第8順
成人会から数日経つと、コンティーナ様からお茶会のお誘いが届きました。
場所は、どこかの家や王城のサロンなどではなく、城下にある貴族向けのお店。
前回の私であったなら、あまり城下に出るのを好んではおりませんでしたから、断っていたかもしれませんね。
でも、今回はもっと視野を広く持ちたいと思っていたので、渡りに船。
何より、成人会での別れ際の言葉が耳に残ってしまっています。
あの言葉の真意を、確認しなければ。
「お誘いありがとうございます。コンティーナ嬢」
「気にしないでルツーラ嬢。むしろ来てくださって嬉しいわ」
お店に入り、応じてくれたスタッフの方に名前を名乗ると、店の奥にある部屋に通されました。
お世辞にも広いとは言えませんが、小さいながらもお洒落で綺麗な部屋です。
その部屋で、コンティーナ嬢が待っていてくださったので、挨拶を交わして席に着きました。
まずは当たり障りのない雑談から。
ただ、コンティーナ嬢はそれがとてもお上手です。
一方的に喋るワケでもなく、話題を出し、さりげなく私に話を振り、それに対して私がどうリアクションを取るかで、話題掘り下げる方向を決めていく。
あまり盛り上がらなそうなら、違和感を覚えないように話題を切り上げ、別の話題へ――
私が喋っている時も、常に話の方向を見定めているようですね。
こちらが話しすぎないように、それでいて気を悪くしないような合いの手や、相づちを入れて。
……すっごい勉強になります。
本当に同い歳なのですか、この方ッ!?
下手なベテラン淑女の方よりも、腕利きでしてよ!?
「どうかしました?」
「いえ。その……お茶会での雑談の仕方が大変お上手ですので驚いておりました」
「そうですか? そう言って頂けると勉強している甲斐がありますね」
ふふ――と笑って、お茶を一口。
その仕草も洗練されておりまして、付け焼き刃のような私とは大違いです。
それからコンティーナ嬢は、カップを置き、すこし剣呑な色を瞳に乗せて訊ねてきました。
「さて、雑談も良いのですけれども、そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
私も出来る限り余裕を持ってお茶を啜り、カップを置いてからうなずきます。
「当家ターキッシュ伯爵家は、恐らく近い将来お取り潰しになります」
「……いきなりとんでもない話をされますわね」
お茶やお菓子が口の中にあったらさすがに危なかった話題でしてよ。
「それは未来を視る魔法でも使ったのですか?」
「まさか。そんなモノがあるならもっと的確に止めていますわ」
「止める?」
不思議な言い回しをされるコンティーナ嬢。
でも、どうやら未来を知って言っているわけではないようですね。
「お父様が過激派なんです。そしてお母様はそれを止める気がありません」
「……ああ、なるほど」
途端、彼女の真意を理解しました。
「加えて、過激派の手綱役をされている方も、少し前から匙を投げかけています」
「行き過ぎた過激派の方々の手綱が握りきれなくなっている、と」
「ええ」
コンティーナ嬢の言う破滅の意味を理解しました。
前回よりも規模が大きくなってしまった成人会毒殺未遂。
これを仕掛けたのは過激派の方なのでしょう。
「正直、フラスコ殿下はそのようなモノを望まれてはいないでしょうに」
思わず私がそう口にすると、コンティーナ嬢も同意するようにうなずきました。
「そもそもからして、殿下兄弟のどちらかを害すというコトは、王家だけでなく、ドリップス公爵家と、ウェイビック侯爵家の双方を敵に回すようなものですからね」
「幼馴染みとして、仲の良い四人組だという話は聞きますものね」
少し調べて分かったことですが、この部分はかなり前回と状況が異なっている部分ですね。
前回はフラスコ殿下の評判がかなり低かった為、サイフォン殿下を持ち上げる派閥がチカラを付け、対立していたところがあります。
ですが今回、フラスコ殿下の評判はあまり下がっていないようです。
一方で、どちらの殿下も優秀である為、どちらを王にするかで揉めているのが、今回の対立理由です。
ドリップス公爵を筆頭に、どちらでも構わないという中立派も強い為、前回のような分かりやすいケンカにはなっていないのですよね。
前回のフラスコ殿下派閥は、いわゆる過激派が本当に過激だったのです。それどころか穏健派と呼ばれる方々であっても、サイフォン殿下やその周囲を害することに、そこまで躊躇いがないほど問題がありました。
ですが、今回のフラスコ殿下穏健派は本当に穏健派のようです。
理想を言えばフラスコ殿下に王になって欲しいが、サイフォン殿下になったらなったで受け入れる――そういう雰囲気を持っています。
一方で過激派は前回よりも過激になっているようなのですよね。
恐らく、前回と異なり頭脳派が少ないのでしょう。
状況を分析できるような人は穏健派になっているでしょうから、前回以上に押さえが利きづらくなっているのではないかと推測できます。
――となると……。
「ターキッシュ伯爵は――近々、家族が連座で罰されるようなコトをしでかしそうなのですか?」
「はい」
間を置かずうなずかれてしまうと、言葉を失いますね。
ああでも――過激派に唆されて家族が連座で罰されるというのは他人事ではありません。
少し確認をしておきましょうか。
「コンティーナ嬢は、父君を救いたいのですか?」
「いいえ」
「では母君を?」
「いいえ」
「…………」
「ルツーラ嬢。そういう顔をしないでください。いえ……そういう顔をされる返答をした自覚はあるのですが」
コンティーナ嬢はそう苦笑してから、教えてくれました。
「平民風にぶっちゃけてしまいますと――両親に対して家族の情みたいなものは一切ないんですよ。むしろクソったれ、私を巻き込むような死に方するな。死ぬなら勝手に死ねと思ってます」
「それはまた……」
言葉遣いは汚いですが、その心情だけはハッキリと分かりました。
彼女は本当に、ご両親のことが嫌いなようです。
「そうなった事情は色々ありますけど、長くなるので割愛させてください。
ただ十年くらい前から――私は死なないために死に物狂いで立ち回っているコトだけは理解していただければ」
「その頃から、破滅の未来が見えていたと?」
「今ほど明確ではありませんけど、漠然と何らかの形で破滅を迎えるだろうとは。
だからこそ、貴女が褒めてくれた雑談のテクニックなどを筆頭に、ひたすら自分を磨き続けたんです。
勉強も、作法も、法律も、領地経営も、貴族の常識も、平民の常識も――ありとあらゆる物事が、自分が死なないための必須手段だっただけなんです」
「随分と私に明かしてくださるのですね」
「……同じ悩みを抱えているのではないかと感じたんです。カンですけどね」
「なるほど」
そう言われてしまうと、本当になるほどとしか言えませんね。
両親はまだ過激派に踏み込んでないものの、予備軍。
そして、前回の私は過激派の関係者に唆されて、両親もろとも破滅の道を進んでしまう。
確かに似ているかもしれませんね。
「一応、まだ私の両親は大丈夫でしてよ。予備軍ですけど」
「そのご両親と、その両親と繋がりのある過激派に囲まれながら、ルツーラ嬢はそちらに染まらずにいるではありませんか」
「そうなのかしら?」
「ご自覚ありませんか?」
「残念ながら」
「わたし以外にもそう見ている人が多いですよ」
「驚きです」
前回の振る舞いを反省して、今回はやらかさないように気をつけているだけのつもりだったのですけれど。
コンティーナ嬢を筆頭に、そのように見られているとは思いませんでした。
正直、今後を思うと味方は欲しいのですよね。相談相手というか。
「コンティーナ嬢の事情は少し分かりました。なのでこちらからも少しお話をしても」
「ええ。聞かせて頂けるなら是非」
「ありがとうございます。ではまず大前提のお話をします」
彼女がうなずき、先を促すのを確認してから私は口を開きます。
「私はコンティーナ嬢と異なり、両親のコトが好きですわ。助けたいと思っています。
なので、家族の――家の破滅を回避したいと思っております。ゴールからしてまず、そちらと少々異なっているコトは大前提とさせてください」
「大事なすりあわせですね」
その上で――と、前置いて、私は言葉を止めました。
どこまで明かすべきか。
まだコンティーナ嬢とは出会ったばかり。
迂闊に明かしてしまうのは危険な気もしますが――
とはいえ、ここから先の両親の破滅回避には、貴族界の政治状況が大きく関わってくることでしょう。
私がやらかさなくても、過激派のそそのかしによって、両親が何かしでかす可能性はゼロではありません。
そうなった時、味方がいない状況というのは困ります。
「手の内を明かすべきか悩みましたが、一つお教えするコトにします」
「……先ほど出てきた言葉――未来を視た……に関係しますか?」
「話が早いですね。その通りです」
本当に聡いといいますか、人の話を良く覚えていらっしゃる方ですね。
「建国祭の少し前の日。私はあるやらかしをして、家族もろとも幽閉邸へと放り込まれます。判決はお取り潰しの上に死罪」
「……何をやったの? いやこの場合やるの? と聞くべき?」
コンティーナ嬢の言葉が乱れていますが、まぁ気持ちは分かります。
「とある令嬢を王城の一室にこっそり呼び出した上で集団で囲み、挙げ句の果てに精神操作系の魔法を仕掛けようとして失敗。令嬢から反撃を受け、そこにサイフォン殿下がやってきました」
「……わたし、相談相手間違えた?」
半眼になってうめくコンティーナ嬢を見ると、やはり胃が痛みますね。そういう反応も仕方の無いやらかしです。
「まぁそう言いたくなる気持ちは理解できますが、話を続けても?」
彼女がコクリとうなずくのを確認してから、私は続けました。
「そのまま幽閉邸での監禁生活もしっかりと経験した上で、反省したのですよ」
「あら? 視たというよりも体験しているのですか?」
「ええ。今も正直、この状況を監禁生活の途中で見ている夢のように感じているところです」
口元に手を当て酷く真面目な顔をしたコンティーナ嬢が。ふと顔を上げて訊ねてきます。
「貴女にとって、今が夢か現実か区別がつかないというコトは――貴女は時間を遡ったと感じているの?」
「その通りです。監禁生活中のある日、いつものように就寝したところ、一夜明けたら魔性式の日の朝に戻っていたのです。信じて頂けるかはわかりませんけど」
「…………」
コンティーナ嬢の瞳が、あまり見ることがなさそうな鋭いモノになりました。
死にたくないから死に物狂いであると口にする彼女にとって、私という存在はある種の異物なのでしょう。
想定していたのとは異なる状況に置かれている私を味方とするか敵とするかに悩んでいるのではないでしょうか。
「その話を信じるとして――どうして貴女は、令嬢を呼び出して囲むなんて愚かなコトを?」
その疑問はもっともな話です。
なので私は一つうなずき、自嘲気味に答えました。
「それこそ愚かだったからですよ。背中を押したのは過激派の方だったのかもしれませんけれど」
「深掘りして良い話?」
「……そうですね。話しておきましょうか」
前回の私がどれだけ愚かであったかを――