第3順
騎士としての訓練を積んでいるからでしょうか。
私の記憶の中にあるモカ様と比べると、華奢な雰囲気が薄れ、少し体付きと肉付きも良いようです。
引きこもらずに運動した結果、発育が良くなっている――ともいうのでしょうか?
……いえ、十五歳現在の時点では、今の私はあのお茶会の時よりも体付きは気持ち小さめです。まだ成長しきってないという感じになっています。
なのにモカ様は私の知っている姿に近い――まあ二年くらいは誤差かもしれませんけど、もしかしたら前回のモカ様よりも色々大きくなる可能性がありますね。
やはり運動しているかどうかは大きいかもしれません。
「お嬢様。悲鳴を上げるくらいなら、最初から皆様の言うコトを聞いて、外に出て来られれば良かったのですよ」
「……ううっ、カチーナまでいじわるを言う……」
「モカ。あたしたちもカチーナも意地悪でもなんでもないわ。諦めて仕事しなさい」
「はい……」
しょんぼりへにょんとした顔で、モカ様は箱に手を翳すと、箱はその手に吸い込まれるように消えていきます。
(魔法だったのか)
(箱の中に閉じこもる魔法なのか?)
(どういう魔法と属性なんだあれ?)
ギャラリーの疑問はさておき、私は別の疑問が生じています。
私の記憶では、サイフォン殿下とモカ様が知り合ったのは、17歳の時に行われた成人会だったはず。
今回はどういう経緯で知り合われたのでしょう?
随分と気安い関係のようですけど……。
首を傾げていると、マディアは何かを知っている様子。
「あれが、騎士団の箱姫様……サイフォン殿下の婚約者の最有力候補ですか」
「マディア。箱姫様と一体どのような方なのですか?」
私が訊ねると、マディアは自分も聞きかじった程度しか知らない――と前置きした上で教えてくれました。
「モカ・フィルタ・ドリップス様。宰相であるドリップス公爵のご息女です」
それは既知なので、私は小さくうなずいて先を促します。
「本人は望まれていなかったのに祖父君によって入団させられてしまった方だと伺ってはいます。元々、魔法の練習を兼ねて騎士団の訓練場を借りていたそうですが……」
ふむ。
もしかしたら前回も似たような出来事はあったのかもしれませんが……。
前回のモカ様はこちらのモカ様と違って生粋の引きこもりのようですからね。
どれだけ、強要されようとも頑なに動かなかった可能性はあります。
ですがどういうワケかこちらのモカ様はその頑なさが薄いのか、状況に流されてしまった……といったところでしょうか?
「ただ武人の家サテンキーツの血なのか、魔法の練習を兼ねて武術を嗜んでいたところ、大変優秀だったそうです。騎士団としてはなんとしても入団して欲しいとなったようですよ」
「殿下たちと親しげなのはどうしてかしら?」
「殿下と、ウェイビック侯爵令嬢も、ドリップス公爵令嬢と同じく騎士団の訓練場に出入りしていたそうですから、交流があったのだと思います」
マディアの説明になるほど――と、うなずいているとビアンザが補足してくれました。
「それと、ウェイビック侯爵家の先代当主様は、サテンキーツ家の先代当主様とご兄弟であり、ウェイビック家への入り婿だそうですから、モカ様とコナ様は血が近いというのもあるのかもしれません」
「ああ、なるほど」
前回の時点で、コナ様はフラスコ殿下の婚約者である前に、幼馴染みの友人であったと聞き及んでいますからね。
そこにサイフォン殿下を含めた三人の幼馴染みという前回同様の構図に、引きこもらなかったことでモカ様も加わわり四人組となったのでしょう。
モカ様が引きこもらない場合、騎士にならずとも、コナ様との繋がりがある時点で、殿下二人と仲を深めるのは必然と言えるかもしれません。
そしてその結果がサイフォン殿下との婚約者候補なのですから、運命というのはなんのかんのと収斂していくのかもしれませんね。
ならば、この時間を遡った夢の果ても、私の破滅で終わりを迎えるのでしょう。
……まぁとはいえ、とはいえです。
例え夢であり、終わりが破滅なのだとしても、その時が来るまでは好きにやっていくのも悪くはないでしょう。抗うくらいの自由は、女神様だって認めてくれるはず。
モカ様が引きこもらなかったことで、だいぶ情勢が変わってきているようですし。
……そうですね。
モカ様があの輪に加わったことで、情勢がかなり変わってる気がします。
「派閥はどうなっているのかしら?」
「派閥……ですか?」
「ええ。殿下たちが兄弟でいらっしゃる以上、どちらを推すかで別れているのでしょう?」
私の言葉に、マディアとビアンザは顔を合わせて首を傾げました。
まぁそうですわね。
基本的に、貴族令嬢というのは成人会を過ぎるまではあまりそういうところに関わりませんから。
成人会以前から、ドリップス宰相に協力して情報収集されていたというモカ様の方が、例外です。
「自分の家、自分自身の付き合い……誰がどこの派閥に所属し、誰を後援しているのか……みなさんもちゃんと把握しておいた方がよろしくてよ。
政治に女が関わるなと仰る殿方も少なくはありませんが、だからといって蔑ろにして良いモノではありませんもの」
取りまきの皆さんにそう告げて、私は自分自身の思考の海に沈んでいきます。
……前回において、モカ様は、引きこもっていたからこそ集められた情報などもあったはず。
情報収集能力――という点においては、宰相すらモカ様に頼っていたという噂があったほどですし。
そうなってくると、前回のこの時期にすでに処分されていた者が、この夢ではまだのさばっている可能性もあるのですよね。
うちのお父様も、前回においては雰囲気に流されてフラスコ殿下の――とりわけ過激派に寄ってしまったワケで、今のうちに釘を刺しておくのもありでしょうか。
前回と異なり、今日までの間に私を唆してくるような人も近寄ってくる気配もなし……。
んー……これ、もしかしなくても、前回よりも情勢ややこしくなっておりませんかね?
現状で、今後の立ち位置が気になるのはコンティーナ・カーネ・ターキッシュ伯爵令嬢ですね。あの方は、コナ様を押しのけてフラスコ殿下の婚約者になったと聞き及んでます。
でも、前回と情勢が異なるこの夢の中において、コナ様を押しのけられる状況にあるかどうか。
とはいえ、コナ様との婚約破棄は雑談程度に伝え聞いた話しか知りません。
その後の状況の推移などは、幽閉邸に入ってから変化したことなので、私たちへ食事などの差し入れをする担当官の方からの雑談で聞いた程度で、詳細はよく分からないのですよね。
うーん……。
ごちゃごちゃと頭を悩ませていると、周囲がにわかに騒がしくなっているのに気づき、顔を上げます。
「モカッ! 今日こそ勝たせて貰うぞ!」
どうやら、フラスコ殿下とモカ様が模擬戦を始めるようです。
「フラスコ様……負けたからって、昔みたいに文句言わないでくださいね?」
「いつの話をしている! いつのッ!」
木剣を突きつけるフラスコ殿下に対して、モカ様はどこか気怠げな様子でいます。
箱魔法の拳を飛ばしてきた時の雰囲気とはだいぶ異なりますね。
あの時のモカ様はまさに騎士然としていた気がしますけど。
あそこで立っているモカ様はなんとも気怠げというか、やる気がないというか……。
まぁ無理矢理に入団させられて、才能があるからという理由で辞めさせて貰えない状況というのが、彼女の在り方を変えてしまっている可能性もありますね。
本日はここまでとなります٩( 'ω' )وお読み頂きありがとうございました。
明日以降は1話づつの更新になると思います。引き続きよしなに!