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虹始見

作者: ふち

初めて書いてみました。

お手柔らかに。

僕は5月が好きだ。

春が少し過ぎ、暑くもなく寒くもない、ちょうどいい季節。

ジメジメしてないし、散歩には最適だ。

「虹始見」もこの頃にやってくる。


讃岐 白(さぬき しろ)」は大学に入学した。

初めて実家を出て一人暮らしをするというのは少し心細くもあったが、それよりもワクワクの方が勝った。

入学後1ヶ月も経てばある程度生活にもゆとりができたので、今日は喫茶店に行ってみる事にした。

前から気になっていた本がたくさんある喫茶店だ。

調べてみると壁中に本が置いてあるらしい。

本好きの僕としては行かねばなるまい。

喫茶店の扉を開けると、ふわりとコーヒーの香りが漂ってきた。

「いらっしゃいませ!」

どこか懐かしい声が、僕を出迎えてくれる

目の前には高校の時の憧れの先輩、「翠川 茜(みどりかわ あかね)」が立っていた。


茜先輩は、僕より二学年上。

やわらかな雰囲気と、ふわりした笑顔が印象的な人だ。

いつも雲みたいにふわふわしている。

授業中に空を見てぼんやりしていたり、猫と1時間しゃべっていたという噂もある。

そんな茜先輩は、男子からの人気がすごかった。

だけど、誰かと付き合っているという話は一度も聞いたことがない。

「…え? 告白だったの? ごめんね、気づかなかった~」

そんな調子で、気がつけば“無自覚の天使”というあだ名までついていた。


「…あの、茜先輩ですよね?」

不意に名前を呼ばれて、茜先輩は目をぱちくりさせた。

「まって…君会ったことあるよね?思い出すから、ちょっとだけ時間くれる?」

茜先輩はこめかみを抑えながら、何やらブツブツつぶやき始めた。

「…ヒント出しましょうか?」

「お願い。」

意外と諦めが早い。

「うどんみたいな苗字です。」

「思い出した!!五島 白くんだね!!」

「違います。讃岐 白です。」

…うどんで讃岐より五島が先に出てくるあたり、さすがというべきか。

「そうだった、そうだった〜」

ふわふわ具合は、どうやら健在のようだ。


「茜先輩って、ここでバイトですか?」

「そうだよ〜。○○大学に通ってるんだ〜。」

「…えっ、それ僕と同じ大学です!」

「そうなの?じゃあまた後輩くんだね!」

茜先輩は、くすっとイタズラっぽく笑った。

きっと今、「いい子分ができた」とでも考えているに違いない。

この笑い方も高校の頃と何も変わってない。


僕と茜先輩は図書委員で一緒だった。

…とはいえ、茜先輩は部活優先で、図書室に顔を出すことは滅多になかった。

たまに来たと思えば、机に座って委員の仕事をしながら、すぐにウトウトしてしまっていた。

部活で疲れているのだろう。

茜先輩は陸上部で、長距離を走っていた。

陸上部は朝も放課後も練習があり、相当疲れているはずだ。

それでも昼休みの委員の活動には欠かさず顔を出していた。

「昼休みくらいは、図書委員の仕事なんかせずに、教室で休んだ方がいいと思いますよ。」

「そういう白くんだって、毎日来てるじゃない。」

「…僕は、本が好きなので。」

友達が少ないとは口が裂けても言えなかった。

「…まあ、白くんらしいね。」

茜先輩のその言葉には、全部見透かされている気がした。


帰り道にふと立ち寄った公園で、茜先輩を見かけた。

ベンチのそばで、しゃがみ込んで猫と話しているらしい。

おっとりしていて、だけど毎日まじめに頑張っていて。

僕は気づかないうちに、そんな茜先輩に惹かれていった。

その気持ちは今も変わらない。



「…でね、この前、棚の本全部落としちゃって、もうパニックで…」

茜先輩の声で、僕はふっと現実に引き戻された。

目の前で、茜先輩がコーヒーミルを回しながら、豆をゴリゴリ挽いている。

高校の頃に比べれば、部活を辞めたからか、さらにおっとりに磨きがかかっている気がする。

僕は思わず口にしていた。

「茜先輩!」

「ん?」

「…よかったら、今度、休みの日にどこか行きませんか?」

今世紀最大の勇気を僕は振り絞った。

茜先輩は手を止めて、じっと僕をみている。

「…それは2人でってこと?」

「…あの、いや、その、先輩が嫌じゃなければ…」

茜先輩は、真っ直ぐに僕の目を見つめ返してきた。

僕は心の中で、何度も神様にお願いした。

「…いいよ、白くんといると楽しいし。」

ふわっと笑ったその顔に、僕の胸は高鳴った。


当日。

駅の改札前に、待ち合わせ時間の15分前に到着した。

服装は悩みに悩んだ挙句、いつものシンプルな服装に落ち着いた。

…というか、他に選択肢がない。

まあ変に気合いを入れて失敗するよりマシだ。

と自分に言い訳を重ねる。

「白くん、お待たせ」

その声に顔を上げた瞬間、言葉に詰まった。

アイボリーのニットに、ふわりと広がるチュールスカート。

栗色の髪はゆるく巻かれていて、後ろでに編み込まれている。

控えめで、落ち着いていて、春っぽくて、

どうしよう、めちゃくちゃかわいい。


「…もしかして、白くん緊張してる?」

やっぱり、茜先輩には見透かされている。

「いや、あの、まあ…はい。」

「ふふ、しょうがないなぁ。はい、これ。」

そう言って、バックから飴玉をひとつくれる。

「…あざす。」

茜先輩はまた、ふわっと笑った。


歩きながら(僕は飴を舐めながら)、目的地を目指す。

歩いて15分ほどだ。

「そういえば、ひとつ注意事項ね。」

茜先輩がおもむろに言い出す。

「なんですか?」

「白くんが奢るの禁止ね。私が先輩だから。」

「いや、僕が誘ったので、出させてください。」

「いやだ。」

…これは全く譲る気がない。

仕方なく折れることにした。

「わかりました。じゃあ今回は割り勘でいきましょう。」

「んー、しょうがないか。白くんとは対等でいたいし。」

対等とはどういう意味だろうと考えているうちに、目的地が見えてきた。


二子山ロープウェイに到着した。

山頂には展望デッキ、カフェ、アスレチックがあり、県内でも有名なデートスポットらしい。

とりあえずロープウェイの整理券を買うことにする。

「…往復3,000円かぁ。」

「結構しますね…。」

「でも歩けば無料で行けるよね?」

「無茶ですよ。片道3時間ですよ。」

茜先輩はまじまじと山道マップを眺めている。

この人、本気で歩き出しそうだから、怖い。


ロープウェイには1台で20人近く乗れるらしい。

中は思ったより、広々としている。

上りの便には、僕たちの他に6人ほど乗っていた。

「そう言えば、ロープウェイ乗るのって、初めてです。」

「私もだよ。」

ゴンドラがゆっくりと動き出し、少しずつ速度を増している。

外から見ればそんなに速くない気がしたが、だんだんとジェットコースターのように速くなった。

「ちょっと速くないですか?」

「楽しいね。」

「え?」

乗って早速、後悔した。

こんなに怖いなら、山道を歩くべきだった。

怖過ぎて、手すりが離せないし、景色を見る余裕はまるでない。

それなのに、茜先輩は平然としている。

「追加で飴玉あげようか?」

「いえ、大丈夫です。」

とりあえず速く頂上に着いてくれと、心から願った。


無事、なんとか到着した。

じっとりとかいた汗が少しずつ引いていく。

「帰りは、歩いて降りましょう。」

「3時間かかるからいいや。」

なんでだよ。

最初から山道を歩くべきだったと、再度後悔する。

「白くん、アスレチックがあるよ!」

茜先輩はルンルンである。

大人でも楽しめる本格的なアスレチックコースがあり、ヘルメットやハーネスを装着して遊ぶらしい。

茜先輩は早速、ヘルメットを装着している。


「白くん!遅いよ〜」

「茜先輩、ちょっとだけ、待って、ください…」

息がきれる。足も震える。

茜先輩は、心の底から楽しんでいるようだ。

キャーキャー笑いながら、スイスイと進んでいく。

さすが元陸上部。体力お化けである。

運動とは縁のない僕と正反対に位置している。

「…まあ、茜先輩が楽しいなら。」

僕も少しずつ進んでいく。


「ちょっと疲れたね。」

「はい。だいぶ疲れました。」

アスレチックを無事にゴールして、僕たちはベンチに腰を下ろす。

空を見上げて気付いた。

灰色の雨雲が広がり、ポツポツと雫が降ってきた。

「雨ですね。」

「だね。カフェで休憩しようか。」

「そうですね。お腹も空きましたし。」

並んで歩きながら、山頂のカフェへと急いだ。


カフェの店内にはそんなにお客さんはいない。

雨が降ってきたから、早めに帰ったのかもしれない。

窓の外では、雨脚が強くなってきている。

店員さんが注文を取りに来た。

「ジェノベーゼとアイスコーヒーで。茜先輩はどうします?」

「ん〜…」

茜先輩はメニューをじっと見つめたまま、しばらく沈黙する。

「…ナポリタンと、アイスカフェオレで。」

茜先輩は注文後も「この選択で最適か」とメニューを見ている。

そんな姿が、なんだか面白い。


先ほど注文したものが届いた。

「…ジェノベーゼ美味しそうだね。」

「もしかして後悔してます?」

「いや、ナポリタンは正義だよ。」

またよくわからないことを言っている。

「じゃあ、ジェノベーゼ一口食べます?」

「ありがたく。」

茜先輩はフォークを手に取ると、慎重にひとすくい。

口に運んだあと、ふわっと笑った。

どうやら、美味しかったらしい。

嬉しそうな茜先輩をしばらく見つめてしまう。


しばらく話したあと、ふと聞いてみた。

「あ、そう言えば…聞いてもいいですか?茜先輩、就活の方は、どんな調子ですか?」

「うーん、まあ、ボチボチかな。」

返ってきた声は、いつもより少しだけトーンが低かった。

茜先輩は、言葉を濁すように笑って、それ以上なにも言わなかった。

…あまり踏み込まない方がいい話題だったらしい。

話を変えようかとグルグル考えていると


バツンッ!


店内の明かりが一斉に落ちた。

一瞬の静寂。

「…えっ?」

周囲からも小さくざわめきが上がる。

どうやら停電らしい。

「停電?かな?」

「みたいですね」

テーブルを挟んだ茜先輩の表情は、暗くてよく見えない。

けれど、その声はかすかに戸惑いが滲んでいた。

しばらくしてスタッフの人が来た。

この停電は、外の大雨による影響らしい。

ロープウェイも止まってしまっており、復旧にはしばらく時間がかかること。

最悪の場合は、徒歩で下山をお願いするかもしれないと申し訳なさそうに伝えられた。

「大変なことになっちゃったね。」

「ですね。」


しばらくして、スタッフの人が温かいコーヒーとアロマキャンドルを持ってきた。

停電のお詫びだという。

僕たちは、それをありがたく受け取った。

湯気のたつカップを手に取り、そっと口をつける。

アロマキャンドルの火が、テーブルの上で静かに揺れている。

コーヒーの温もりと、キャンドルの淡い光が、冷えかけた心を、少しずつ温めてくれた。


「さっきはごめんね。」

淡い光の中、茜先輩がキャンドルのゆらゆら揺れる火を見つめながら言った。

「…何がですか?」

「さっきの就活の話。ほんとはね、全然うまくいってないの。」

小さな声だった。

「周りの人は、もう内定もらっているのに…私だけ、置いていかれてるみたいで。もう挫けそうだよ。」

それを聞いて、僕は驚いた。

あんなに頑張り屋さんで、しっかりして見える茜先輩なら、

きっと引く手あまただろうと思っていたから。


「でも、やりたいこととかは、ないんですか?」

僕はどう返せばいいかわからず、とっさに問いかけてしまった。

「やりたいこと?そんなの何もないよ。」

こんなに弱気な茜先輩は初めて見た。

「高校の頃の部活も、ただ親に言われて始めただけだし。」

茜先輩はそうやって目をふせる。


「でも…でも、茜先輩はどんなことでもちゃんと頑張ってたじゃないですか。」

僕は、言葉を選びながら、思いのままに続ける。

「部活だって、図書委員の仕事だって、勉強だって…」

彼女の悲しむ姿は、もう見たくなかった。

できることなら、ずっと…

ほんわかしていて、でも誰よりもまっすぐな、あの茜先輩でいてほしい。

「僕、ずっと見てました。茜先輩の頑張ってる姿。

それに、今だって、ちゃんと戦ってるじゃないですか。」

僕の声は、少し震えていた。

「それに、僕だっていつでも茜先輩のそばにいます。だから…」

いいかけて、言葉が詰まった。

これ以上口にしたら、この関係が壊れてしまいそうで。

けれど茜先輩は、何も言わず、ただ僕の方を見ていた。

キャンドルの淡い光が、ふたりの間を、静かに揺らしている。


「白くんはさ。」

茜先輩が、ポツリと口を開いた。

「…はい。」

僕の心臓が、高鳴る。

「すごく…。」


パチン。


不意に店内の照明が灯った。

どうやら、電気が復旧したらしい。

気づけば、窓の外の雨もすっかり止んでいた。

「お、直ったみたいだね。」

スタッフが「ロープウェイも動きますよ〜」と明るく店内を回っている。

「茜先輩!」

「ん?」

「さっきの続きって…」

「あー、それは、また今度ね。」

「なんですかそれ。」

茜先輩は、少しイタズラっぽく笑った。

その笑顔には、さっきまでの迷いや不安はなかった。

どうやら少し吹っ切れたみたいだ。


「…じゃあ帰ろうか。」

「はい。」

僕たちは、ロープウェイへと歩き出す。

ゴンドラの中は僕たち二人だけだった。

行きのときよりも、景色はゆっくりに流れているように感じた。

僕は、胸の奥でぐっと息を吸って、声を出す。

「茜先輩。」

「ん?」

「もしよかったら…」

“また一緒にいきましょう”

その一言が言えず、喉の奥でつっかえてしまう。

まごまごする僕を見かねて、茜先輩が、優しく言葉を繋いだ。

「白くん。」

「…はい。」

「今日はありがとう。また一緒に、行こうね。」

「はいっ。絶対に!」

茜先輩はいつものようにふわっと微笑んだ。

窓の外には、大きな虹がかかっていた。

まるで、それがふたりをそっと祝福するように


初めて最後までかけました。

嬉しくて舞い上がってます。

彼女たちに幸あれ。


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