26話 孤児院
ダンジョンで得た素材を背負い、レヴィは街へ戻ってきた。
剣の血をぬぐう暇もなく、真っ直ぐ向かうのは――冒険者ギルドの換金所。
ギルド嬢が言う。
「ねえ、呪いの刻印……また増えてない?」
「別に。気のせいだろ」
「気のせいじゃないわよ。私、記憶力には自信あるんだから。ほら隠した。」
レヴィは左の腕を、右手で覆い隠す。彼女は顔をしかめながら、少し身を乗り出してくる。
「前は手首までだったのに。今、肘の上まで来てる」
レヴィは答えなかった。
ギルド嬢は続ける。
「……このままだと、命、持たないかもよ。その剣使うのやめたら?正直、君にダンジョンを進めた事を後悔してる。君、自分の命をなんだと思ってるの?」
その声には、心配と――どこか諦めが混じっていた。
「好きでやってるんだ。気にするなよ。俺は魔物を倒す。冒険者ギルドにもメリットがある。関係は健全だろ。」
「レヴィ君。私は──」
「いいんだよ。あんたには感謝してる。本当に。みんな呪いを気味悪がるけど、あんたはそんな
事ないしな。」
「それは、レヴィ君が金ヅルだから。」
台無しだった
レヴィとしては、その軽さに救われている所があった。
「レヴィ君。今度休み合わせよーよ。ご飯食べよ。」
レヴィは首を傾げていた
受付嬢は思った。
(あれ?これ、少年に伝わってないぞ?)
「普段チップもらってるから、奢るよ。レヴィ君。」
「……いや、逆に俺が奢るよ。あんたから、奢られるとか、気味が悪い。」
「ひでー。」
小高い丘の上に建つ、傾いた屋根と煙突が目印の古い建物。
軋む門扉を押し開ける。
奥の方、薬草の匂いの部屋から、ノアが現れる。
ノアは美しく成長していた。
少し伸びた髪を後ろで束ね、目元は昔より凛としていた。
細くしなやかな指。
くすりと笑う横顔に、レヴィは目を逸らした。
まるで見ることすら――罪のように思えた。
──それくらい、本当に、綺麗だった。
「……レヴィ。おかえり。無事で、よかった。」
「ただいま。ノア。大袈裟なんだよ。そりゃ無事だって。」
「どうだか。怪我してるよね。見せて。」
「いや、してねーし。」
「子供か。肩のとこ血で濡れてる。早く見せなさい。回復魔術かけてあげるから。」
移動するとノアは言った。
「じゃあ脱いで。」
「……脱ぐよ」
「ちゃっちゃとね。」
ダンジョンで貰ってしまった傷をみせる。
ノアは、口調は淡々としていたが、細い手がわずかに震えていた。
(やはり心配させているな。ミスった。攻撃食らわなきゃよかった。)
ノアの視線が、ふとレヴィの腕へと落ちる。
刻まれた黒い紋様。
それは、確かに前より広がっていた。
「……」
けれど彼女は、何も言わなかった。
ただ、そっと少年の背中に手を当てた。
「今夜は、みんなで一緒に寝てよ。」
「剣があるからあぶねえんだよ。」
「バカ。ベッド空いてるでしょ。私の隣。」
そう言って、ノアはレヴィの手を引いた。
孤児院の一室。
静かな夜、蝋燭の灯りだけが柔らかく揺れていた。
「ねえ、レヴィ。ダンジョンでの事、聞かせてよ。」
「面白い話でもねえよ」
「いいから。聞かせて」
ノアはすでに聞く態勢に入っていた。
レヴィは話した。
「そっか。なんだか懐かしいな。レヴィって、剣の幻覚を胸を見る事で制御してるんだよね。」
「そうだな。呪いは守るべき対象への想いを糧に、欲情をトリガーとして制御する。」
「ふーん。ねえレヴィ。」
「なんだよ。」
「ちょっとだけ見てみる?私の胸。」
その時、レヴィはひどくどうでもいいことに気づいていた。
──戦慄した。
自分自身が崩壊しそうなほどの衝撃に頭がくらくらした。
「どうしよっか?レヴィ。」
ノアは首をかしげていた。
今までのノアと全く変わりない仕草。何の違和感もないその光景。
だが一点だけ、その一点が痛烈にレヴィの認識を引き裂いていた。
(あれ?ノアがエロい?)
その姿に、意識的に欲情することはあるとはいえ、ここまで本能に訴えかけてくるものではなかった筈だった。
ノアは獲物を狙うハンターのようにジリジリととレヴィに近づいていた。
レヴィはジリジリと下がった。
「ねえ。どうするの?。」
ノアが、何事もなかったように距離を詰めてくる。
服に手をかけていた。差し出すように。
和やかな表情。
「……幻覚なんて、今ないでしょ。レヴィ。」
静かに、そして容赦なく、ノアはレヴィを追い詰め始めた。
「……ある」
「嘘ばっかり。幻覚見てるときは刻印が光るもの。今は静か。全ておみとーしでーす。」
「ぐ」
もう長い付き合いだ。
ノアは知っている。
レヴィの沈黙の裏に何があるのか。
その目線の意味も、その動揺も。
素直になっていいのに。
手をのばしてくれればいいのに。
ノアは高鳴る胸を押さえつつ思う。
(これくらいにしとこーか。)
息が掛かるくらいの距離。
でもきっと、レヴィは手を伸ばさない。
でもバカみたいに何度も周り道をして、君はきっとその一歩を踏み出すんだ。
「大丈夫だよ。どんな事があっても、レヴィは変わらないから。」
「ど、どういう意味だよ。」
「自分で考えたら?待っててあげるから。」




