ひらひら本と はじめて ひらひらした日
ある日、だれもいない図書室のすみっこで
ほんだなの下に、ちいさな本がひとつ そっとすわっていました。
まだ名前も、声も、物語もない。
ただ、3まいだけの ふるえるようなページを持つ
赤ちゃんのような ひらひら本。
その日、小さな窓から やさしい風がふきぬけて——
ページが、1まい ひらいたのです。
カサッ。
それは葉っぱの音のようで、
だれかの足音のようで、
まだ見ぬ読者の こころの音みたいでした。
「ぼく、ここにいるよ」
そんな ちいさな言葉が、ページの間に ゆれていました。
ひらひら本は まだ力が弱くて
自分のすべてのページを ひらくことはできませんでした。
まるで、赤ちゃんの歯みたいに——
ページは少しずつ、時間とともに 増えていったのです。
1まい、また1まい。
日ざしにふれながら、
静かな図書室の音を聞きながら、
おはなしの味を ゆっくりかみしめるように。
それは、かじる歯じゃなくて
物語を感じる “おはなしの歯”でした。
そして、ページが5まいになったころ
はじめて、だれかの手がそっと触れました。
それは、図書室にきた 小さな子の手。
指先で やさしくめくられたページに
ひらひら本は、少しくすぐったそうにふるえて——
「やっと、きみに会えたんだね」
そのとき、物語は はじめて声を持ったのです。
本も、子どもも、おたがいを見つけて、
いっしょに ひらひらと物語をあそび始めました。
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