19話 風の大精霊シルフィリア5
日数がたっていた。
レヴィは手の動きや体を動きを確かめていた。
「傷は癒えてきているみたいね。」
「ああ。おかげさまでな。おそらく以前のように戦えるだろう。」
子供達は広場を走り回っていた。
ウサギが煩わしそうに逃げていた。
まぶしそうにノアはその光景を見る。
「どうするの?」
「シルフィリア様の頼みか?」
「うん……」
森から出るだけなら、もはや出る事ができる。
きっとシルフィリアは言葉通り、森の外へと導いてくれるだろう。
(シルフィリア様は言った。)
シヴェルは、300年森を彷徨い、呪いが深まった存在。
森の変質は、そもそもシヴェルの力の影響が、急速に拡大したことにある。
シヴェルを倒す事で、魔瘴の森は開放される。
(シルフィリア様は森を浄化したい。その手伝いを俺や、呪いの剣に求めている。)
彼女の声には慈愛と同時に、厳しさもあった。
(彼女の助けがなければ自分も、ノアも、子供達も死んでいた。恩がある。それに……村が滅んだ原因に、一言、言ってやりたい気持ちもある。)
「……ノア」
レヴィは静かに言った。
「行くよ。俺。」
ノアは呆れたように小さくため息をついた。
「そういうところ、あるよね。わざわざ逃げ道まで用意してくれてるのに。死んじゃうかもって言ってるのに。」
レヴィは拳を握りしめ、目を真っ直ぐに見据えた。
「正直、300年の呪いとか言われてもよくわかんないけど、呪いの剣はクソだけど……せっかくだから、俺の真実をその呪いの果てにぶつけてやる。」
レヴィは声に熱を込める。
「この乳への、情熱を。」
ノアはとりあえず曖昧に頷きながらも、胸の内で強く思った。
(乳はやめろ……)
風が静かに吹き抜け、二人の決意を祝福するように揺れた。
二人はシルフィリアに告げた。
その決意を。
シルフィリアは、レヴィの顔を見つめながら、静かに言った。
「……何度も聞くけど、いいの? 剣士君。」
「ああ。あんたには世話になった。あの時、俺たちは終わっていたはずだった。だが、それを抜きにしても、シヴェルには一言言ってやりたい。俺の想い。そして村のみんなの想いを。」
「そう。死ぬかもよ?」
「かもしれない……だけど」
レヴィは呪いの剣を見た。
「俺はこいつを制御するのに、何度も死にかけた。大変な事ばっかりだった。だけどそうでなければ、そうしなければ、俺は死んでいた。その道は、まだ途切れていないように俺は思う。」
「……めんどくさい剣士君ね。これだけ警告してるのに、お人よしだこと。」
風がざわめく。
シルフィリアの瞳はどこかに優しさと、鋭い悲しみを帯びていた。
「シヴェルは強大。300年前、“選定の剣”の契約者だった者が、己の命と意志を“理“に変えてまで、この森を封じた存在。つまり、ひらたく言えば君の先輩。」
その視線は、もう試すようなものではない。“戦う者の覚悟”だ。
「下手をすれば──いや、下手をしなくても、死ぬ。戻るなら、今だ。その剣は君の選択を否定することはない。真実は、いつか別の形で果たせるかもしれない。だが──それでも進むなら」
言わなくても、わかっている。
「進むなら、すべてを賭けてもらうから」
「当たり前だ。」
その覚悟がなければ、この森は超えられない。
ノアも守り切れない。
子供達も守り切れない。
そして、ばあちゃんや村のみんなから託された、たくさんのものを、守り切る事ができない。
ノアは、風に髪を揺らしながら、レヴィの背中を見つめていた。
「……気をつけてね。レヴィ。変なとこで死なないで。帰ってきたら、ちゃんと文句言わせてもらうから」
その言葉に、レヴィは小さく笑った。
事前に話し合っていた。ノアは残る。子供達を見ている者が必要だ。役割分担が必要だった。
「了解。生きて帰る。胸を張ってみんなのために戦ったって言うからさ」
風が揺れる。
「なんか、大事になっちゃったね。」
「だなー」
「レヴィはなんかすごく強くなってるし」
「俺も……俺自身を、わかってないんだけどな」
風が揺れ、木々がざわめく。
「だけどな……クソみてぇな幻影を張り巡らせて、誰も彼も惑わせるようなやつに……」
レヴィは、ゆっくりと剣を構え、足を一歩踏み出す。
「負けるわけねぇ。俺は、いつだって手を伸ばしてきた。誰かのために、何かのために、そして──」
その目は、真っ直ぐだった。
剣の奥に宿る、今はもう呪いではない光が揺れる。
「真実に。」
「その真実って、おっぱいだよね?言いたいだけだよね??かっこつけてもだめだからね。」
「……はい、すんません。」
ノアは、静かに観念した。
唇を噛みしめ、目を伏せて、それでも顔を上げたときには、強い意志がそこにあった。
「レヴィ。待ってるから」
「おう。」
村の中で見せた笑顔と、同じ顔を、レヴィは見せた。




