第31順
ダンディオッサ侯爵主催の夜会の当日――
「お招き頂きありがとうございます」
――お父様の挨拶に併せて、共にいる私とお母様も、侯爵に一礼します。
形式的な挨拶のあと、お父様との雑談はそこそこにダンディオッサ侯爵は私を見ました。
「時にルツーラ嬢。最近、お茶会派閥はどうかな?」
「お気に掛けて頂いて光栄です。幸いにして、先日に侯爵とお会いしたあとはトラブルもなく安定をしております」
「そうなのですね。少々、やんちゃの過ぎるご令嬢もいたと伺っておりますが?」
……これは、ダーリィのことですわね。
「まぁ! 侯爵はとても大きなお耳をお持ちですのね。政治に関わるコトないお茶会派閥の片隅で起きた出来事ですのに」
「はっはっは。そういう些細なコトが領主として政治家として、立ち回りに重要な情報になったりするものでしてね。ついつい気に掛けてしまうのですよ」
ニヤァと笑うダンディオッサ侯爵。
でも、もともと人相の悪い方です。深い意味があるわけではなく、ただ笑っただけなのでしょう。
「そういうコトでしたか。お気に掛けて頂きありがとうございます。
確かにやんちゃの過ぎる方ではありましたが、ちょっとしたキッカケで反省されまして、これ以上の問題にはならないかと」
「それは何より」
素直に感心したような雰囲気で、ダンディオッサ侯爵はちょっと怖い笑みを浮かべます。
どうやら、ダーリィの件を解決したことを評価してくれたようですね。
逆に言えば、ダーリィを放置していたら、私ごと家を切り捨てられてた可能性があったのでしょう。
本当にダンディオッサ侯爵とのやりとりは心臓に悪いです。
ティノやモカ様と違って、こういうのは余り得意ではありませんから。
「いやはや懇意にしているメンツァール伯爵家のご令嬢の派閥だ。多少は気にも掛けてしまうものだよ。それに――」
ダンディオッサ侯爵は意味深にお父様を見たあとで、少し真面目な眼差しを私に向けます。
「ルツーラ嬢は自身の派閥をただのお茶会派閥と思っておいででしょう。もちろん、実際はその通り。政治的にもチカラがないのも間違い在りません。
ですが、ご令嬢だけの派閥とはいえ、派閥の皆様には必ずご両親がいるワケです」
ああ――言われて気がつきました。
確かに、派閥そのものを政治に関わらせる気はありません。ですが、貴族である以上は政治に無関係ではいられないのです。
「ご令嬢たちに何かあれば、当然ながらご両親さらには親類や家系へと波及しますからな」
「そしてその逆も然り、ですよね。派閥の者に問題がなくとも、ご両親やご兄弟、親類が何かすれば、望む望まないに関わらず本人と、本人の派閥に少なくない影響を与える、と」
「ええ。その通りです。しっかりとご理解されているようで安心しました」
「いえ。今ご教授頂けたからこそ気づけたのです。ありがとうございます。ダンディオッサ侯爵」
これは本当に感謝です。
なにせ、私への指導だけでなく、私の両親への牽制と指導の意味もあるやりとりだったのですから。
「しかしメンツァールご夫妻も鼻が高いでしょうな。
ルツーラ嬢は優秀だ。しかも派閥の領袖として立派に立ち回っていますからな」
「過分なお言葉ありがとうございます。ですが娘の派閥は本人が言う通り、政治に関わらない派閥ですから」
お母様は謙遜するようにそう言うけれど、あまりにも言葉選びを間違えすぎています。
「そんな娘の派閥を気に掛けて頂いているのは大変光栄なコトです」
お父様も、今の私とダンディオッサ侯爵のやりとりの後でそれを口にするのは大変危険なのですが……。
「お二人は本当にそう思っているので?」
「え?」
キョトンとする両親に、ダンディオッサ侯爵らしからぬ露骨な態度で首を横に振り、嘆息を漏らしました。
「いえ。あまりにもルツーラ嬢が憐れに思いましてな。
両親であるお二方が――王家に近いあるいは王城を中心に働いている貴族たちの間で、ルツーラ嬢はどう評価されているのかご存じないのかと」
それ、私も知らないのですけれど――とは言えない空気ですね。
「今年、成人会を迎えた方――ーサイフォン殿下。ドリップス公爵令嬢モカ嬢。お二人は成人会の前からその天才性に注目が向けられておりました。
ですがもう一人。一部の貴族たちが、成人会前から密かに目を向けていた令嬢。それがルツーラ嬢だ」
「え?」
思わず声が漏れました。
そんな話、初耳なのですけど!?
「そしてその評価は成人会の後に、世に認識されだしたお茶会派閥の領袖としての立ち回りを機に、大きく広まったのです」
「それこそ娘は過大評価されているので……?」
恐る恐るお父様が口にすると、ダンディオッサ侯爵はゆっくりと首を横に振ります。
「成人会前より一番評価していたのが、ルチニーク公爵家の前当主ニコラス様ですからね」
……もしかしなくても、騎士団見学に行った時の出来事が高評価だったりしたのでしょうか?
「半信半疑であった自分も、先日のお茶会の際にお話させてもらった時、半信半疑から半疑を消す程度の確信をえました。
だからこそ、ルーツラ嬢を気に掛けさせてもらっている。失うには惜しい才能ですからな」
実際は地下牢での出来事も評価に入っているのかもしれませんが、あれは表に出せるような話ではないですからね。
「そして、成人会後に評価が高まっているターキッシュ伯爵令嬢のコンティーナ嬢を加えた四人は、同じ世代に生まれ落ちたのが奇跡のような天才たち――奇跡の四人とすら称されているのですよ」
いやいやいやいやいや。
その三人と並び称されるほどの人間ではありませんよ、私はッ!?
思わず叫びたいのですけど、ここはそれができる場面ではありません。
私の内心の葛藤を余所に、ダンディオッサ侯爵は怖い顔をさらに怖く見えるくらいに顰めて、真面目な顔を深めていきます。
「正直な話をしよう。あまり大声で言えるコトではないのだがね」
そう前置くと、侯爵は本当に声を小さくして告げました。
「メンツァール伯爵。私が貴方を気に掛けているのはルツーラ嬢ありきだ。
君は――いや、君たち夫妻が余計なコトをして娘のルツーラを潰してしまいかねない危険性を持っている。だからこそ私は君を気に掛けるコトで、ルツーラ嬢を支援しているのだ。
ルツーラ嬢がいなければ、君たちのような危険予備軍など、とっくに派閥から切り捨てているのだという自覚を、そろそろ持って頂きたい」
刃物のように鋭く、冷たい声。
両親は最初は驚いたような様子を見せ、それから言葉を理解すると青ざめ始めます。
「私だけではない。君たちと繋がりのある者たちの内、その何割かはメンツァール家が評価を上げてきている理由がルツーラ嬢にあると気づいている。
そういう者たちは、ルツーラ嬢とさえ繋がれれば、君たち夫妻のコトなどどうでも良いとさえ思っているだろうな」
私は、どんな顔をしているのでしょうか。
「だがルツーラ嬢は、そんな現状を理解した上で、ご両親が切り捨てられ、メンツァール家が破滅しないよう、ギリギリの薄氷の上で懸命に踊っている。
それが――私の見ているルツーラ嬢の真実だ」
これはもう侯爵から支援などではなく、間違いなく直接的な――
「さて、リムバルド・プリム・メンツァール伯爵。君にとってのルツーラ嬢の事実は、どんなものなのかな?」