第32順
「さて、リムバルド・プリム・メンツァール伯爵。君にとってのルツーラ嬢の事実は、どんなものなのかな?」
ダンディオッサ侯爵からの問いかけに、お父様とお母様は返答に窮しています。
その様子に、ふとした気づきがありました。
一度目の時間において、私は両親に甘やかされるままに、そしてそれに甘え続けていました。
そのせいもあって、考え方や性格も甘ったれでワガママになってしまっていたのでしょう。
けれど、お父様やお母様と、良く笑い合っていた記憶があります。
翻ってーー二度目である今回はどうでしょう。
この場ここに至るまで、前回と比べるとあまり両親と接してなかったように思えます。
もちろん、全く交流がなかったワケではありません。
食事などは良く一緒に取っていますし、今回のような夜会やお茶会などにも、両親と一緒によく出席しています。
ですが、今回の私は積極的に勉強に出かけ、人脈を広げるべく、精力的に動いていました。プライベートにおいては、あまり一緒にいることがなかったようにも思えます。
つまり、前回ほど両親と共に過ごしている時間は長くない。
実はこれ、結構致命的だったのではないかと、今になって思ってしまいました。
前回通りに愛されていると思い込んで立ち回っていた結果が、逆に両親を今現在追い込んでしまっているのではないかーーそんなことが、ふと脳裏に過ってしまったのです。
だとすれば、私は最初期の動きを間違っていたことになります。
二人から信頼を得られていないのであれば、私の立ち回りなんて何の意味もなくなってしまう。
ああ……どうすれば。どうすればいいのでしょう。
助けることに必死すぎて、助けたい人たちを逆に追い詰めてしまっているかのようなこの状況を、どうやって……。
「……失礼。少々意地悪が過ぎたようだ」
「え?」
急に、ダンディオッサ侯爵の雰囲気が柔らかくなり、息を吐きます。
その突然の変化に、両親も不思議そうな顔をしました。
「ルーツラ嬢。謝罪しよう。君の支援をするつもりが、かえって追い詰めるような形になってしまった」
「い、いえ……」
普段なら、もっとちゃんと返答できたのでしょう。
でも、今の私にはそう返すのが精一杯。
……もしかして、私ーーダンディオッサ侯爵が気に掛けてくれるほどに、酷い顔をしていたのでしょうか?
「謝罪を兼ねて一つお教えしようか。
君は何かしらの最終目標が見えているのだろう? そこへ至る道中に存在する無数の枝葉ーーそれらの切り捨てる優先順位をしっかりと決めてあるかね? 決めきれなくとも、最後まで切り捨ててはいけない枝葉と、最悪の場合は切り捨てる覚悟のある枝葉ーーそれだけはしっかりと決めておくといい。
想定外に直面し、道に迷った時などの指針となろう」
今まで見たことのないダンディオッサ侯爵の顔でそう告げられました。
恐らくこの顔は、フラスコ殿下などを指導する時に見せているだろう教師としての顔なのでしょう。
「……ご指導、ありがとうございます」
「構わんよ。こちらも、らしくなく、出しゃばってしまった。
君たち親子は、一度しっかり向き合うべきなのだろうな」
ふぅーーと、ダンディオッサ侯爵は嘆息したあとで、意地の悪い笑みを浮かべます。
「それはそれとして、ルツーラ嬢」
「はい?」
おっかなびっくり返事をすると、申し訳ないながらも大変悪党顔を思わせる笑顔で言いました。
「これは半分冗談なのだがーーその気があるなら、私の養子にならないか?
ご存じの通り、私は子宝に恵まれていないからな。後継者がいないのだ。
だが、君であれば、ダンディオッサ領を託しても問題はなさそうだ。その程度には評価しているのだと覚えておきたまえ」
「……過分なご評価を……」
「過分ではないな。正当にそう評価している」
「は、はい……」
半分冗談ということは、半分は本気ということなのですよね?
過分な評価としか思えないのですけれど、それがダンディオッサ侯爵からの正当な評価なのだとしたらーー
私は私の思っている以上に、世間から評価されているということなのでしょう。
「さて、話は尽きませんが、他にも挨拶に来ている方々がいるのでね」
「え、ええ。はい。では、私たちは失礼します」
お父様が代表してそう挨拶すると、私たちはダンディオッサ侯爵の前から離れました。
どこか呆然した様子の両親と一緒に、会場の中でもやや人気の少ない場所へ。
とはいえ、両親もダンディオッサ侯爵に言われたことを咀嚼しきれずに困っている様子。ここで話しかけても考えがまとまらないかもしれません。
それは私も似たようなものかもしれませんが……。
さて、どうしたものかーー
私が悩んでいると、こちらへとやってくる二人組がいました。
「ごきげんよう! ルツーラさん」
貴族らしさのない明るい調子の声で話しかけてきたのは、黒い髪が毛先に向かって幻想的な紫色にグラデーションしている女性。
「ラウロリッティ様。ごきげんよう」
「先日のお茶会以来ね~」
軽い調子で手を振ってくるラウロリッティ様。
こういう場であると見ると、ややはしたなさはありますが、むしろこの軽い調子の明るさが、今は少しありがたいです。
「姉上、人目も多いのですからもうちょっとちゃんとしてください」
そいて、ラウロリッティ様の横にいるのは、彼女の弟であり、私に良くして下さっている殿方ゲイル様。
「ルツーラ嬢、すみません。いつものコトながら姉上が」
「いいえ。そういう方だと分かっていますので、気にしてませんわ」
ゲイル様のお顔を見たら、不思議とホッとしました。
それだけ、私は自分で自分を追い込んでしまっていたのかもしれません。
「今日はお二人もご両親と?」
「いえ。本日は、両親も兄も来れなかったので、私と姉が名代として来ているんです」
そう言って、ゲイル様はチラりとラウロリッティ様を見遣ります。
「色々と冷や冷やしてはいますが、今のところは問題ないので安心はしています」
「あら? お姉さん褒められちゃった?」
「微塵も褒めてはいませんので、姉上は黙ってて貰えます?」
相変わらずのやりとりをしている姉弟に私が笑っていると、少し気を持ち直したらしいお母様が話しかけてきました。
「ルツーラ。そちらのお二人は?」
「ああ。そういえば、お母様とお父様は初対面でしたね」
そう言って私が二人を紹介しようとすると、ラウロリッティ様が軽く私を制して、一歩前に出ました。
「メンツァール伯爵ご夫妻。お初にお目に掛かります。
パシャマール伯爵家のラウロリッティ・ニア・パシャマールと申します。こちらは弟のゲイル」
それはティノよりもさらに洗練されているかのような、とても綺麗な挨拶でした。
お手本以上に美しい仕草ーーというべきでしょうか。
ゲイルもまた、ラウロリッティ様から名前を示された際に丁寧な一礼を見せました。
「ゲイル・シャイナ・パシャマールと申します。本日は出席できなかった父リッチキールの名代として姉と共に参加させて頂いております。どうぞ見知り置きを」
「ラウロリッティ嬢に、ゲイル殿だね。私はリムバルド。こちらは妻のアルチュラ。こちらこそよろしく頼むよ」
「ゲイルさんの名前はルツーラから聞いているわ」
挨拶もそこそこに、お母様は手を合わせると、顔を輝かせてそんなことを言い出します。
……私、何かお母様に言ってましたっけ?
「先日も、お食事に誘っていただけたでしょう。ふふ、私も嬉しくなってしまって」
「お母様……」
なんでしょう。このなんとも言えない気持ち。
母がテンションをあげればあげるほど、逆に私は落ち着かなくなるというかなんというか。
「こら、アルチェラ。あまり前のめりになってゲイル殿を困らせるな。
すまないな。昔からどうもこの手の話が大好きなようでな。実の娘であろうと容赦なく食いついていくようだ」
「お父様。それ、私は初耳です」
前回ですら聞いたことのない話です。
とはいえ、前回は私に浮ついた話はありまえんでしたからね。仕方ないかもしれませんが……。
いえ待ってください。
そんなつもりはないのですけど、私はこの状況を、自分自身の浮ついた話だと認識してしまってます……?
なんだか、急に恥ずかしくなってきたのですけれど……!
「それはともかくだ。ゲイル殿、ラウロリッティ嬢。不躾なコトを訊ねてしまうのだがーー君たちが、ルツーラの立ち回りを支えてくれたりアドバイスをしてくれたりしているのではないかね?」
……などと、本当に気持ちを浮つかせていたら、お父様が変な話を切り出しました。
正直、ちょっとショックですね。
自力でがんばってきたつもりでしたが、お父様にこのようなことを言われてしまうなんて。
そう思っていたらーー
「メンツァール伯爵。その発言は、弟の友人への侮辱と受け取ってよろしいのかしら?」
ーー少し怖い顔をしたラウロリッティ様がそう口にしていました。
ゲイル様もそこに続きます。
「そうですね。姉上の言う通り、その評価は少々訂正して頂きたく。
そもそもルツーラ嬢は、私と知り合う以前より領袖として評判が高くありました」
「同年代の子たちだけでなく、少し上の世代になる私たちの間でも噂になるほどでしてよ」
……お父様にがんばりを信じて貰えていなかったことはショックながら、こちらの姉弟に褒められるというのも、これはこれで気恥ずかしいと言いますか……。
今日の夜会、私の感情の上下が激しすぎて、なんだか情緒のおかしい人になってしまっていませんか?