21話 森の主シヴェル2
剣を振り下ろしたその瞬間、シヴェルの角にかすかな傷がついただけで、巨体はびくともしなかった。
シヴェルからの反撃の兆しを感じたレヴィは、即座に身を翻し、退避行動に移る。
重い地響きと共に、森の主シヴェルが勢いよく前足を振り上げる。
レヴィは素早くシヴェルの体を駆け降りると、横に飛び退く。地面に深い裂け目が走る。
まるで爆発。
レヴィは体勢をくずしていた。
(まじい!!ミスった!!直撃を食らう!!)
こちらを見下ろす、シヴェルと目が合った気がした。
大地にはクレーター。
シヴェルはきょろきょろを周囲を見渡す。
シルフィリアに捕まり、レヴィは宙に浮いていた。
「──間一髪。感謝しなさい。」
「あ、あっぶな。シルフィリア様すいません!」
「意気込みは買うけど、存在格で言えば、シヴェルは私と同格。あなた、私と真っ向勝負して勝てると思う?」
「やってみたことないからわかんないっす!!」
「竜巻に勝てるかって事!台風並みの自然災害にに剣で勝てるならシヴェルに勝てるかもね!!」
「無理です!」
シヴェルは攻撃対象がいなくなったからか叫ぶ
「■■■■■───!!!!」
その言葉に呼応するように、シヴェルの背に異形の変化が現れる。
どろりと黒い魔力が滲み出し、
森の主の背中から、にゅりり、にゅるりと――無数の黒い触手が、うごめくように生えはじめた。
「シルフィリア様……!!シヴェルの背中か、なんか、気持ち悪い、でかいイカの足みたいなのが出てきたんだけど⁉︎」
触手は意思を持っているかのように蠢き、空を裂くようにのたうち回る。
その一本一本が、地に落ちた木々を腐らせ、空気を淀ませ、森そのものの命を吸い取っていた。
シルフィリアは険しい表情を浮かべる。
「あれも呪いの権能の一つ。君の剣と同質の力。」
レヴィは言葉を失い、剣を見下ろす。
「あれと同じ……?」
「そういうこと。周囲の命を際限なく吸い取り、存在をゆがませる。存在しているだけで世界の理を歪ませる。つまり、ただの森が魔障の森となった原因そのもの。」
「つまりあれか……。シヴェルは呪いの剣の力の成れの果て。そしてそれが、森を変質させて村を滅した。同時にそれは俺の未来にもなりうる!」
「言葉を選ばずに言えばそういうこと!だからさっさと封印して、破棄したかったのに!!」
シルフィリアはレヴィに叫ぶように言った。
「なんで適応しちゃうかな!!!ばか!!!」
(なぜそこで俺を責める……!)
しょうがないじゃん!
拾っちゃったんだから!!
「それと!!」
「なんすか!!」
シルフィリアはそれを言った。
「君の剣からも出てるからね!!黒いの!!多分同質存在であるシヴェルの呪いに呼応した!!」
レヴィは目を見開き、自分の呪いの剣をまじまじと見つめる。
確かに、剣の先端から――
もやしみたいな、ひょろひょろの黒いのがピロッと生えていた。
「いや、いやいやいや!! もやしみたいのしか出てませんけど!?!?」
絶望とツッコミが混ざった声が森に響く。
(なんかこう……イカとかタコみたいな立派な触手じゃなくて……これ完全に貧弱野菜なんだけど!!)
それを見て、シルフィリアはなぜか満足げに微笑んだ。
「もやしね──!!しょぼ……っ!!!」
「傷つくんでそういうこと言わないでください!!」
「操れる!?」
「少しは!!」
「おっけい。なら君は真実を――その黒い魔力に乗せて、ぶつけて!!道は――私が切り開く!」
瞬間、彼女の身体が淡く光り、風の精霊たちが四方に解き放たれる。
嵐のような旋風が黒い触手の隙間を裂き、少年の進むべき一点に風の道を作り出した。
「……マジかよ……!」
レヴィは呆然としながらも、震える剣を握り直した。
それはまさに光の奔流。
光る風の氾濫。
積層型の魔術陣から、シルフィリアの無限とも言える魔力が放出される。
目を開けてられないほどに眩しい。
すげえ。
これが大精霊の力か。
幻想的な光景に言葉がでない。
レヴィは剣を構える。
その刃先には――確かに“もやし”が揺れている。
だがそのもやしに、レヴィは自分の想いを重ねた。
守れなかった村、失ったもの、呪いに振り回された運命――
そして、今ここに立っているという真実を。
「いけるか……? こんなもやしみたいな俺でも……!」
シルフィリアは振り返らずに言った。
光輝く無限の風の嵐で、黒い触手を押し除けながら、
「いける!“それ”が君の真実なら!!」
「だったら見せてやるよ……!!」
呪いの剣が唸る。
もやしが――ほんの少し、太くなる。
そしてレヴィは、風の道を駆け抜けた。
「いけええええええええ!!!!」
黒い閃光が、森の主シヴェルへと――真っ直ぐに突き刺さった。




