9話 くそ仕様の呪いの剣
少し時を得て、少年は新たに仮説にたどり着いた。
(これだ。これしかない。)
これまでの日々を思い出す。
ゴブリンを殺すときの、憎悪や覚悟
幼馴染に対する、信頼と愛情の狭間
呪いの剣が震える瞬間の、怒りや絶望
レヴィは、自分の中で、確信に近い感覚が芽生えていた。
「多分、殺意だ……『強い意志』や、あるいは『確固たる感情』か?」
レヴィは天啓ともいえる直観に従い思考を進めた。
心の奥底でひとつの真実に辿り着いた気がした。
(やはり、乳。)
何がやはりなのかはわからない部分はあるが。
だが理屈は立ちそうだった。
ただの生理現象が、胸に対する“欲情”が、強く感情の強度として作用し、
呪いがかかる対象との区別を鮮明にする──
「守りたい」気持ちと、「欲情」が入り混じる事が可能だとして、とはいえ今まで幼馴染には、そこまで欲情しなかったのは、守る対象だから。
なら、胸への欲情が幻覚を打ち破るトリガーなら、それをどう扱えばいい?
「……だが」
レヴィは呪いの剣を見る。
この剣を手にしてからの経験が脳裏に浮かぶ。
いつだって呪いが一番静かになるのは、幻覚に出てくる女戦士のパイオツにレヴィが激しく焦がれた時だった。
その回数。すでに何千回。
(クソ仕様すぎんだろ。まじで。)
レヴィは、圧倒的なその実績に遠い目をした。
──とりあえず、検証することにした。
理屈だけでは足りない。
感覚だけでも足りない。
なら、自分の身体と心で確かめるしかない。
少年は深く息を吸い込んだ。
そして彼はもう一度呼び寄せた。
信頼という名のもとに、犠牲者にされ続ける実験対象を。
そして、目の前にいるノアを見据える。
「……ノア。すまない」
「何よ。変態。また人気がないところ呼び出して。」
すでに当たりが強い。
ノアのその瞳は、警戒心に染まっていた。
「また頼みたい。頼む。」
レヴィは頭を下げた。
ノアは腕を組んで、レヴィを訝しんでいた。
「脱げって?」
「いや、今回は脱がなくてもいい。いや、脱ぐかもだが。」
「レヴィあんた、私をどういう目で見てるのよ。」
「そりゃ、守る対象だが……」
(というか、実験対象以外ないが。)
必要なのは、正確にはノアではなく、ノアの胸。
色々理由はあった。
村の女子はノアしかいない。
他の村人に頼んだら社会的に終わる。
だが、それでも彼は決意を固めていた。
ノアへの感情が呪いを打ち破る鍵となるなら、試さないわけにはいかない。
「また協力してくれ。変な実験だけど、頼む!!!」
レヴィは頭は全力で下げた。
申し訳なさと、そして本心を読み取られないために。
(頼む!)
できる限りの誠意を込めるしかなかった。
お互いの未来のために。
ノアは少し驚いたように眉を上げた。そして言った。
「……またあんたの変な実験ね。いいよ、付き合う。」
その優しさにレヴィは胸を熱くした。
すでにこの時点で相当やらかしているにも関わらずこの態度。
怪しすぎる提案に警戒もせず同意する純真さ。
(天使かこいつ。)
思わずこの感情が胸をついて出た。こいつ、本当に同じ生物なのだろうか。
出身地が共通してるのに。同じようにばあちゃんの世話になってきたのに。
天界にでも住んでいるのだろうか。
検証のため、少年は自分の感情の変化をじっと観察する。
幼馴染の胸を目の当たりにした瞬間、
何がどう変わるのか。
幻覚は消えるのか。
それとも──
──成功した。
レヴィの心が、確かな変化を感じ取った。
幻覚の霞が、薄れていく。
視界がクリアになり、村の姿がはっきりと見える。
(マジかよ。)
ノアの姿も、鮮明だ。
守るべき姿。強い意志と優しさを宿す幼馴染の姿だ。
もはや歪んだ影や謎めいたノイズはなかった。
成功の喜びよりも、驚愕のほうが大きい。
どうせ失敗すると思っていた。
「やばいだろ……呪いの剣、クソ仕様すぎる」
拳を強く握り締めて、呟いた。
「こんな条件じゃ、普通に生きるの無理だろ……」
欲情しなければ幻覚に惑わされ、
欲情しさえすれば幻覚と現実の判断は鮮明になる。
意味がわからない。
理不尽な呪いが、彼の日常を根底から破壊していた。
すでに日常がぶっ壊れている自覚はあった。
ノアは首を傾げていた。
「で、実験って何するの?」
レヴィは気づいた。
(あ、やべ。まだ実験の内容を言ってなかった。)
言うのか。それを言ってしまうのか?
だが、『欲情実験』です、というのは今までの経験から嫌な予感がした。容易に未来が想像できたからだ。
だから、言わなかった。
黙って、ただうなずいて、笑ってごまかした。
「さあ、早くやろうよ!」
ノアは意気込んで言う。
早くやろう。
その言葉は今のレヴィにはとっては変な意味にしか聞こえなかった
欲情実験の後遺症だった。
──レヴィはその日、枕を涙で濡らした。
(ごめん。ノア)
守るべき対象に欲情してしまった自分に戸惑い、
ノアの言葉を変な意味に変換してしまい、胸が締めつけられた。
守るべきノアを他ならぬ自分が穢してしまったような感覚だった。
「ぐすん……」
孤独な夜、誰にも言えない感情が胸の奥で暴れ出す。
けれど、そんな自分を責めながらも、
小さな光が心の中に差し込んでいた。
「いいもん……ちょっとは進んだから」
涙を拭い、レヴィは決意を新たにする。
迷いながらも、前に進むしかないのだから。
──それから、少しして。
村に残った最後の老人が、静かに息を引き取った。
孤独と虚無で心がざわつく。
最後の大人が死んだ。
──村から出なければならない。




