35話 シャワー
――受付嬢視点――
(……ま、いいか。レヴィ君なら…)
共同浴場。
ぬるめにしたシャワーの水が、肩を伝って流れていく。
ほっと息を吐きながら、彼女は鏡の中の自分を見つめた。
頬は赤い。胸の奥が、じんわりと熱い。
(何やら凹んでるみたいだし、一発やれば元気になるっしょ。……どっかのエロい冒険者さん言ってた……)
胸がドクン、と鳴った。
(ま、待って……これやばい。……むっちゃドキドキする。いいのかな。いいんですかノアちゃん……営んじゃって)
耳まで熱くなる。
(え、でも傷だらけで動けないし、呪われた剣もってるけど、優しいし……
お金もあるし、強いし……!)
彼女はシャワーを止めると、慌てて髪を拭いた。
(よし。私的には問題なし!!)
タオルで体を押さえるたびに、自分の肌の柔らかさが意識にのぼる。
胸の谷間、腰のくびれ、太ももの感触。
(ただ、……これって、なんか……恥ずかしい……)
(でも……もし、本当に彼が求めてきたら……)
一瞬、少年の顔が脳裏をよぎる。
真っ直ぐで、でもどこか脆くて、危うくて。
剣を抱えて震える、その背中。
(それがさらに、私に……私だけに、見せる顔だったら……)
ぎゅっと胸の前でタオルを握りしめる。
(……大丈夫。大丈夫、私……受付嬢だから。
ギルドでも、ずっと皆を支えてきたんだから……!)
震える足で、着替えを手に取る。
そして深呼吸して、ドアノブに手をかける。
(ごめん。ノアちゃん。でも君が悪い。さっさと首輪つけとかないから!!!)
シャワーの水音が止まり、湯気の中で息を整える。
タオルを取って体を軽く拭きながら、鏡に映る自分を見た。
(流れは完璧。行き先がないからしょうがなく泊まる感じもだしたし、ご飯も胃袋にぶち込んだし、傷の手当も清拭も完璧)
すうっと息を吸う。
心の奥でモヤモヤしていた迷いが、意外なくらい簡単に整理される。
(うん、決めた。)
タオルを外し、準備を終え、最後に深呼吸。
(剣も呪いも、全部まとめて……来るなら、ばっちこいや。)
鏡の前で小さく笑って、頬にほんのり紅を差す。
(さすがに、ちょっとだけ……可愛くしておこう。)
着替えは、部屋着のままでもよかったけど――
今日は、こういうこともあるかもしれないとなぜか買っておいた薄いナイトガウンを羽織った。
肩が少し見えて、胸元も普段よりゆるい。
(ちょっと大胆すぎるかな……でも、いいよね。)
ドアの前に立ち、そっと取っ手に手をかける。
(大丈夫。受け入れるわ、全部。)
小さな決意を胸に、扉を開けた――
そしてレヴィは寝ていた。
部屋の中。
月明かりに照らされた窓際。
(……寝てる。)
受付嬢はぽかんとした。
ついさっきまで、あんなに胸を締め付けて、恥ずかしくて、勇気を出して――
(……そりゃそうだよね!? 一日中ダンジョンで戦ってたんだもん!)
自分だけがひとりで盛り上がっていた。
自分だけが決めて、覚悟して、ドキドキして――
(あああああっっ!! あっせるー!!)
思わず口を押さえた。
顔が真っ赤になって、目から火が出そう。
胸元のナイトガウンをぎゅっと握りしめる。
(な、なにこれ……どうしよう……!)
でも、近づいてよく見ると、彼の顔は安らかで、穏やかで。
(……疲れてるんだね。)
そっとしゃがんで、彼の髪を撫でる。
自分にしか見せない、無防備な寝顔。
(……まあ、いいか。)
体が熱いのは気温のせいだ。多分。




