37話 時間切れ2
呪いはレヴィの体を容赦なく飲み込み、黒い塊へと変じさせた。
やがて繭が割れるように形を変えていく。
黒い鎧。黒い剣。黒い翼。
黒い剣士。
――踏み出した。
それは一歩だった。
その一歩でその黒い剣士から、おびただしい呪詛があふれ出した。
怒り、恐れ、喪失、愛情、妬み、哀しみ……
現実と、幻覚の境界が薄れていく。
騎士達の動きは速い。
異変に反応すると、レヴィの体を、召喚された拘束の魔術の鎖で拘束しはじめる。
受付嬢は叫んでいた。
「レヴィ!!戻って……!!だめだよ!!!」
(レヴィだと……?)
ゼルディスは部隊を指揮しながら、救助されながらも、手を延ばし、声を張り上げる女性に気づいた。
女性は叫んでいた。
レヴィの名を。
レヴィの体はさらに変化しつつあった。
より大きく。呪詛を取り込むように。
人間の体躯だったそれは、すでに大の大人が見上げるほどに変じつつある。大柄な大人ほどか。
次々に聖鎖の魔術は、レヴィの体に絡みつく。
竜すら拘束する聖鎖がきしんでいた。ゼルディスは冷や汗を垂らす。
「戦術規模の結界魔術なのだがな……封印を維持しろ。魔術を展開する──いや、まずい!」
悪魔の羽が背中から広がった。
巨躯へと変じつつあるレヴィの体躯に合わせるように、剣も大きくなりつつある。
漆黒の炎のような魔力が煌めいた。
薙ぎ払われるように拘束の鎖は切り裂かれた。
ゼルディスは次々と魔術を繰り出す。
レヴィは剣を振い、魔術は霧散する。
あり得ない光景だった。
国の最高峰である王宮魔術師たるゼルディスの魔術を、まるで意に介していない。
──災厄
その言葉が浮かんだ。
避難される人々すら、戦いの余波で吹き飛ばされた。
その中にいた受付嬢は、体を打ち、うめき声をあげる。
突然はじまったその戦闘。混乱が、彼女の頭を支配していた。
騎士団の厩舎のど真ん中。
変質したレヴィ。
誰が見てもわかるほどに、レヴィは呪いに呑まれていた。
多くの騎士や魔術師達の攻撃を全く意に介していない。
先ほどまで一緒にいた。
なんなら手のかかる弟をみているようだった。
なんだかんだで気の合う友人と、あるいは恋人と過ごしているような、むずがゆい安らぎがあった。
それらは全て、消えた。
レヴィはゆっくりと周囲を見渡した。
倒れ伏した騎士の姿。
逃げ回る人々。
震えながら泣きじゃく街の人たち。
魔術が残した、焦げたような嫌な匂いが空気に漂う。
騎士団の演習場は、破壊の痕跡が凄惨に刻まれている
騎士団は立ちすくむレヴィに対して。迅速に行動を開始し、列をなすように包囲を進める。
「魔術の展開を急げ!」
「急げ!!相手は並の相手ではない!ドラゴンだと思え!!」
叫ぶ声が飛び交い、剣を構えた騎士たちがレヴィへと殺到する。
剣は、レヴィの心を今なお急き立てていた。
切れ。
自分に仇なすものを全て切り伏せろ。
レヴィの意思を介さず、体は動こうとする。
騎士達は、レヴィを捕縛するべく殺到する。
剣を振れば、弾けるように、人が吹き飛んだ。
(やべえ……体が勝手に動く……殺しちまう……)
レヴィはなんとか、包囲をぬけるべく走り出した。
体の制御がまるで効かない。
立ち止まっては、走り出す。それを繰り返す。
背後に迫る騎士団の声、剣の衝突音。
ふり下される剣。それを呪いの剣で弾く。
制御などしていない。
体の一部になったように、呪いが権能を発揮し続けている。
呪いにまみれた体は、まるで別の生き物のように、あばれようとする。
少しでも、踏み外せば、容易に線を踏み越えるほどに。
黒い魔力が迸る。
騎士の剣をレヴィの体に近づけさせない。
(畜生……畜生……!!!!)
周囲の空気が震えた。
地面が軋み、周囲に黒い波動が奔る。
ノアは気づいた。
「レヴィなの……?」
人混み。悲鳴。その向こうに黒い魔力。
そして突然現れた黒い騎士が、逃げるように、演習場から、騎士の厩舎から、街へ消えていく。
残された呪いの瘴気には見覚えがあった。
あの立ち振る舞いも。
「ゼルディス様。レヴィが、あれ……。いや……レヴィ……」
「ノア。落ち着け。」
ゼルディスはノアを抱きしめる。
ノアは震えていた。
震えた体で、視線は黒い騎士が走り去った先を追っていた。
「いやよ……いかないで……だめだよ……レヴィ」
「ノア。落ち着け!!ノア!!!!状況を確認する!!あれがレヴィだと限らない!!」
首を激しくふるノアをゼルディスは抑えつけた。
言いながらゼルディスは反芻する。その黒い剣士は呪いの剣を持っていた。
なら答えは、それ以外ない。
長いローブの袖が風に翻る。
その顔には、冷静と警戒があった。
(呪いに飲まれたか、レヴィ!!ばかが……!!!)
今だなお、喧騒が街を包んでいた
遠くに目をやれば、赤黒い光の迸りが見えた。
――――後日、昼下がり。冒険者ギルド。
扉が勢いよく開かれ、王国の紋章を刻んだ巻紙を抱えた兵士が入ってきた。
ギルドマスターが恭しく受け取り、赤い蝋封を切る。
重々しい羊皮紙が冒険者掲示板に張り出される。
依頼書の下には、王家の紋章の印璽
同じ依頼が、地方都市や辺境の村の掲示板にも貼り出されていた。
──討伐依頼
討伐対象:黒い剣士
呪いに飲まれ、己の意思を超えた力に支配されていると考えられる。
その力はドラゴンと等しい、街や王国全土に脅威を及ぼす可能性がある。
報酬:金貨1,000枚
生死は問わず、討伐の成否に応じて支給される。
備考:
黒き剣の力は、聖なる武具や特殊な魔法によってのみ封じることが可能とされる。
討伐者は十分な準備を整え、慎重に行動すること。
勇敢なる者たちよ、命を賭して挑め――栄誉と報酬は、その者に与えられる。




