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第33順


 お父様はなんと答えるのでしょうか。

 そう思っていると、ゲイル様がお父様に言います。


「ルツーラ嬢に関しては、伯爵の子であるコトを除いても、社交界でお耳にいれる機会は多かったかと思われますが――それすらご存じでない?」


 基本的に、疲れたようなお顔や、困ったような顔の多いゲイル様にしては珍しく険のあるお顔。


「ルツーラ嬢が、どれだけの綱渡りをするかのような立ち回りし、今の評価を得たのかを理解されていないのは、お言葉ながら――貴族家当主としていかがなものかと」


 少し言い過ぎでは……と、思ったのですが、 ラウロリッティ様が私を制します。

 黙って見ていて欲しいということなのでしょうか?


 ゲイル様に気圧された様子のお父様。

 それでも、そこは伯爵家の当主です。

 すぐに気を取り直し口を開きました。


「綱渡りの立ち回りとは何のコトかね?」

「それを理解されていないというのは、あまりにも彼女が報われない話だ」

「…………」


 ゲイル様がバッサリと切り捨てるように返すと、お父様が口を噤みます。

 そこへ、お母様がお父様の横に出て、ゲイル様に訊ねました。


「ルツーラのしているその綱渡りというのは、とても重要なコトなのですね?」

「はい。そして、それは――本来、ご両親であるお二方が気づき、やらねばならなかったコト。しかしお二人が気づかなかったばかりか、判断を誤り綱を弱らせていたコトをご自覚して頂ければと」


 これは――もしかして、以前よりゲイル様が言っていた力添えというモノなのでしょうか。


「そんなコトを言われてもな……」

「あなた」

「アルチェラ?」


 お父様が何かを言おうとしたのを、お母様が制します。


「先ほど侯爵からも、言われたではありませんか。

 そして、ゲイルさんとラウロリッティさんからも、似たようなコトを今、言われております」

「…………」

「私たちはきっと、気づかなければならない何かを見落としている。

 そして、いつまでも見落としたままでいると、近々代償を払わねばならぬところまで来ているのではないかと……私は、今そう考えています」


 お母様の言葉に、お父様はなんとも言えない顔をしています。

 眉間の皺を深めているお父様を見て、お母様は小さく息を吐くと、ゲイル様を見ました。


 それに、ゲイル様ではなくラウロリッティ様が周囲の様子を伺い、声を潜めながら答えます。


「あまり大きい声で言えない話になりますが……この夜会が、その代償を払うか否かの分水嶺(ぶんすいれい)です」


 途端、お父様とお母様の様子が変わりました。

 私はというと、むしろ――やはりそうか……という感想です。


 ダンディオッサ侯爵がわざわざ両親に、私の話をし、切るかどうかの瀬戸際であると話をしたのも、そういうことなのでしょう。

 養子の話も、考えようによってはメンツァール家を切った上での、私の行き先の提案ということだったのかもしれません。


 私たちに対し、親子で向き合う時間が必要だと口にしたのも、帰ってからやれ――という意味ではなく、今すぐにやっておけという忠告だったのでしょう。


「この夜会自体が、ダンディオッサ侯爵が助けるか見捨てるかを見極める最終段階のものだと思われます」


 普段のつかみ所のないラウロリッティ様とは違う、硬質的な声と口調。

 こちらはこちらで、お仕事などをする時の調子なのでしょう。


「最終段階……」


 噛みしめるように口にするお父様にラウロリッティ様はうなずきました。


「ダンディオッサ侯爵は、常に切り捨てる家を選んでいました。

 メンツァール家は何度も卓上にあがり、その都度ルツーラさんが、それをうまくかわすように立ち回っていた。それが、お二人が知るべき事実です」


 ラウロリッティ様……そこまで言いますか。

 私が驚いていると、いつの間にやら横に来ていたゲイル様が、小声で囁いてきます。


「ダンディオッッサ侯爵本人からではなく、ルツーラ嬢本人からでもなく、どこかの他人からあのくらい言わないとたぶんダメそうでしたので。

 余計なお世話だとは思いましたが、どう考えてもこの夜会は、侯爵による見極めの場です。なので姉とともに、手を出させて頂いた次第です」

「ありがとうございます。夜会のあとにでも、両親と向き合おうと思っていたところでしたが……」

「恐らく、それだと間に合わない可能性も高かったかと」

「本当に分水嶺でしたのね……」


 両親の侯爵に対するリアクションはお世辞にも褒められたものではなさそうでしたしね。

 小さく息を吐いて、両親とラウロリッティ様の方へと視線を向けます。


「正直言ってしまいますと、伯爵夫妻がどうなろうと個人的にどうでも良いのです。

 それでも、こうしてお話をしているのは、ルツーラさんに泣いて欲しくないからに他なりません」


 恐らく、お父様が何か余計なことを言ったのでしょう。

 ラウロリッティ様の声がより硬質的で、無機質な調子になっています。


「あなた。落ち着いてください。それこそ、侯爵からも言われたではありませんか。本当にルツーラの努力を無駄にしてしまうかもしれませんよ」

「……しかし」

「何か思うコトがあるのは分かります。ですが、今この場では抑えてください。

 私たちは今――自身の矜持と立場に拘泥(こうでい)している場合ではないのだと、愚考しますわ」


 お母様の言葉に、眉間を揉みしだきながらお父様がうなずきます。


「そのようだな……」


 はぁ――……と、お父様が深々息を吐いた時、会場がにわかにざわつきだしました。


 そのざわつきにゲイル様は目を眇め、周囲を見回してから、小さく私に告げます。


「ルツーラ様なら大丈夫かと思いますが、あまり大きなリアクションはしませんように」

「それはつまり、大きなリアクションがでてしまうようなコトが起きるという意味ですね」

「ええ。ですが……ルツーラ様はすでに、事前情報を得ているはずのコトなので」

「?」


 一体なんの話でしょうか。

 ゲイル様の意図が読めずに首を傾げていると、新しく会場へと入ってきた方に気づきました。会場のざわつきはその方が注目されたからでしょう。


 ……一体誰が……て、あら?


「所用があり、遅れてしまった。すまない」

「いいえ。フラスコ殿下、こちらこそわざわざご足労頂きましてありがとうございます」

「なに、恩師の夜会に誘われたのだ。来ない方が、不義理というモノだろう?」


 フラスコ殿下ではありませんか!

 それに、横に居るのは――!


「それと、ダンディオッサ侯爵には紹介する必要はないか?」

「ええ。存じ上げておりますよ。コンティーナ嬢、君も良く来てくれた。君の両親だけが出席していたコトを不思議に思っていたのだが、こういうコトだったとはな」

「ふふ。でも、ランディ伯父様は、こういう趣向はお好きでしょう?」

「さすがはコンティーナ嬢だ。私の好みをよく分かっている」


 ティノがとても楽しそうに、それでいて小悪魔のような表情で告げると、ダンディオッサ侯爵は、それこそ悪魔侯爵であるかのような顔で喜んでみせています。


 そのやりとりを見ながらも、私は訝しみます。

 どうして、フラスコ殿下はコナ様ではなくティノを……。


「……あ。そういえば」

「思い出しました? あのお茶会のやりとり」

「はい」


 ゲイル様の問いに首肯します。


「ここ数日、急速にお二人の仲に関する噂が広まりました。一方で、あまり目立たずに小さな噂も広まっていました」

「小さな噂?」

「フラスコ殿下が出席予定の、いずれかの夜会にてコナ様の都合がつかない為、代理を立てる……というモノです」

「なるほど」


 総合すれば、その代理はティノであると理解できます。

 ですが、大きな噂であるフラスコ殿下とティノの関係ばかりに耳を広げてしまえば、この場で誤解をしてしまうことでしょう。


 しかし、ティノは侯爵を巻き込んだのでしょうか? それとも侯爵が噂を利用した……?

 どちらにしろ、確かにこれは最後の(ふる)いとなるのは間違いないでしょう。


 夜会の後に家族会議なんて時間はとれず、お父様とお母様が先走ってしまっていれば終わっていたかもしれません。


 私は僅かに気合いをいれて、両親の元へといきます。


「お父様、お母様」

「ルツーラは驚いていないのか?」


 お父様に問われて、私は肯定しました。


「ええ。事前に、コナ様の代理でティノがエスコートされると、ティノ本人から聞いていましたので」


 これはウソです。

 今日、あそこにティノが現れるなど、私は知りませんでした。知りませんでしたが、ここでは敢えてこう言っておきます。


「代理?」

「両者の両親の派閥の関係で、あまり表沙汰になっていませんが、ティノとコナ様は仲が良いのですよ」

「むぅ」


 私の言葉に、お父様は難しい顔をしてうめきました。

 それを見ていたお母様が不安そうに訊ねてきます。


「でもルツーラ。噂では……」

「殿下とティノが少なからず思い合っているというモノですよね?

 あれだって、ティノがコナ様と仲が良いから、必然的にフラスコ殿下も一緒にいるコトが多いだけでしてよ」


 そう言いつつ、私は言葉を付け加えます。


「それに、ティノ本人の内心まではわかりませんが――だとしても、仮に少なからず思いがあろうと、立場を弁え、友人を立てるコトをする子がティノです。

 サイフォン様とモカ様とティノ。そして恐れ多くも私を会わせた四人が、軌跡の四彩と並び称されるだけの人材であるコトを考慮に入れてくださいませ」


 加えて釘を刺しておきましょうか。


「ああ、それと――これは篩いです。

 流れているお二人に関する二つの噂。この場の状況。それ以外にも拾える噂や情報を総合してどう判断するか。

 これは、ダンディオッサ侯爵が、噂を利用した上で、殿下とティノを巻き込んで作り出した選別の篩いです。

 私の話も、この夜会の最中にはあまり公言されないようお願い致しますわ」

「それは……先ほどラウロリッティさんが言っていた、期限だなんだという話に繋がるのかい?」

「ええ。その線は明確に結ばれております」


 どうやらお父様は、篩いの意味に辿り着けたのかもしれませんね。


「あなた。今日はこのまま迂闊に動かず大人しくしておきましょう。

 帰ってから、ルツーラに詳しく話を聞く。良いですね?」

「そうだな。ここは、素直にルツーラに従った方が良さそうだ」


 その言葉を聞いて、私は大きく安堵しました。

 まだ予断は許しませんが、大きな山を乗り越えた……そう思っても、良いですよね?


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― 新着の感想 ―
一周目とは違ってめっちゃ有能なルツーラ様…でもそそのかされて子供の頃に調子に乗らず自分を研鑽していればもともとスペックは高かったんだろうなぁ… 順の魔法もあったし。まぁどっちの歴史でもモカちゃんはモカ…
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