23話 森を抜けて
森の広場。
木漏れ日がようやく差し込み、静かな風が緑の葉を揺らす。
かつては呪いと瘴気に満ちていたこの場所も、
今は少しだけ――安らぎの気配を取り戻しつつあった。
レヴィやノアの傷はいえ、準備も終え、あとは旅立つだけとなった。
シルフィリアはふと立ち止まり、ぽつりと口を開いた。
「……ルゼフはね。君の先代の呪いの剣の契約者よ。」
レヴィは頷く。
「……そんな気はしてた。」
「うん。だいたい……300年くらい前かなー。」
「300年かー。スケールがでけー」
「精霊だからね。300年なんて誤差よ。“少し前”って感じ?」
シルフィリアは広場の中央に目を向けながら、淡く微笑む。
「彼もね、最初は全然ダメだった。剣もまともに扱えなくて、しょっちゅう怪我して、バカで……」
「……あれ、どっかで聞いたことあるよーな?」
ノアの横槍が入った。
「レヴィと一緒だね」
「うっせぇ」
呪いの剣を巡る物語は、300年前にも紡がれていた。
そしてその結末が、今日この森に幕を引いた。
「じゃあ、俺は……その続きってことか?」
「いいえ。君は、君の物語を紡ぐ。」
ノアは聞く。
「ルゼフさんの真実はなんだったんですか?」
「言わなきゃだめ?」
「気になるので」
シルフィリアはため息をついた。言いづらそうにそれを言った。
「……私への恋。世界のためとか言いながら、正義のためとか言いながら、剣を振るい続けた。バカな人間。だから呪いに飲まれたのよ。」
シルフィリアは静かに呟いた。
「この地で私と出会わなければよかったのに。
そう思うわ。そうすれば、300年も彷徨うこともなかったのに。」
その言葉に、レヴィははっきりとした声で応えた。
「それは違うよ、シルフィリア様。それは違う。」
レヴィの瞳は真っ直ぐに彼女を見据えていた。
「最後、彼は――届いたんだ。真実に。俺はそう思う。」
シルフィリアは一瞬、驚いたように目を見開いた。
そして、やがて柔らかな笑みが零れた。
「……そうかもしれないわね。」
風が森を優しく撫で、二人の間に静かな時間が流れる。
シルフィリア様は眉をひそめ、少し困ったような顔をしながら言った。
「ありがと、レヴィ。でも君は、絶対に真実には届かないと思う。思いあがらないで。」
その言葉に、少年はひくつきながら、胸の内で思った。
(この精霊、俺の真実、嫌いすぎなんだけど!!!)
幼馴染は、穏やかな森の広場に立ちながら、静かに尋ねた。
「森は……どれくらいで元に戻るんですか?」
それに対して、シルフィリアは少しだけ空を見上げてから答えた。
「すぐには無理かな。
君が大人になって――子供ができて、その子供がさらに次の子供を持つくらいかな。」
「……え?」
「ざっと言えば、百年単位ね。」
「そんなに……!」
「そうよ。呪いは、ただ解けただけじゃ終わらない。染みついたものが、少しずつ癒えていくには……時間がかかる。」
シルフィリアの声には、どこか遠いものを見ているような、懐かしさと哀しさが混ざっていた。
「でも、確かに始まったわ。再生が。
森は、また“森”に戻っていく。たとえ百年かかっても。」
レヴィはその言葉を聞きながら、そっと地面に手をついた。
乾ききった土の奥に、微かな温もりを感じた。
「……だったら俺、見届けられないな。」
「ううん」
シルフィリアがふわりと微笑む。
「見るだけなら、できるかもしれないよ。
……契約者としての終わりを、ちゃんと迎えたら。」
「……不穏なこと言わないでくださいよ……?」
シルフィリアは、まるで当たり前のことを言うように、さらりと続けた。
「……いや、だって君の真実は届かないから。」
まっすぐ、悪意なく、けれど容赦なく。
レヴィは、一瞬固まった。
「えっ……あ、うん、あの……ちょっとくらい気を遣ってもらっても……?」
「事実を述べただけから。しょうがないな、言い直そうかな。“限りなくゼロに近い届かなさ”。」
「ひでぇ!!」
「それでも君が追いかけるっていうなら、好きにすればいいわ。どうせ止めてもムダだし。変態の執念って、すごいものね。」
シルフィリアはふう、とため息をついた。
レヴィは思った。
(この精霊、容赦ねー。)
泣きそう。




