第43順
ゲイルと過ごすことを中心に、日々が過ぎていきます。
派閥のお茶会とは別に、ティノやモカ様、ビアンザやマディアと個人的なお茶会を開く回数も増えていきました。
破滅回避に必死だった時は、派閥の維持や悪評の回避をかなり意識して大立ち回りしていましたけれど、冷静になってみれば若い淑女のお茶飲み派閥。
そこまでしっかりとした運用をする必要がないのだと気づいてから、少し肩の力が抜けました。
もちろん、ダンディオッサ侯爵からの政治的な影響力は無いというお墨付きを頂いたからという面はあります。後ろ盾のおかげといえばその通りです。
……とはいえ、厳密に言ってしまうと、政治的な影響力は皆無ではありません。
良かれ悪しかれ貴族の集まり。淑女たちがお茶会で交わす噂話と、広がり続ける『ここだけのお話』は、バカにできませんので。
そこを理解しているか否かは、ダンディオッサ侯爵にとっての判断材料として使われていることでしょう。
本当に皆無だと思っているような人がいるのであれば、それはダンディオッサ侯爵にとっては切り捨てる相手か、そうでなければ隙だらけ故に悪巧みに利用できる対象という扱いになるはずです。
さておき――
そうした日々の中で、季節は移り変わって秋も中盤。
幽閉邸の中にいるとあまり季節感はなかったとはいえ、冬はまだ迎えていなかったはず。
つまり、秋の終わりから冬のはじめに掛けてこそが私のタイムリミットということでしょう。
……そして、意図はしてませんでしたが、ここ最近のお茶会での私の言動――鋭い人からするとお別れの挨拶のように思われても仕方の無いことを口にしている気がします。
夕食を終えて、私室へと戻ってきました。
「……ふぅ……」
扉を閉めた時に漏れる吐息は、忙しかった今日を終えて一息つけたからか、それとも迫り来るタイムリミットへの嘆息か。
ベッドへとはしたなく倒れ込みながら、ぼんやりと考えます。
タイムリミットが来る前にできることを――と、必死にやってきたのに、いざやるべきことが大体終わり、タイムリミットまでに余裕が生まれているこの状況を、私自身はどう思っているのか、と。
いずれ終わりのくる幸せ。
私はいいのです。タイムリミットへの覚悟はしているから。
でも――
ならば――
残していく人たちはどうなのでしょう?
事情を知っているティノやモカ様は受け入れてくれるでしょう。
何も知らない人たちは、何か変わったと思いつつも変わらぬ日々を過ごすかもしれません。
……でも、ゲイルは?
……そして、何より私を失った『私』はどのようになるのかが分からない。
だからこそ、ゲイルとは婚約止まり。
私が『私』に交代した時に、その先について話をしようということになっています。
この胸に残る不安は、全て私が託す『私』へのことばかり。
それは『私』への失礼にもあたるようで、余計にもやもやしてしまうのかもしれません。
そのようなことを考えているうちに、私は眠ってしまったのでしょう――
・
・
・
――気がつくと、薄らとした白い霧に包まれた庭園のテラス席のような場所に私はいました。
霧さえなければそれはきっと、とても美しい場所なのでしょう。
座っている椅子も、テーブルも、並んでいるティーカップやカトラリーまでとても美しい場所です。
……ん? ティーカップ?
私は、誰かとお茶をしているのでしょうか?
「悩みすぎよ、貴女」
「え?」
ふと顔を上げると、テーブルの対面に薄らとした霧に覆われて姿がよくわからない女性がいます。
「私はそこまで愚かではないわ」
「え? あの……」
お茶を口にしながら、その女性は穏やかにけれど、どこか険を感じさせるように口を尖らせました。
「塗りつぶされた覚えもなければ、上書きされた覚えもないわ。
ずっと共に歩んでいたのだもの。誰かへの愛情も憎悪も、思慕も恋慕も、貴女だけのものではないの。
勝手に奪っただの、勝手に作り出しただの、余計な罪悪感は覚えないで貰いたいものね」
霧が薄まり、姿がぼんやりとしてきます。
「貴女という要素だけが消えるの。貴女だけが持ちうるものが薄まるだけ。
貴女が私として育んだものは、この世界で得たものが、消えてしまうワケではないわ」
それは間違いなく、私の姿。
霧と共に、一周目にモカ様と戦った時のドレスを身に纏った、けれど髪を下ろしどこか自分でないと思ってしまうほど大人びた空気を纏う、私。
一周目の私とも、今の私とも、違う姿をした私。
「罪悪感や自罰的な感傷を失うから、少しばかり性格がキツくなったと言われてしまうかもれないけれど、まぁその程度でしょう」
霧に包まれた私は、ふふっと笑うとティーカップを傾けます。
「不安と懸念を払拭できる話だと思うのだけれど、どう?」
「……そうね。確かに一番の不安と懸念は払拭されたと思うわ」
そう答えて、私も自分の手元にあるティーカップを手にします。
霧のようなお茶で喉を湿してから、霧に包まれた私に訊ねました。
「ところで、もしかして今夜がタイムリミットだったのかしら?」
「いいえ。今日ではないのは確か。とはいえ私自身にも時間は分からない。でも、もう近いわ」
「そう」
思いや経験を残していけるのであれば、そう不安がる必要はないのだと理解できたのは良かったかしら。
「きっと、私たちの入れ替わりは劇的なモノではないわ。
いつもの日々の中、いつものように夜に寝て、いつものように朝に目が覚めれば、気がつくと入れ替わりが終わっている。その程度のものだと思うの」
「そうね。私自身がそうだったもの。幽閉邸で眠りについて、目が覚めたら魔性式。きっとそれと同じように、気がつくと入れ替わっているのでしょう」
それは覚悟をしている話。
好きなタイミングでお別れの挨拶ができるものであるとは思っていない。
「残った時間、悔い無き日々を――なんて挨拶は気取りすぎかしら?」
「ええ。私らしくありませんわ。そもそも、悔いらしい悔いなんて、もうほとんどありませんもの」
「それでも、少しはあるのね」
「ええ、そうなの。ゲイルへの懸想がここまで強くなってしまっている自分に戸惑うほどに」
そう口にすると、なんだか恥ずかしくて、照れてしまいそうで。
けれど、それを聞いた霧に包まれた私も似たような顔をしているので、まぁそういうことなのでしょう。
「その思いを私が独占してしまうのは心苦しいわ」
霧に包まれた私がそう言うけれど、私はそれに首を横に振りました。
「いいの。結局、自罰的で感傷的な私には過ぎた感情ですもの。最後に幸せな時間を頂けて感謝しているほどよ」
「……それ、ティノとゲイルに叱られたコトじゃないの。まだそんな風に考えていたの?」
「こればかりはどうしようもないわ。きっと、同じ私であっても――共有できない経験が由来のモノでしょうから」
「そうね。そこは別の時間の愚かな私のやったコトだもの」
「そうよ。でもその愚かさは、一緒に持って帰るから安心してちょうだい」
私はカップの中に残る霧のような姿のお茶を飲み干すと、カップをソーサーに戻します。
「私の自認は、もうどこまで行っても愚かな罪人なのでしょうね。
だから、みんなにどれだけ叱られても、究極のところでは幸せに手を伸ばすのをためらってしまう」
「…………」
霧に包まれた私が、自嘲気味に告げる私に難しい視線を向けてきます。
「だから、これは貴女への置き土産。
好き勝手にやってしまった別の私から、本来の私へ送るモノ。そう思ってもらって構いません。
幸せのための最後の一押し――それは本当の私にお任せしますわ」
「ほんと、我ながら不器用で愚かすぎるわよ、貴女……」
私が笑いかけると、霧に包まれた私はとても困ったように眉を顰めてそう笑って返してくれました。
すると、どんどん霧が濃くなっていき、気がつけば周囲は霧の白だけ。
何も見えなくなった世界で、私の意識は遠のいていきます。
「不器用で愚かしくとも、貴女は私。素敵な私。なら、最後まで好き勝手やりなさい。私のは私で勝手にやるから、私のコトは必要以上に気にしないで」
ぼんやりとした感覚の中、霧に包まれた私の声がハッキリと耳に届きます。
そして、それが最後。
周囲の霧の白はどんどんと見えなくなっていき、気づけば静寂の闇に私の意識は包まれていくのでした。
・
・
・
「…………」
目が覚めると、私はベッドの中で朝を迎えていました。
夢の中での出来事はしっかりと記憶しています。
「最後まで好きにやれ、か……」
なんとも私から私への私らしい励まし方です。
「では今日から、本当にいつ終わってもいいように、好き勝手やるとしましょうか」




