第44順
夢でもう一人の自分とお茶を飲み交わした夜から、一週間ほどたった頃。
暦としては冬に片足を入れたような時期
秋の終盤にありながら、見事な秋晴れに、夏――は言い過ぎながら、春を思わす陽気をした暖かな日。
事前にモカ様の魔法によって、この日が暖かくなるのは知っていたので、せっかくだから外でお茶をしようという話をしていました。
それはお城なり、誰かの家の庭なりでお茶をするのだと――誰もがそう思っていたはずなのに……。
「どうして、私はここにいるのでしょう?」
「いやそれはルツーラだけの疑問じゃないから」
「すみません。こんなはずではなかったのですけれど」
私とティノとモカ様は、小高い丘の上から眼下にある王都を一望しながらそんなやりとりを交わします。
少々、風は強いかもしれません。
髪が大きくなびいて鬱陶しいです。
……髪を全部下ろしてきたのは、少し失敗だったかもしれませんね。
「見ろゲイル。我らの愛しき者たちが、普段見せないとても面白い顔をしているぞ」
「ええ。サイフォン殿下の提案に乗ってよかった。これはとても刺激的です」
そんな背後から聞こえてくるのは、サイフォン殿下とゲイルのやりとり。
さらに、その二人の背後からのやりとりも聞こえてきます。
「どう考えても三人とも呆れているのだと思うのだが、違うのか?」
「違わないわよフラスコ。完全に三人とも呆れてるの。サイフォンとゲイルは個人的な感情を優先しすぎて、女性を困らせているのよ」
フラスコ殿下とコナ様は正しく状況を理解してくださっていて何よりです。
「あの二人は面白いコトだとか刺激的なコトだとか言っているのだが、それは相手を困らせたいという話でいいのか?」
「さすがにそれは雑な認識だけど、結果としてそうなってるし間違ってないのかも?」
さすがにフラスコ殿下とコナ様のやりとりに焦りだしたのか、サイフォン殿下とゲイルは私たちの元へと駆け寄ってきます。
「気持ちの良い風と眺望だろう?」
「そうですね。事前に教えて頂けたなら、もっと楽しめたと思います」
遠い目をしたまま答えるモカ様に、さすがのサイフォン様も「やばい、どうしよう」みたいな顔になりました。
いえ、その先を考えていなかったのはだいぶ雑ではありませんこと?
「あの、ルツーラ」
「…………」
さて、私はゲイルにどう反応するべきでしょうか。
そう考えるものの、特に良い返答が思い浮かばずに黙ってしまいました。
すると、ゲイルは何か勘違いしたのか、縋るようにティノへと話しかけます。
「ティノ、えーっと、何かフォローしてくれないかなーって」
「え? この状況からできるフォローとかあるの?」
「え? むしろ無いの?」
「むしろの無いのはこちらのセリフなんだけど」
ティノの言葉にちょっと困ったようなゲイル。
そんな彼――いえ、サイフォン殿下を含めた彼らに、ティノは半眼になってうめくように告げました。
「ホストがイタズラするのは良いのですけれど、ゲストの心に響かなかった場合のフォローくらい自分たちで用意しておいたらどうです?」
ティノの言葉に、サイフォン殿下とゲイルの二人は、彼女から視線を逸らします。
それを見ていたフラスコ殿下が何やら難しい声色でコナ様に訊ねていました。
「サイフォンの兄として、ティノの友人として、何かフォローしてやるべきか?」
「しなくていいわよー」
コナ様は棒読みというか投げやりというかな答えを返して、芝生に敷かれたレジャーシートの上に腰を下ろしました。
「ほら、フラスコも座って。あっちは放っておいて、こっちはこっちで楽しみましょう」
「それでいいのか?」
「いいのいいの。あ、すぐにティノも来るだろうからスペース開けておいてね」
「あ、ああ」
フラスコ殿下が戸惑いながら腰を下ろすと、コナ様はすぐ近くにいる人たちに声をかけます。
「サバナス、カチーナ。他の子たちも。あっちはしばらく放置でいいだろうし、お茶やお菓子、先に出してもらえないかしら」
名前を呼ばれた二人も、他のみんなも異論はないのか、主人たちそっちのけで準備を始めます。
――というか、私の従者たちも向こうにいるのですけど、どういうことなのでしょう。
そう思っていると、ティノがにっこりとした笑顔を私たち四人に向けてきました。
「あ。わたしも向こうに行ってきますので、あとは四人でご随意に~」
パタパタと手を振ると、付き合いきれないとばかりにそそくさと逃げ出します。
「……どうしますモカ様?」
「どうしましょうか」
私たちは少し考え、そしてふと思いつくことがあったので口にします。
「このまましばらく言い訳を黙って聞き続けるとかどうでしょう?」
「せっかくならお二人には面白い言い訳をたくさんして頂きましょうか」
なんであれ、こうして楽しいピクニック(?)が始まったのでした。
気がつけば私たち四人もレジャーシートに腰を下ろし、冷たくも気持ちの良い秋風の吹く場所で、お茶とお菓子を飲み交わし、お喋りに興じていました。
ただ暖かい日とはいえ、さすがに冬の入り口。
日が傾きだすと、吹く風の冷たさが強くなっていきます。
「さすがに寒くなってきたな。ここらでお開きにするべきではないか、サイフォン?」
「そうですね。みんなもそれでいいかい?」
殿下兄弟の提案に異はありません。
従者たちが片付け、帰りの馬車を整えている間のわずかな時間。
私は丘の方へと向かい、眼下に王都を見つめています。
「ルツーラ」
そこへ、ティノがやってきました。
「あら?」
いえ、ティノだけではありません。
ゲイルも、モカ様も、殿下兄弟も、コナ様もいます。
「皆様、どうされました?
それぞれに表情は違えど、言いたいことは同じ様子。
「……お前は、本当にルツーラか?」
「フラスコ!」
誰も口を開かないことに業を煮やしたのか、フラスコ殿下が切り出してきました。それをコナ様が強めに咎めましたが、私は軽くそれを制します。
「皆さん本当に鋭いですのね」
「ルツーラ嬢、貴女は……」
「事情を知らなければ、そう感じられても仕方ない自覚はありますから。コナ様だって同じコトが気になったから皆と一緒にいらっしゃるのでしょう?」
「そう、だけど……」
困ったようなバツが悪いような顔をするコナ様に、気にしないで欲しいと私は微笑みます。
「ティノとゲイル……それからモカの三人は事情を知っているのかな?」
仲間はずれは寂しいな――とでも言いたげなサイフォン殿下に、モカ様は難しい顔をしながらうなずきます。
「どちらかというと、いつかこうなるだろうという覚悟――が正しいかもしれませんが」
分かっていても、理解しててもやはり思うことがあるのでしょう。
「ルツーラ。もう一人の君は、いつ旅立ったのかな?」
ゲイルは責めるでもなく、嘆くでもなく、いつも通りの調子で問いかけてきました。それはとても嬉しいことです。
「三日前です。貴方と初めて口づけを交わした日の夜に」
少しのロマンティックさを込めてそう答えたものの、ゲイル様の反応はイマイチでした。
「……ここでわざわざ口づけとか言わなくてもよくない?」
いえ。これは少し照れてるやつですね。
とはいえ、そういう反応をするから、ティノの機嫌が悪くなるのですけれど。
「え? ゲイル、ここでそういう反応するの酷くない?」
「本当ですよ。ゲイル様は反省するべきです」
「あれぇ!? ティノとモカ様から急に責められだした……!?」
自業自得なので、受け入れて頂きたいところです。
それはさておき――
「あの日、わざわざらしくなくおねだりしたのは、直感的にあの日が最後の日だと思ったからです。
受け入れて頂いてありがとうございました。ゲイル。
素敵な思い出と、大切な思慕と共に、私は元の私の元へと還ります――とのコトです」
この伝言だけは伝えませんといけませんものね。
まぁその思い出と思慕はしっかりと私の中にも残っているので、伝言として口にするのは少々気恥ずかしいところはありますが。
……というか、あのらしくなく甘えて口づけをおねだりする自分というのは、記憶としてハッキリ残ってるので、思い出すともうなんというかなんというか……いえ、ここで赤くなっている場合ではありません。落ち着きましょう。
「そっか。それなら良かった」
本当に安心したように、嬉しそうにするゲイル。
時々迂闊な発言はするものの、やっぱりこういう優しいところは本当に素敵な人です。
「ところで、その伝言を伝えるというコトは……もう一人の君がいなくなったことで、ボクへの感情も消えちゃったから婚約解消的な話になるのかな?」
前言撤回。
「ゲイル、流石にそれはないわ」
「本当です。何を見ていたのですか?」
「事情はよく分からないけど、こっちのルツーラの態度見てれば分かるでしょうに」
「うわぁ……コナ様まで加わった刺激的な眼差しがなんだかツラい……!」
助けを求めるように、ゲイルは殿下兄弟に視線を向けるものの、お二人も盛大に肩を竦めました。
「事情は分からずとも、今のは鈍いオレでも分かるほど迂闊だったぞ」
「ルツーラ嬢が変わっていたコトに気づけるのに、この部分に気づけてないのは迂闊ではなく阿呆の類いなのでは?」
「フラスコ殿下には呆れられるし、サイフォン殿下にいたってはすごい辛辣な言葉を頂いた……!?」
皆さん、もっと言ってやってください――と言いたいところですが、自分でもハッキリと言っておいた方が良いのでしょう。
「ゲイル……いえ、ゲイル様。
確かに私の中にいた贖罪と感傷のルツーラは消えてしまいました。
けれど、私は彼女の記憶や経験、思いも思い出も共有しているのです。そこまで言っても理解して頂けませんか?」
彼の目を真っ直ぐに見つめて、そう告げます。
なんだか告白を改めてしているようで、とても気恥ずかしいのですが……。
「私もルツーラ・キシカ・メンツァールに違いはありません。
もう一人の私が由来となっている気遣いや優しさなどは、少し欠けてしまうところはあるかもしれませんが、それでも――私もルツーラ・キシカ・メンツァールとして貴方をお慕いしております。それでは、ダメですか? 贖罪と感傷のルツーラでなければ、あなたの素敵な刺激にはなれませんか?」
いけません。
なんだかゲイルに、残された自分を否定されてしまった感覚が、急に今になって湧いてきてしまって、感情が抑えられなくて……涙が……。
「ゲイル。お前、あの時の言葉は偽りだった言うの?」
横で、ティノがすごい形相でゲイルを睨んでいます。
周囲に握りこぶしほどの水の塊が無数に浮き始めるほどに。
「待ってくれティノ。君が怒るのも分かる。ルツーラが涙を滲ませるのも分かる。さすがにちょっと迂闊だった自覚もある。だから魔法はちょっと待ってくれティノ!」
ゲイルはティノを制して、大きく深呼吸をすると私を真っ直ぐに見つめます。
「すまない、ルツーラ。
伝言を聞いて早とちりしてしまった。ボク自身ももう一人の君がいつの間にかいなくなってしまったコトにショックだったようだ」
そう口にしてから、「あー、いや、違うな。今言うべきはこれじゃない……」と前髪を掻きながら、気を改めたように顔を上げます。
「改めて――すまない、ルツーラ。
君の感情、状況、そう言ったモノを聞きもしないで余計なコトを言ってしまった。
みんなに叱られても仕方のないコトだったと思う」
そこで小さく深呼吸。
ゲイルは気合いを入れるようにハッキリと私に向けて告げます。
「以前に口にした、残されたもう一人のルツーラが望むのであれば、そのルツーラも幸せにする――と、そう口にした言葉に偽りはありません。
だというのに、ボクはまったく――ああ、本当に余計なコトを言ってしまった」
自分の前髪を掴んでくしゃくしゃにしながら、ゲイルは本当に泣きそうな顔で謝罪をしてきました。
「ゲイル様」
「はい」
「……贖罪の私に対して、貴女が旅立つその日まで幸せにすると口にされたのは覚えていますか?」
「もちろん」
力強く、ゲイルはうなずきます。
「贖罪の私は、最後まで幸せを感じていました。旅立つその時まで、感情も感覚も記憶も共有していたのです。間違いありません。本当にありがとうございました」
「…………」
ゲイルだけでなく、ティノやモカ様まで何とも言えない顔をされます。
ああ、本当に――ちゃんと愛されるなど、私には過ぎた話だ……なんて、贖罪の私なら感じそうですね。
「その言葉をお伝えした上で、お訊ね申し上げます。ゲイル様」
「なんでしょうか?」
「贖罪の私に続き、本来の私のコトも、最後まで幸せにして頂けますか?」
手を差し出し訊ねると、ゲイルはこれまでのやりとりの中でもっとも力強くうなずきました。
「もちろんです。これまでの貴女とはまた別の刺激を与えてくれそうだ」
「これまで通りの刺激じゃダメというコトですか?」
「まさか。どちらも楽しみです」
そう言ってゲイルは私の手を握り、自分の方へと引き寄せると、私を抱きしめました。
「本当に、迂闊なコトを言って申し訳ない。改めてよろしくお願いします。ルツーラ」
「ええ。ええ。こちらこそ、ゲイルの感情を理解しきれず申し訳ありません。改めてよろしくお願いします。ゲイル」
そして、私は我慢しきれずにゲイルへと唇を重ねます。
……三日前のあれは贖罪の私だけのモノ。
……今日のは本来の私だけのモノ。
そういうことにしておいてください。
いいですわよね? もう一人の『私』?
あと数話で完結予定です。




