怪人
ぼくは仮面ライダーが好きだ。いや、好きなんてものじゃない。なりたいんだ。
そして遂にこの日がやってきた。ぼくは変身ベルトを用意して、遥々ここまできた。
仮面ライダー好きなら誰もが知っている、某地下にある聖地まで来ていた。ぼくは人目もはばからず、見せ付けるかのようにその変身ベルトを巻いた。冷ややかな視線なんて関係ない。ここでぼくは仮面ライダーになる。
「変身!」おもちゃのチープな音が少しだけ響いた。
しばらくすると怪人のような格好をした変なやつが現れた。あれは確か地底人ズブダではないか。全身のコスプレをするなんて恥ずかしいと思わないのか。あんなに目立っていて、自分はああはなりたくない。
その格好を面白がった青年のグループがズブダを取り囲んだ。ほれみろ、そんな格好するからだ。そう思った瞬間、青年の一人が空を舞った。
ドスン。鈍い音が地下に響いた。人々はまだ何が起きたのか分かっていない。あれは、間違いなく本物のズブダだ。地底の高圧力を噴出させて攻撃をする怪人だ。
飛ばされた青年の仲間がズブダに向かうがことごとく、吹き飛ばされてしまう。
それを見た人々はやっと、事の重大さを理解し、地上を目指して逃げて行くのであった。
これは撮影ではない。現実に起きていることだ。ぼくは再び変身ベルトに手を置いた。「変身…」ここに残っている人間は他にはいない。やはり自分は選ばれし者だったのだ。かすかに響くベルトの音。手の平を見ても、色白な素肌があるだけだった。
絶望し、膝から崩れ落ちた。地底人ズブダに対抗する策がないのが残念なのではない。自分はやはり仮面ライダーにはなれないのだ。
取り残された青年グループの一人が今にも留めをさされそうになっていた。気がついた時にはぼくは走っていた。勝てるはずがないのに。助けることなんてできないのに。
思いっ切り振りかざした拳はズブダの脳天に直撃した。ズブダは血しぶきを上げて二つに割れた。そして動かなくなった。何が起きたのか分からなかった。
ぼくはとてつもなく強かった。生身のままで怪人を倒した。争うのが嫌いで喧嘩をしてこなかったから、自分の力が分からなかったのだ。
その後、次から次へと怪人は現れたが生身のままでねじふせた。組織もすぐに壊滅させた。憧れてたヒーローって。
ぼくは、ぼくは仮面ライダーになりたかったのに。
速報です。平穏が訪れた世の中に、再び不穏な存在が出現しました。なんと世界を救った青年が人々を襲っているというのです。しかも、狙うのは犯罪を犯した極悪人ばかりだというのです。
聖地の地下で出会った青年グループは窃盗団であった。彼らも病院のベッドの上に送った。
悪を制する正義のヒーロー。
ぼくは怪人になった。