34話 受付嬢の部屋
落ち着かない。
レヴィは思った。
まじで、落ち着かない。
椅子から移された簡素なベッドの上。
剣は手の届くところにある。
「はい、ご飯。」
受付嬢が、言った。
小さな木の盆に乗った湯気の立つ雑炊と、黒パンの欠片、塩漬けの根菜。
それをレヴィの前に、ことん、と置く。
レヴィは、じっとそれを見つめた。
(……そうだ。飯、食べてなかった。)
深層で何日も彷徨い、ただ剣を振るって、幻影を追い、血と穢れを啜るだけだった。
飢えていたことすら、忘れていた。
「……食べなさい。」
受付嬢は背を向け、台所の方で水を汲んでいる。
だが、その声は冷たくなく、むしろ押し出すような、細い優しさがあった。
レヴィは、ゆっくりと木の匙を握った。
口に運ぶ。
熱い。
だが、優しい。
のどを通ると、内側から体が震え、何かが溶けるようだった。
「……おいしい?」
「ああ、うまいよ。」
「良かった。ここでまずいとか言ってたら、あんた追い出さなきゃいけなかったから」
「……お、おう。」
彼は、顔を伏せて、ただ必死に雑炊をかき込む。
(うめえや。)
止めどなく、零れる雫が混じっても、箸を止めることはなかった。
(……ああ、本当に帰る場所なんて、どこにもなかったのね。)
彼女は小さく息をついた。
だが、それ以上は何も言わなかった。
「……傷の手当て、してあげる。」
「いいよ。」
「いいじゃない。早く脱げ。」
「傷が多いんだよ。ビビらせちまう」
「言い訳はいいからはやくしろ」
レヴィは受付嬢の威圧的な笑顔に観念した。
レヴィはゆっくりと、荒く裂けた上衣に手をかけた。
布が乾いた血で固まっていて、剥がすたびに浅い傷口が開き、痛みが走る。
受付嬢は、そっと近づいてきた。
冷たい布と薬瓶を手に、レヴィの体を見下ろす。
「……ひどいわね。」
「まあ、多いほうか。」
「あんたさ、それすごくやばいのに、普通って言うとこあるよね」
「でも、いつもだ」
胸、背中、腕、腹。
無数の切り傷と、瘡蓋になった裂傷、黒い紋が浮かぶ痕。
「動かないで。」
受付嬢の指先が触れるたび、ひやりとした薬が肌を走る。
少年は歯を食いしばり、呻き声を堪える。
「……っ、く……」
受付嬢は眉を寄せ、そっと彼の額に触れた。
「はい、動かない。」
その言葉に、少年の全身から一瞬力が抜ける。
剣を握るときの鋭さも、深層の恐怖もない。
ただ、生きている痛みが、全身を突き刺していた。
「大丈夫、大丈夫……」
手際よく、消毒と手当をつづける。
(……なんだ、これ……)
「……もう少しよ。」
受付嬢は最後に包帯を巻き、そっと少年の手を取った。
少年は、何も言わなかった。
ただ、震える唇で、呼吸を繰り返していた。
受付嬢は黙々と、作業を続けた。
やがて手当は終わった。
流水で傷を洗い流し、清拭も同時に行った。手当を終えたレヴィの体はそこそこ綺麗だ。
「私はシャワー浴びてくるからね。」
受付嬢は軽く笑みを浮かべながら、そう言って部屋を出ていった。
その足音が廊下で消えるまで、少年はじっと静かに座っていた。
(……は?)
え。シャワー??




