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第4順


「なにはともあれいくぞッ!」

「どうぞ」


 見た目通り力強く踏み込み、力強く木剣を振るうフラスコ殿下。

 それに対して、モカ様はだらりとした自然体で、木剣を握る手にもあまりチカラが入って居ない様子。


 それでもフラスコ殿下の剣に柔らかくぶつけると、フラスコ殿下の剣の軌道がずれて、殿下自らもバランスを崩しました。


 当然、そこを狙ってモカ様も攻撃しますが、慣れているのかフラスコ殿下はすぐに立て直しつつ、それを回避。


「相変わらずやりにくい剣を使う!」

「それが持ち味ですので」


 暑苦しい調子のフラスコ殿下に対して、モカ様は……なんというかアンニュイです。

 まぁやる気もないのに訓練に付き合わされているそうなので、そういう気分なのかもしれませんが。


「続けていくぞ!」

「どうぞ」


 再びフラスコ殿下が力強く踏み込んでいき、今度は連撃しかけていきました。

 正直、すごいな――くらいにしか分かりません。


 そんなフラスコ殿下の猛攻を、モカ様はのらりくらりとした動きで(かわ)していました。


「さすがはフラスコ殿下ですな。あちらの女騎士を圧倒しています」

「やはり女性となると、腕力と体力の差はいかんともしがたいですからなぁ」


 見学している男性たちはそんな話をしていますが、私はそうは思えません。

 そもそも、モカ様はあのお茶会のやりとりの最中に、(こちら)の魔法を完全に看破していました。


 それも、私自身も気づいてなかった部分に至るまで。


 そこから考えるに、彼女は学者的な頭の回転と知恵を持ち、それを戦闘に活かせるタイプの人なのだと思います。


 だとしたら、フラスコ殿下の技量を正確に読み取った上で、必要最小限の動きで攻撃をいなしているのではないでしょうか?


 しばらくの攻撃と回避の応酬のあと、モカ様が力なく剣を持ち上げると、ふわりと動かしました。

 すると、フラスコ殿下の腕が大きく弾かれ、バランスを崩します。


 即座にモカ様はそこへ攻撃を仕掛けようとして、後ろへと大きく飛び退きます。

 良く見れば、フラスコ殿下はなんらかの反撃をしたのか、剣を突き出すような構えをしていました。


「フラスコ様、わざと弾かれました?」

「まぁな。何年お前と打ち合っていると思っている。今のような攻撃をすれば、上に弾くような動きをするだろうと思ってな。隙を作るコトでお前の隙を突こうかと思ったのだ。

 だが、それも躱されてしまうとは……オレもまだまだか」


 やれやれ――と素直にモカ様を賞賛する姿は、私の知るフラスコ殿下とは少々違います。


 前回の今頃は、粗野で乱暴者という印象がだいぶ強まっていたはず。

 ですが、この夢の中のフラスコ殿下は、その部分がだいぶ薄い気がします。


 そんなフラスコ殿下にモカ様は少しだけ笑みを浮かべると、剣を軽く掲げました。

 すると、彼女の周囲に、羽根の生えた手の平サイズの箱が六個出現します。


「フラスコ様。ここからは魔法アリでやりましょう」

「ハココは六個でいいのか?」

「はい。フラスコ様ならこの数で充分です」

「……他人の力量を短時間に正確にはかれるお前が言うならそうなのだろうが……腹は立つな。お前、最大何個召喚できる?」

「最近、二十五個になりました」

「サイフォン相手の時は何個必要だ?」

「四個ですね」


 キッパリとモカ様が口にすると、サイフォン殿下がちょっとだけムッとした顔をしました。

 常に飄々(ひょうひょう)とした感じの人だと思っていただけに、あの年相応にほっぺたを膨らませるのは新鮮に見えます。


「コナは?」

「八個……でしょうか」


 殿下たちより、コナさんの方が強いんですね。


「まぁ個人相手にハココを全部召喚するコトは少ないですよ?」

「ちなみに、完全召喚しないと勝てない相手はいるのか?」

「それをやっても勝てるか分からないのがお爺様兄弟です」

「…………そうか。あの兄弟は同じ人類なのか怪しいな」

「はい。同感です」


 お互いに嘆息し合ってから、模擬戦が再開されました。

 正直、見て解説できるような戦いではないのは確かです。


 途中でフラスコ殿下が、風の魔法でモカ様の剣を奪い取るシーンがありました。

 勝負ありかと思いきや、近くに飛んでいた箱の中から、いきなり木製の短槍が出てきたかと思うとモカ様はそれを手に取るや殿下に向かって投げつけました。


 殿下がその短槍を避ける間に、モカ様は別の箱から木剣の予備を取り出して、構え直すという動きを見せました。


 見学していた人たちの中には、元騎士の方もいたのでしょう。

 老齢の男性たちが一連の動きに感心と興味が湧いたようです。


「あれは反則では?」

「あの箱一つ一つに予備の武器や換えの武器が入ってるのだと思うと厄介ですな」

「武器を奪うコトに意味がないのはかなり強いですぞ」


 そんなやりとりが聞こえてきます。

 私の目にはただ武器を変えただけにしか見えませんでしたが、騎士としての視点ではすごいことのようですわね


「フラスコ殿下。次はこちらから行きます」

「……ああ」


 すると、一つだけ残してモカ様の箱たちがフラスコ殿下へ向かって体当たりをしはじめました。


 曲線的な動きが出来ないのか、曲がる時はいったん止まって身体の向きを変えてから直線を進む――という動きではありますが、五個の箱に同時に襲われるのです。


 フラスコ殿下も躱したり弾いたりと忙しそうですね。


 前回の箱魔法は防御に特化した感じでしたが、今回は歩んできた道が違うので攻撃用のものもしっかり用意されているのです。


 ふと、マディアに視線を向けます。


「どうしました?」

「いえ」


 人の手が壊れるほどのチカラで殴っても傷一つ付かない箱。

 それが体当たりをしてくるというのは、もしかしなくてもとんでもなく凶悪なのでは?


 模擬戦は結果としてモカ様の勝利。

 そのあとも、様々な組み合わせの模擬戦が披露されました。


 そうして公開訓練もそろそろ終わりが近づいてきた頃、モカ様が多くの騎士たちに囲まれ始めます。


「あれは何なのでしょうか?」

「皆さん、ドリップス公爵令嬢に話しかけられてますけど?」

「公爵令嬢とはいえあのように殿方を(はべ)らすなんて……!」


 ダーリィだけが何やらズレたことを口にしている気がしますね。


「口には気をつけた方が良くてよダーリィ」

「ですがルツーラ様……」

「よく見なさい。女性騎士の方も一緒に混ざっております。

 それに、話し終えて輪から離れた騎士の方は見ておりますか?

 魔法の使い方や、武器の振り方などを試しているでしょう?」

「それがどうかされましたか?」


 察しが悪いですわね……と言いたいところですが、それはかつての私も同じこと。

 私自身がモカ様について多少知っているからこそ理解しているだけの話です。


「恐らくはアドバイスをされているのでしょう。

 ドリップス公爵令嬢の模擬戦や、その時の会話などを思うに、物事を見極めるチカラが大変高いようですから。

 模擬戦や訓練の時に彼女の気づいた修正点やアドバイスなどを貰っているのでしょう」

「騎士の方は年下の女性にアドバイスをされて恥ではないのですか?」


 ダーリィの言葉に、思わず眉を(しか)めます。

 どうしたものかと思っていると、近くで聞いていただろう年配の方が声を掛けてきました。

 ヒゲの豊かな――どことなくサイフォン殿下に似た雰囲気を持つ男性です。


「横からすまぬな。まだ若いお嬢さんにはピンと来ないかもしれぬがな?

 騎士とは、忠義を向ける相手と、この国や民を守るのに余念がないのだ。

 例え年下だろうが女性だろうが、有用と思えたアドバイスは受け入れて研鑽し、より強くなろうとするものだと理解して欲しい」

「……だそうでしてよダーリィ」

「そうですか……」


 無表情にそれだけ口にするダーリィには、やはり危うさを感じます。

 ともあれ、親切に教えてくださった方への態度ではないので、代わりに私がお礼と謝罪を口にしておきましょう。


「申し訳ありません。教えて頂いたのに友人が失礼な態度を」

「いや構いませんよ。それにメンツァール伯爵令嬢。今のはすでに現役を引退したジジイの戯言(ざれごと)ですので」


 ……私のことを知っているのですね……。

 ただ変に藪を突く必要もないでしょう。


「例え現役を引退されようとも、親切に教えてくださったコトには変わり在りませんわ。ありがとうございます」

「ほっほっほ。良いのですかな? 私は男爵や子爵かもしれませんよ?」

「実際の爵位はどうあれ、謝罪やお礼は、それとして受け取って頂ければ。

 付け加えるなら伯爵位は父のモノ。私の爵位はあくまで父のおまけでしかありませんので」

「変にへりくだるのではなく、それでいて高圧的に振る舞うでもなく、弁えていらっしゃるのですなぁ」


 豊かなヒゲをしごきながら、うむうむとうなずく老人。


「そんな風に他人より下に振る舞うルツーラ様は見たくなかったです……」

「こら、ダーリィ……!」


 よくない傾向ですわね。

 ダーリィの雰囲気が、どんどん幽閉邸に忍び込んできた時の雰囲気に寄っていってる気がします。


「お嬢さん。偉そうに振る舞うだけが貴族の振る舞いではないと覚えておきなさい。

 場所や場面に応じた正しい振る舞いをする。それこそが正しい貴族の振る舞いだ。

 そしてこちらのメンツァール伯爵令嬢はそれが出来ている。正しき振る舞いをする者を腐すのはあまり良い振る舞いとは言えませんぞ?」

「…………」


 この老人の雰囲気、凄み。

 恐らく土地持ち貴族。現役を退いているということは、元当主といったところでしょうか。


 あまりそういう気配になれてなさそうなダーリィは完全に飲まれてますね。

 私も、前回モカ様やサイフォン殿下と対峙しなければ、飲まれていた可能性もありますが。


「お爺様。ダーリィに関しては、改めて謝罪します」

「いやいや。そこはメンツァール嬢は関係ありませんな。あくまでそこの娘の落ち度」

「それでも、です。私と共に行動する友人がしたコト。止められなかった私の落ち度でもございます」

「うむ。ではキミに免じておきましょうか」


 見た目の雰囲気からして、世代は先代騎士団長などと同じくらいか少し上。

 すでに引退していて……それでいて、こういう場にいても不思議がられない人。


 ここ六年の間に、前回ではあまり気にしていなかった各領地やそれを納める貴族の名前などを勉強したのが役に立ちそうですね。


 勘違いでも笑って流してくれそうなら、一声掛けた方が良いかも知れませんわね。


「ところでこの王都までは、お爺様のご領地から遠いのでは?」


 訊ねると、彼は小さく驚き、それから嬉しそうな顔をしました。


「ふっ……あくまで隠居の道楽ジジイそういうコトにしておいてくだされ、お嬢さん。

 しかしお嬢さん――私があと20いや30若ければ、ここで口説いていたかもしれないくらい魅力的ですな」

「ただの伯爵令嬢ですわ。あまり持ち上げて頂くのは恐れ多いです」


 私は、そんな風に評価して貰えるような貴族令嬢ではありませんからね。

 ただ未来を知っている愚か者が、せめて愚かに堕ちないよう振る舞っているだけにすぎません。


 なのにこんな風に言われるのはさすがに戸惑ってしまいます。

 しかし、私の意図は正確には伝わらなかったのでしょう。謙遜だと受け取られたようです。


「ドリップス宰相の娘といい、殿下兄弟たちといい……キミの同世代はなかなか面白い者が多いようだ」


 そう言って一礼すると、ご老人はこの場から離れていきました。


「ダーリィ……心臓に悪すぎます。あの方を誰だと思ったのですか?」

「え?」

「恐らくは二大公爵。そのどちらかの関係者ですわよ」

「…………」


 敢えて明言しませんが、領地の話をした時の様子からして、モカ様とは別の公爵家の方。

 つまるところ、今の方は先王の弟君であるニコラス・ブルーマ・ルチニーク様でしょう。


 そもそもドリップス家の先代は、女神の御座(みざ)に招かれていらっしゃるのをちゃんと知っていれば、答えは明白。

 とはいえ、ダーリィはすぐに答えにたどり着かなかったようなので、勉強不足ですわね。


 しかしまぁ、なんというか――公開訓練を見に来たことで、夢の中の流れが妙なことになってきてませんか?


「さて。ドリップス公爵令嬢のアドバイス会のようなモノを終わったようですし、そろそろ見学会も終了でしょう。騎士の皆様に声を掛けるにしても帰るにしても、まずは邪魔にならないよう移動しましょうか」


 そんなこんなで、驚きも得るものも多い訓練見学は終了していくのでした。


 ちなみに、騎士の皆様に声を掛ける女性は少なかった様子。

 まぁ私も人のことをあまり言えませんけど、激しい剣の打ち合いや、身体を動かす訓練を初めて見た女性たちからすると、だいぶ刺激的だったようですしね。


 私も少々刺激的に感じてはいましたが、マディアの手をあのようにしてしまった手前、鮮血が舞い、痛々しい打撲痕が作られていく様子程度に、目を逸らすわけにはいきませんもの。




Q「ハココ、最大何個召喚できる?」

A「15歳時点で(戦闘用のハココは)二十五個になりました」


Q「IFモカは正史のような諜報活動してるの?」

A「してますし、その為の諜報用ハココは正史半分ほどの数ですが、正史同様に各地に設置してあります。とはいえ、常時引きこもりという万年魔力消費による最大MP成長が控えめになっているのと、戦闘用に余力が必要なので、諜報用ハココの最大設置数がだいぶ減ってしまっています」


Q「騎士団所属なのに諜報活動やってるんだ?」

A「文官系に転職したいのでお父様に文官として優秀ですアピールするべく情報収集してます。その下心を理解した上でもうしばらくは優秀アピールを続けてもらおうとお父様は思っています。

 だって箱魔法による情報収集優秀なんだもの。変に文官にするくらいなら、このまま続けてくれた方が助かる。収集した情報に緊急性がある場合、騎士でいた方が自分から動きやすいでしょ?」


Q「モカちゃん文官になれるの?」

A「文官になんか転職させたら引きこもり加速しちゃうじゃない。だからネルタ、貴方が水際で食い止めるの、いいわね?」

「は、はい……」


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