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第6順


 思い出せ。思い出せ。

 あの時の一連の流れ……そうです!


 まずはあの侍女――カチーナでしたか? 彼女に声を掛けなければ!


「あ、あの……」

「はい? なんでしょうか?」


 声を掛けると、落ち着いた様子で振り向きます。

 なんだか表情の乏しい方のようで少し怖いですが――それよりも。


 確かあの毒は光に晒すとキラキラ光るとかそんな感じだったはずですわ!


「その、見間違い……でしたら良いのですが。

 貴女が持っているワインの中に、妙にキラキラしたモノが見えた気がしまして。

 変なモノでも混じっていたら、問題でしょう?」

「ありがとうございます。例え見間違いであれど、そのようにお声を掛けて頂いたコトにまずは感謝を」


 丁寧に礼をしてから、カチーナはグラスに光を当て――目が(すが)まりました。

 鋭く射貫くような目つきに、私へ向けられたものでも無いのに、身が(すく)みそうです。


「指摘頂きありがとうございます。どうやら本当に異物が混ざっているようです。

 お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 当家より後日お礼があるかと思いますので」


 名乗るほどの者じゃないです――と言って逃げたいのですけれど、妙に迫力のあるカチーナの雰囲気に飲まれて、素直に口にします。


「ル、ルツーラ・キシカ・メンツァールと申します」

「メンツァール伯爵令嬢でしたか。改めてありがとうございます。少々急ぎ対処をしますので、正式なお礼はまた後ほど」


 そうしてカチーナは何気ない足取りで、けれどもとんでもない速度でこの場から去っていきました。


 あれ――どうやってるのでしょう?


 ともあれ、これで歴史が大きくズレることはなくなったはず。

 いやまぁそもそもモカ様が引きこもってない時点でだいぶズレてはいるのですけど。


 ……ああ、そうだ。

 もう乗りかかった船ですし、もうひと仕事しましょうか。


 私は急いでワインテーブルまで引き返します。


「急に去ってしまってすみません。改めておかわりを頂いても」

「…………」


 給仕に声を掛けると何やら睨まれました。

 恐らくは、私が毒に気づいたことそのものに腹を立てているのでしょう。


「どうなさいまして? おかわりを欲しいと言っているのですから、給仕の仕事をして欲しいのですけれど」


 少し大きめの声でそう口にすれば、周囲の人たちの視線が集まります。

 こういう目立ち方はあまりしたくはないのですけれど。


「リッツ! あの給仕だ」

「カチーナ! リッツと共にあちらへ!

 それとサイフォン様は箱へ入ってください!」

「え? うわあ!?」


 言うやいなや、モカ様は生み出した箱の中にサイフォン様を放り込みました。

 箱の中にマディアを入れて私の魔法を解除したことを思うと、あの箱の中では毒などの異物を無力化するチカラもあるのでしょう。


 それを思うに、サイフォン殿下を箱に入れたのは、解毒が目的なのでしょうね。

 とはいえ――なまじ前回とは異なりフィジカルがあるせいか、わりと乱暴な手段をとりましたね。モカ様……。


「箱の中を知りたいとは言ったがこんなのはあんまりじゃないかな? もっとムードとか欲しいんだけど?」


 箱の中から聞こえてくる殿下の声もだいぶのんきですけど。


「殿下、今は大人しく解毒されててください」


 続けて、羽の生えた小さな箱を無数に召喚すると、会場内に解き放ちました。


「ハココ隊! 他にも口にした人がいないか確認。大至急ッ!」


 召喚された箱たちはモカ様の指示に従って会場内を飛び回り出します。


 なんというか箱の中でボソボソと喋るイメージがあるモカ様が、こんなにも堂々とハキハキした調子で指示を飛ばすのは新鮮ですね。


「会場内の騎士各位ッ! ハココが示す人は毒入りワインを口にしている可能性がありますッ! 大至急、私の元へ連れてきくださいッ!」


 瞬間、会場内の騎士ならびに参加者だった騎士たち含めて、表情が切り替わりました。

 サイフォン殿下を箱に放り込んだ上でこの指示です。


 モカ様のことを騎士団の箱姫と知り、その実力や能力を知っている者たちからすれば、指示の意味を即座に理解することでしょう。


 ざわめく会場を尻目に、給仕はこの場から去ろうとし――


「どこへ行かれるのです?」


 ――私は彼の手首を摑みました。


「……離せッ!」

「構いませんわよ」


 暴れる彼に対して、私があっさりと手を離します。

 私は彼に触れたかっただけですからね。触れてしまえば、別に手を離しても問題ありません。


「お前は何をしたいんだ?」

「王城敷地内での精神作用系は、例え理由があろうとも叱られてしまいますからね」


 手をひらひらと振りながら、私は意味ありげに笑ってみせます。

 正直、毒をワインに仕込むような恐ろしい相手に真っ向から睨みあうというのは心臓に悪いことこの上ありませんが――


「苦労したんです。元々は精神操作系。それを精神以外に作用するような使い方を編み出すのは」

「お前は、何を言って……」


 ――それでも、私も貴族で淑女ですからね。


 内心がどれだけ恐怖に竦んでいても、それはおくびにも出さず優雅に振る舞って見せてこそ。


 それは前回のお茶会で、モカ様が見せてくれた姿そのもの。

 あれはある意味で、貴族として淑女として、理想的な姿ともいえましたから。


「どうぞお好きに逃げてくださって構いませんわ。もっとも、逃げられるのでしたら――ね?」

「意味がわからないがお言葉に甘えさせてもら……って?」


 言いながらこの場を去ろうとする給仕は尻餅をつきました。

 自分でも何が起こっているのか分からず、目を白黒させています。


「元々は強制的に順番や序列を守らせるコトを優先させる魔法だったのですよ?

 でも順番や序列を守らせるコトができるなら、逆に順番や序列を狂わせるコトだって可能ではないか――そう思ったのです」

「お、おま……なにを……?」


 未知の何かを見るように私を見上げてくる給仕を無視して、私は説明を続けます。

 彼に対しての説明というよりも、周囲――特に騎士の皆さんへの説明です


「以前、本で読んだのですけれど……人間というのは脳から発された合図を『順番』に全身へ伝えるコトで身体を動かしているそうです」


 わざわざ手の内を明かすのは、これが精神作用扱いされて叱られないようにという保身。本来は悪手ですけど、モカ様の侍女と、サイフォン殿下の護衛騎士がこっちへ近づいてくる以上は、保身に走りたくなるというものです。


「では、その脳から発された合図が、全身を巡る順番を狂わせたらどうなるでしょう?

 手を動かそうとして足が動き、足を動かそうとすると、首が動く。あなたは今、私の魔法によってそういう状態になっているのですわ」


 前回の(じぶん)を思い出しながら、出来るだけこの男を脅かすように、高圧的な笑みを浮かべて告げます。


「では説明を終わります。

 ほらほら、どうぞお逃げくださいな。その身体でこの場から逃げ切れるというのでしたら」

「こ、こんな……」


 尻餅をついた姿勢から立て直そうともがくも、どうにもできないどころか、床に倒れ込む給仕を下目使いで見下ろしていると、カチーナたちがやってきました。


「メンツァール伯爵令嬢。お怪我などは?」

「お気遣い感謝します。ですが無傷ですわ。

 あのタイミングで毒を仕込めたのはこの方の可能性が高いと思いましたので、余計なお世話であったかもしれませんが、足止めさせて頂きました」

「助かります」


 殿下の護衛騎士の方が会釈するように頭を下げてから、給仕の男を睨みます。

 それを見て、ふと思いました。


「動きを阻害する魔法はいつ解除すれば良いでしょうか?」


 その言葉に、護衛騎士の方は「ふむ」と小さく息を吐いてから逡巡を見せます。

 やがて考えがまとまったのか、拳を握ると倒れている給仕の腹部へ勢いよくねじ込みました。


「ぐえ……」


 うめいて白目を剝く給仕を確認してから、何事も無かったかのように言います。


「解除して頂いて大丈夫です」

「……わかりました」


 若干、顔が引きつっているのを自覚しながら、私は給仕に左手で給仕に触れながら、右手で指を鳴らします。


 指を鳴らす必要は本来ないのですけど、見た目だけだと何が起きているか分からない魔法ですからね。

 それっぽい仕草をすることで、ちゃんと解除したぞというアピールをしておきます。


「これで解除できました」

「ありがとうございます。カチーナ」

「はい」


 二人は私に頭を下げると、颯爽とこの場を去って行きます。


 それを見送って一息ついた時――


「あら?」


 ――モカ様の放った小さな箱が私の周囲をふよふよと漂います。


 すると、それに気づいた騎士の方がこちらへと駆け寄ってきました。


「キミ」

「はい?」

「毒入りのワインを口にしている可能性がある。解毒するのでこちらへ」


 か、可能な限り関わらないようにするつもりが――まさか、こういうパターンがあるなんて……!


 とはいえ断る理由はありません。

 もっと言うなら、毒を口にしているかもと言われた状態で、突っぱねる勇気もありません。


 あと、突っぱねたら怪しさが爆発し最重要容疑者へとランクアップしそうなので、断るという選択肢はそもそもありません。


 とはいえ、疲れて喉も渇いているので、連れて行かれる前に一息つきたい気持ちはあります。


「……わかりましたわ。ああ、でも――」

「どうかなさいましたか?」

「喉が渇いているのでここのワインを飲んでも? 解毒して頂けるなら、飲んでも問題ありませんわよね?」

「問題しかありませんのでそれはやめてください」

「……そうですか」


 何故か騎士様に残念なものを見るような視線を向けられてしまいました。


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