。
「じゃあ、レヴィに浮気を謝ってもらうから!!!」
「お、怒らないでよ」
「怒るわよ!!!!」
ギルドの中が一瞬静まり返った。
聖なる武具を抱えた冒険者や魔術師たちが、その会話に気づいてちらちらと視線を向ける。緊張感の中に不思議な空気が混ざる。
受付嬢は、依頼書の記述を大きく書き損じていた。
(やばい。ノアちゃんクソ切れてる。クソ怖い。)
ノアはぶつぶつ言っていた。
「あの浮気者め……。まさか朝がえりするとは……」
「いや、なんもなかったから。」
「信じられないから!!事の次第によっては、罰を与えてやる。」
受付嬢は少し考えると言った。
「いやいや、ホントに何も……」
「──思わせぶりな態度が漏れてる。何かあったっていってるようなものだから。それ!!」
「ないからー!」
「実刑、懲役判決を下さなければなりません。」
「敬語、敬語になってる!」
ノアは肩で息をしていた。
受付嬢は労うように声をかけた。
「不安だよね。そりゃ。レヴィ君。どうなるかわからないもんね。」
「……うん……。」
「言い訳なんだけどさ。レヴィ君ってさ、お金無駄遣いしないし、優しいし、一緒にいて気楽だし。まあ正妻は、いるけど、黙っててもらえば、いいかなって。」
その言葉に、ノアの心は一瞬跳ねた。
受付嬢のその目はどこか真剣で、レヴィとの関係を割と真面目に評価している様子だ。
ノアは、心の中で思った。
(ガチじゃん……!全然、お遊びじゃないじゃん……!!)
「レヴィ君。きっと帰ってくるよ。私が保証する。だから安心して」
(いや、だからあなたの存在が、不安の主な原因です。)
ともかくノアは力強く頷いた。
冒険者ギルドに集まった討伐者たちの顔ぶれは、ノアの目から見てもすさまじかった
巨大な剣を持つ戦士。銀色の鎧を纏った剣士、一切の魔力の乱れのない魔術師――他にもいた。
彼らが一堂に会する光景に、ある種の緊張が漂っていた。
それは冒険者ギルドだけではない。街全体も同じだろう。
街は畏怖と期待が入り混じった色に染まっている。
魔術の厩舎、厚い石壁の間に魔力が静かに蠢く。
王宮魔術師ゼルディスは、深い紫のローブを羽織り、長い杖を手に立っていた。
彼の周囲には、王宮に仕える精鋭の魔術師たちが集められていた。
レヴィを討伐するための遠征部隊であり、同時にそれは王宮魔術ゼルディスが指揮する国直属の部隊だ。
「各員、今回の任務は王国存亡に直結する。呪いに対抗できる存在として、我々が先陣を切る。任務を遂行する者には、栄誉と名声が約束される」
魔術の一人が資料を読み上げた。
「黒い剣士の位置、最新情報だ」
低く呟き、資料に記された地図を指差す。
「付近の森で存在が確認されている。死傷者は、無し」
「へえ……」
「死傷者なし……つまり、まだ完全に暴走してはいないか」
別の魔術師が冷静に分析する。
部隊はすでに、状況の周知と共有を終えている。
レヴィは呪いの剣を持ち、この街で活動をしていた。しかし呪いに呑まれた。
資料を読み終えた魔術師のひとりが、声を潜めながらゼルディスに問いかけた。
「隊長……生死は……?」
「問わない」
「まだ対象はまだ少年と聞いていますが……。」
「待てる最大限の力を持って撃滅しろ。」
静寂の中、部隊の誰もがその言葉に息を呑む。
「絶大な力をもつ、竜に手心を加えるような甘さで立ち向かえば、我々が喰われることになるだろう。各員、覚悟せよ」
ゼルディスの杖先から魔力がほとばしり、空気を震わせた。
「この任務は、王国の存亡をかけた戦いだ。容赦はするな――したものは、俺が殺す。」
部隊の精鋭たちは、厳粛な覚悟を胸に頷いた。
その命令は、彼らの全存在に刻まれた。
「各員、出発だ。静かに、だが確実に、任務を果たそう。」
精鋭たちは整列し、静かに戦列を整える。
結界符は腰に巻かれ、封印の巻物が慎重に鞘にしまわれる。
扉が開き、冷えた外気が流れ込む。街の影が、朝霧の向こうに溶けていく。
胸の奥で、ゼルディスはひとり呟く
(——レヴィ、許せ。お前を斬ることしか、もう選べない。俺の力が足りなかったのだ。)
杖を強く握り直す。指先に走る魔力が、冷たく、正確に制御される。
情に流されれば、国が滅びる。国を守るための冷徹。それが彼の役目だった。
崖の先に彼は立っていた。
その手には黒い剣。背後には黒き力が渦巻いていた。
森は奇怪に歪んでいた。
木々はねじれ、葉は黒ずみ、幹から微かに光る瘴気が漂う。
踏み込むたび、枝は低く垂れ、風の音は人の声のように囁いた。
――幻覚の中。
レヴィは、そこにいた。
いつもの、あの戦場。
瓦礫と、死体と、崩れた塔。
焼け焦げた草原の真ん中で、彼はひとり剣を握っている彼女を見ていた。
彼女を見ていたのだ。
終わりは、もうすぐそこにあった。
呪いそのものが、彼の心を試し、嘲笑っていた。
いつまで耐えられるのか。
それを問うのは、もはやレヴィ自身ではなかった。
その時、森の異形を辿るように、呪いの痕跡を辿り、国の精鋭部隊はそこへたどり着いた。
彼はそこに立っていた。
ゼルディスは杖を握り直し、短く息を吐く。
「各員、用心せよ……奴の力は、この森そのものだ。」
黒い剣士──レヴィのその姿は、人間の形をまだしていた。
しかしすでに単なる人間ではなく、自然さえも侵食する存在となっていた。




