第9順
「前回の私はとても愚かだったのです。
取りまきや両親に褒められ、煽てられ、持て囃され、調子に乗ってしまっていました。
取りまきの中に過激派貴族の子たちも混ざっていたというのもありますけれど……。
相手の見つかっていないサイフォン殿下の相手は、お前しかいないと言われて、本気にして浮かれていたんです」
「こう言っては何ですけど、本当に愚かな状況だったのですね」
「改めて自分で口にすると本当に酷いですわね」
前回の自分のことながら嘆息が漏れます。
自分の抱く女神の威光を、余りにも勘違いしすぎていた。
そんなものは、周囲の持ち上げと、『順』魔法の影響によってもたらされた砂上の城でしかなかったというのに。
「とにもかくにも、そんな愚かな私の元にとあるニュースが飛び込んできました。
引きこもりの得たいの知れない令嬢がサイフォン殿下の婚約者となった、と。
その時に周囲が私を持て囃しながら言うのですよ。あのような不気味な女は婚約者に相応しくない。お前こそ婚約者になるべきだ。だから蹴落とすべきだ――と」
「そしてその不気味な令嬢を皆で囲む展開になったのですね」
「ちょうど私たちが王城のサロンのお茶会をしていた時、あちらも秘密裏に登城していたようで、その姿を見かけたモノですから……ちょうど都合良くあちらが一人だったのもあって」
コンティーナ嬢が頭を抱え出しました。わかります。今の私だったら頭を抱える状況ですものね。
正直、自殺行為です。
むしろ死刑の谷へと大激走しているかのような行い。本当に愚かと呼ぶ以外にありませんよね。
「どれだけ不気味で気に入らない相手とはいえ、さすがに殿下の婚約者へ直接攻撃するのは問題ですよ。しかも、王城のサロンでお茶会中の出来事というコトは、王城内で、殿下の婚約者を精神操作しようとしたってコトですよね?」
王城内での精神操作魔法の無許可使用は厳罰でもすものね。
「連座で死罪を言い渡されても不思議ではないでしょう?」
そう言って私が笑うと、コンティーナ嬢はすごい困った顔で苦笑しました。
「その自虐に笑っていいかどうか悩ましいところですね」
「反省してから思い返してみると余りに愚かで笑ってしまいます。なのでコンティーナ嬢も気にせず笑ってくださいな」
実際、この夢の中から前回のことを思い返すと、本当に笑えてしまうくらいですからね。コンティーナ嬢に気にされても困ります。
「ところで解せないコトがあるのだけれど」
「なんでしょう?」
「殿下の婚約者をいじめたところで次の婚約者にはなれないですよね? 何をどう唆されれば、そのような暴挙に出れるのですか?」
「あー……それは、ですねー……」
少し語りにくい話なのですよねぇ……。
私が言いあぐねていると、コンティーナ嬢は何かに気づいたようにうなずきました。
「なるほど。そちらの歴史におけるわたしが原因ですか」
「察しが良すぎて怖いのですけど」
「気にせず教えてください」
「……はい」
強いですね、この方。
恐らくはあらゆる情報を武器に変えようとされているのでしょう。
「前回の歴史においては、私とコンティーナ嬢に面識はありませんでした。お互いに顔と名前を知っている程度の関係だと思って頂ければ。
そして状況はよく分からないのですが、ある日からフラスコ殿下がコナ様よりもコンティーナ嬢と良く一緒にいる状況が多くなってきたのです。
さらには過激派の間では、コナ様から貴女に乗り換えるという噂まで流れてきていました」
「つまりサイフォン殿下の婚約者を攻撃するコトで乗り換えて貰えるようにする――みたいな話を焚き付けられた、と?」
「はい。愚かしくもそれを信じてしまいまして……」
「それにしても、私がフラスコ殿下の婚約者かぁ……うーん……」
コンティーナ嬢はそのまましばらく天井を見上げたまま悩みだし――やがて、ぶつぶつと何か言い始めました。
「いやでもそういうコトもあるかもか……きっとノープランで送り出されて、愚痴愚痴と文句いいながらも、だけど上手くやっちゃったんだろうなぁ、わたし……」
そのまま両手で顔を覆いながら、気持ちを整理する為か、なにやら小声で独り言を続けています。
「絶対、内心で後悔してるでしょ……あーいや、わたしなら後悔するくらいならその状況を利用して味方増やすか。フラスコ殿下と一緒に行動しつつ、機会を見てサイフォン殿下や不気味な婚約者って人と上手く渡りを付けて……うんうん。そこからなんとかフレン王妃か陛下ないしドリップス宰相とお話した上で、自分の内情ぶっちゃけて助けを求める……過激派の情報を全部売りつける代わりに、わたしの命だけ救ってくれと訴えれば……むむむ? 意外に勝算ありそう? これはわりとアリなプランなのでは……今からでも狙える? うーむ……」
何やら自己完結が終わったのか、顔を戻します。
その表情は妙に晴れやかになっていました。
「いっそこの歴史でもフラスコ殿下の婚約者になるのはアリかも知れないわ」
「目が本気ですわね……というか信じてくれますの?」
「こう見えて人を見る目はあるつもりなので。
こうやって喋ってて思ったのですが、ルツーラ嬢って妙に自罰的というか自虐的になるコトあるでしょう? それも、明らかに何かを後悔しているタイプのそれを。
事情を知ったら、むしろその理由に納得できたな……と」
「本当に……恐ろしい方ですね」
とはいえ、信じて貰えるのであれば助かります。
「理解して頂けたところで、改めて言わせてください。
私は――ルツーラ・キシカ・メンツァールは、自分のやらかしで両親にもう迷惑は掛けたくないのです。
そして私が行動を変えた結果、歴史も状況も前回から大きく変わってきています。
だからこそ、それによって両親が破滅するのも見たくはありません。
我が家が破滅する未来を防ぐ。それが私の一番の目的です」
それにコンティーナ嬢は大きくうなずきました。
「私の一番の目的は、私が死なないコト。翻って私が助かるなら私以外死んでも構わない。
結果、わたし自身が違法奴隷や違法娼婦へと堕ちようとも、死んでないなら問題ないわ。
そのくらい私の置かれている状況は死と破滅と隣り合わせ。だからこそ破滅しても、死なない方法を模索しているの。
だからまずは、死なないコト。死なずに生きるコトを最優先目標にして立ち回ってる」
逆に今度は私が大きくうなずきます。
私がうなずくのを確認した上で、コンティーナ嬢が告げます。
「そしてこの二人だけのお茶会の一番の目的。
それは――ルツーラ嬢、貴女にわたしと手を組んで欲しいの。あるいは共犯者になって欲しい。このお茶会はそのお誘いです」
「そんなコトだろうと思っていました」
そうでなければ、過去に戻ってきているなど明かすわけがありません。
「お互いの目的を邪魔しない。お互いの勝利条件を達成不可にしない。それは最低限の条件ですわよね?」
「当たり前です。それがないなら、この同盟になんの意味もありませんから」
差し出された手を私は握り返しました。
「よろしくお願いします。コンティーナ嬢」
「ティノでいいわ。近しい人はそう呼ぶから」
「では改めてよろしく、ティノ。私のコトもルツーラで構わないわ」
「ええ。よろしくね。ルツーラ」
こうして、ここに私とティノの密かな協力体制が生まれるのでした。
「ところで、本当にフラスコ殿下を狙うので?」
「恐らくルツーラにとっての前回と状況が違ってるとはいえ、そういう方向になるとは思うわ。キッカケさえあれば、何の準備もせずにお父様たちが殿下たちの元へとわたしを送り出すもの」
それはまたなんといいますか……。
彼女には、協力するよりも気を抜ける場所を提供する方が良いかもしれませんね。
「ティノ。私たちは幸い、成人会を終えました。つまり一人の大人として、責任を持って自分の選んだ方々とお付き合いするコトができましてよ」
「それで?」
「お喋りに付き合う必要はありませんわ。私の主催するお茶会に参加してくださいな。会場の片隅でお茶を口にしてるだけでも、多少気は休まるのではなくて?
ましてや私はメンツァール伯爵家の娘ですからね。貴女の父君も咎めるコトはないでしょう?」
「助かるわ。それに同世代の人たちからも情報収集をしたいと思っていたから」
「気が向いたら構いませんので、そういう場での情報の集め方とか教えて頂いても?」
「わたしのやり方でよければいくらでも」
そうして、私たちは手を組むことになりました。
これでお互いにとっての最悪を回避できれば良いのですが……。
ところで、前回のティノってどのような結末を迎えたのでしょうか?
今となっては知りようのないことですけど、出来れば真っ当な形で生き延びていると良いのですけれど……。
婚約編の悪役令嬢と結婚編の悪役令嬢がタッグ結成しました