序章 呪いの剣との出会い
辺境の小さな村に、ひとりの少年がいた。名を――レイヴァルザドルといい、長いのでレヴィと呼ばれていた。
(いねえな。わかっちゃいるが。)
森は広く、故に迷う。そして魔物もいるが、器用に身を隠しながらも、そこまで来ていた。
森の奥でそれを見つけたのは偶然だった。
古代遺跡だろうか。
村の噂話で聞いたことがあった。森の奥深くに誰が作ったともしれない建造物があると。
棘の通路や、古木の木の根の間を抜けて、漆黒の湖の先にそれはあった。
苔むした建造物、祠のような出立ち、朽ちた黒曜石の祭壇。
レヴィの体は道中の行程で、至る所が擦り切れていた。確かにこんなところまでくるやつはいない。見つからないわけだ。
そこに、黒い刃が刺さっていた。
レヴィは、誘われるようにそれを手に取った。
不注意な行為かもしれない。
しかし、森の中に祠があって剣が刺さってたら普通取るだろう。
絶対取ると思う。
──手に取ったな。
──その剣を。
声が聞こえた。
低く、だけどよく響く、声。
聖剣ではない。
澄んだ声ではないから。それどころか逆の、おどろおどろしいしい声、
手が痛い。
ちょうど剣を握っているところか。
なぜ?
じくじくと剣の柄に刻まれた呪印が腕へと這いのぼっている。
レヴィは剣を手放そうとした。
脳裏に知らない光景が浮かんでいた。
その光景は、戦場だった。
剣を持った人間が異形の怪物と戦う光景。
その幻覚と共に頭に割れるように痛みが走り、膝をつく。
「……痛っ」
視界にノイズが走る。
いつしか場面は村に。自分が住んでいる慣れ親しむ村に。
幻覚の中で、死んだはずの母は笑っていた。その腕には血が滴り、眼窩は空洞だった。
父はいた。その胸に突き刺さったのは、レヴィの剣だった。
(父さん……母さん……)
「なぜ自分だけ……生きている」
「こっちへおいで。レヴィ。」
「違う……違うんだ……!」
怨嗟の声を否定する。
少し前に、レヴィの父と母は魔物の群れへと消えていた。
自分を助けるために。
過去を投影されている。
生きることが罪だと幻覚は告げている。
レヴィの意識は黒く沈んでいく。
再度視界にノイズが走った。
場面が切り替わる。
(誰だ……?戦っているのか?)
全身を覆う蒼銀の鎧。
乱れた長い黒髪は、血と灰で濡れている。
しかし凛として立つ姿の美しさに翳りはない。
女戦士だ。
レヴィは見惚れた。恐怖も、怒りも、混乱すらも一瞬、凍りつくほどに。
言葉を失い、姿を追う。
「……立て、剣士よ。」
幻覚の中で、女戦士はそう呟いた。
それはレヴィにではなく、女戦士自身が自分を鼓舞するために放った言葉だったのだろう。
それでも。
言葉は雷鳴のように、レヴィの心の奥に響き渡った。
レヴィは感じる熱のまま立ちあがる。
女戦士はわずかに微笑んでいた。
世界を救う聖女のように。
あるいは全てを滅ぼす魔女のように。
そしてパイオツが2つ揺れていた。
「……あれ……?」
レヴィは、森の中に立っていた。
手にはまだ、黒く輝く呪いの剣が握られている。
だが、胸にあった狂気の熱は嘘のように静まっていた。
(幻覚が引いた……パイオツを見たら……パイオツを……)
手が震えた。
何かがあった。
短い時間ではあったが、心を震わせる何かが。
いや、震えていたのはパイオツなのだが。
深淵がレヴィを覗いていた。
(乳……乳……)
ぶつぶつ言いながら、レヴィは剣を持って村への帰路を急いだ。
その瞳は呪いに囚われたか赤黒い光が揺れる。
脳裏にはパイオツが。