32話 打ち上げ
魔術師は本腰を入れて、状況の改善に努めていた。
控え目に言って彼らは輝いていた。孤児院の保護もその活動の一貫か。
――ある日のこと
レヴィは、いつものように素材を換金して、銀貨を袋に詰めて、孤児院へ向かった。
孤児院はすでに生活の一部であり、帰るべき場所となりつつあった。
その日、扉の前に立っていたノアは、どこか違う空気を纏っていた。
「レヴィ。……もう、金はいらないの」
ノアの言葉は、鋭く、しかし柔らかく胸に突き刺さった。
「今日ね、王級魔術師に声をかけられたの。ゼルディスさんって言ったかな。一番偉い人みたい……その人に、私、魔術の資質を見出されたの」
「ノアが……見出された?」
「うん。わたし……ずっと、レヴィみたいに戦える力がないって思ってた。今だってただ料理と子守りくらいしかなやってないし……測定術にかけられたら、魔力の素質があるって」
レヴィの手が、銀貨の袋をぎゅっと握った。
「それで? ゼルディスが何だって?」
「私を、弟子にしたいって言ったの。そして条件を出したの。『この孤児院ごと、面倒を見てもいい』って」
「……それって」
「だから、もう……お金は、いらないの。子供たちは、王都の後援を受けられる。医者も、教師も来る。もっと良い暮らしができる」
ノアの笑顔が眩しかった。
愛しいと思う。
レヴィはそれを言った。
「打ち上げでもやるか。パーっと。」
「うん。」
孤児院の中庭は、いつもより少しだけにぎやかだった。
テーブルの上には、小さなパンと干し肉、それから珍しく甘い果実酒が並べられている。
「今日はお祝いね。盛大にやりましょう」
老シスターが声を張り上げると、周りの子供たちがわっと歓声を上げた。
「でも…こんなに大げさにしなくてもいいのに……」
「何言ってんだ! ノアねえちゃんのことなんだぞ? 一生に一度かもしれないだろ? いや、たぶんもっといっぱいあるかもしれないけど……でも今日は、今しかないんだ!」
「……ありがとう。ほんとに……ありがとうね」
「これからも、ずっと一緒だ!」
「……うん、ずっと一緒!」
そして、周りの子供たちと一緒に笑い合った。
少し酔ったような温かい空気が、静かに溶けていった。
レヴィは遠巻きに参加していた。
そんなレヴィに、ノアが近づいてくる。
「レヴィ。今日はありがとね。」
「いいさ。ちょうどみんなで騒ぎたかったからな」
「ていうか、騒ぐの嫌いじゃん」
「い、いや、まあ、見てるのは、ギリ。」
「……しょうがないなあ。さあ、主賓にキリキリお酒をつぐ。」
「はいはい。」
「はいは一回。」
「ねえ。レヴィ。落ち着いたら考えようよ。私たちの未来について。2人の。」
ノアは酔っていた。
酔い潰れていた。孤児院からシーツを持ってきてかけてやる。
「もう誰かがいなくなるのは、嫌なの。おばあちゃんも、村のみんなも、みんないなくなっちゃった。」
「未来を掴むんだろ?ノア。そんな事にならない未来を。」
「うん……ありがと。」
「ノア。ベッドに運ぶぞ。」
「うん……。」
肩を支えて、部屋に向かう。そしてベッドに辿り着く。
レヴィは気づいた。
ノアが全然離してくれない。
「あの、ノア先生。離してもらえますか。」
「絶対嫌。知ってるよ私。レヴィ、ギルドの受付嬢と、あれからも、すごく話してる事。」
「いや、話したかな?金の話しかしてねーが。」
「見せてよ。呪いの刻印。そしたら離してあげるから。」
レヴィはため息をついた。
諦めてレヴィは服を脱ぐ。
隠しておくのは限界だろう。
ノアはレヴィの刻印を手でなぞる。広がりに広がった刻印を。
「ねえ。レヴィ。あんたさ、私達のためにそこまでしなくてもいいんだよ。
自分の事を考えてよ。1人だけでそんな姿にならなくても、もう、私も戦えるから。」
「そうなのかな。」
「うん。1人で抱え込まないでよ。私、そんなに頼りない?」
「いや……俺、抱えすぎかな」
「うん。」
レヴィとノアの関係は変化しようとしていた。
生活も。
その未来も。
呪いの剣はおそらく、変わらない。
出会った時のまま、そのあり方のままに呪いを撒き散らし続ける。
きっとこれからも。
持ち続ける限り。
呪いの剣を拾った時から続く、果てのない戦い。それが、終わるのかもしれない
「よし、私も脱ぐね。」
なんだか、ノアが奇妙な事を言い始めた。
「あの……ノア先生?」
「早く、脱がせてよ。レヴィになら、いいから。」
「いや、なんで」
「受付と、お金の話ばっかりしてるんでしょ?胸で対抗すればいけるかなーって。だって大きさって数字だし、そう思うよね?」
「いや、怖いから。」
急にハンターになるのだが。
理詰めで仕留めにかかってくる。
レヴィは完全に凍りついた。
ノアに手を伸ばす。だが、やはり思いとどまる。
その様子を見て、ノアは微笑んだ。
「レヴィ、おっぱい好きでしょ?」
「まあ好きだが。」
「手を伸ばして。いいんだよ。」
そしてノアは寝た。
すやすやと寝息をたてるノアを見る。
レヴィは、変わるものと、変わらないものについて考える。
レヴィにとって、ノアの胸を真実ではない。
ノアの胸を想起しても、暴れ狂う呪いの権能を制御し切ることができないからだ。
これほどまでに愛しいのにと思う。
これでもなお、呪いからしてみれば、真実ではないというのか。
これほど胸を締めつられるというのに、それでもなお、真実ではないのか。




