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第29順


「私は、ルツーラ様……正確には、前の歴史のルツーラ様が、数少ない羽化した魔法の使い手ではないかと、推測しております」


 モカ様はそう言いました。

 ですが、どうにもそれは――


「正直、半信半疑です」

「そうでしょうね。荒唐無稽な話だとは思いますし」

「いえ、モカ様の話が――ではなく、私が私自身の羽化に対して、です」


 なんと言えばいいんでしょう。

 今の私はともかく、幽閉されている私にそんな魔法の変化が発生するとは思えないのですよね。


「だって……一度目の私は、魔法の鍛錬なんてしておりませんから。

 幽閉されてからは、魔封じをされた状態でずっと監禁されていましたし。変化や進化する要因のようなモノにも心当たりがないんです」

「それでも使おうと試したりはしませんでした?」

「それこそ最初はしましたけれど……当然使えませんでしたし、そもそも私の魔法は対人用なので、相手がいなければ試しようがないですわ」


 そう答えると、モカ様は少し不思議なモノを見るような顔をされます。


「脳から発せられる合図の順番を狂わせる――なんてコトができるようになっている以上、もはや何でもアリだと思うのですけれど」

「え?」


 モカ様の言っている意味が分からず、私は目を(しばた)きました。


「相談の内容からはズレしまうのですが――ようするに世界は順番、順序によって構成されているという話です」

「えーっと、つまり……?」


 よく分からずいると、モカ様は一度席を立ち部屋の花瓶に生けてあった花を一輪もってきました。


「いいですか。花がどうやって生きているのか――と言えば、茎あるいは根から水や栄養を吸うわけです」


 言いながら、茎の先端を指で指し示し、そこからゆっくりと茎にそって指を上に移動させていきました。


「そして、最後は花弁にまで水や栄養が行き渡り綺麗に広がるワケですね」


 そこまで示してから、モカ様はひと息つき、私を見ます。


「つまり『水を吸う』『吸ったモノを花まで吸い上げる』『花びらの先まで行き渡らせる』という【順番・順序】が存在しているのです」

「あ」


 そこへ来て、ようやくモカ様の言いたいことが分かりました。

 思わず、私の自分の両手を見下ろします。


 花が水を吸い上げる順番を狂わせたら、どうなるのでしょう……。

 身体を動かすための脳の命令の順番を狂わせるどころではない。それは花が水を吸えなくなるのと同義……。

 つまり、花を容易に枯らせることができる。

 転じて、私は花の命を容易に摘むことができる。


 考えようによっては、花だけではありません。あらゆる存在の命を容易に奪えるのでは?



「それと、今の話をしていて、唐突に気づいてしまいました。

 本筋と大きくズレた話をしたつもりでしたが、むしろこれ話の本筋そのものです」

「え?」


 モカ様が神妙な声で、そう告げました。

 私が顔をあげて彼女の顔を見ると、モカ様は苦しげな、難しげな、曰わく言いがたい表情を浮かべています。


「この世界には、絶対に狂わず、乱れず、常に一定の順序と順番において動き続けているモノが存在しています」

「そう言われましても、すぐに思いつくモノはありませんが……」

「そうですね。あまりにも当たり前すぎて、かえって気づけないのかもしれません」

「それは一体……」


 どこか意を決するように、モカ様は答えを口にします。


時間(・・)です」

「――ッ!?」


 思わず息を飲んでしまいました。


 それでいくと、他の人から見たのであればともかく、私自身は私という存在そのものが、魔法で時間干渉可能であるという証明になってしまいますね……。


「本来であれば、魔法であっても不可能に近い。

 でも先ほど話しましたでしょう? 進化や変化を上回る、使い手の想像を上回る効果を(もたら)す魔法の変化や進化――つまり、羽化の話を」


 確かにそういう話はしましたけど。


「でも、幽閉されている私にその余地がなかったというお話もしましたわ」

「そうですね。羽化は、進化や変化をした上で、さらなるキッカケを必要とするものである――という考え方が基本でしょう」

「であれば、幽閉中の私は……」

「ですが」


 モカ様は私を制して、話を続けていきます。


「一方で、魔法というのは私たち使い手の心の在りように、属性と魔力が混ざり合ったモノでしかないというのも事実」

「使い手の心の在りようと、属性と魔力……」

「魔封じによって体内でくすぶって渦を巻く魔力。幽閉状態で変化していく心理状況。感情と精神の大きな変化が、くすぶって渦を巻く魔力と混ざり合い、羽化ないし羽化に近い現象が起きた可能性はゼロではありません」

「ですが、羽化しようとも魔封じをされていては魔法を使えないのでは?」

「厳密には可能だったりします」

「え?」

「この国で使われている魔封じというのは、原則として魔力を外へと放出できなくするモノなのです。

 その為――あまり良い例えでなくて申し訳ないのですが――自分のお腹の中に火の玉を作り出し、自らの内臓を丸焼きにするようなコトは、別に魔封じ中でも可能なのです」

「それは、自分の魔力を外へ出さず内側で利用して魔法を発動しているから――ですか?」

「はい。その通りです」


 確かにそれであれば、時間に干渉するような進化をした魔法の使用も……いえ、それでもやはりまだ納得できませんね。


「ですが、時間に干渉するとなれば――やはり外へ魔力を放出する必要があるのではないでしょうか?」

「そうですね……時間をどう捉えるか、という面がありますけど、一理あります。

 あくまで仮説に仮説を重ねたモノになりますが……心とか魂、記憶だけを、時間の順序入れ替えの対象にできたのであればどうでしょう?」

「自分自身に干渉し、自分自身の歴史の順序だけを入れ替える……なるほど、そういう考え方なら可能かも知れません」


 仮説とはいえ、私という存在の発生理由が理論的に説明できるモノがあった――というのは大きいです。


「確かに、幽閉されている間はずっと後悔してました」


 あの時点で自分の感じていたものを思い出す。

 すると、口にする必要もないのに思いが溢れるように、口から零れだしはじめてしまいまいた。


「時間を遡る直前の夜は、両親への謝罪や、やらかしたコトへの後悔……そして、可能ならば人生をやりなおしたいと、そう思っていたのも事実」


 そう。だからこそ、逆行したこの世界で、両親を不幸にしたくない。

 だというのに――今、両親はかなり危険な崖に立っている。

 それを指摘しても、理解してくれない歯がゆい状況にいる。


「それによって時間遡行(そこう)をしたというのであれば、私の過ちの連座により両親を不幸にした前回のようなコトを、今回はしたくない。今の私にとって、それは譲るコトのできない想いです」

「ルツーラ様……」


 ああ、モカ様の前で何を言っているのか。

 そう思うのに、どうにも言葉が止められない。


「歴史や出来事が大きく変化しているのに、運命が収斂(しゅうれん)していくような結末と何度遭遇してもッ、それだけはッ、そこだけはッ、どうしても変えたいのですッ! なのに、両親はどうしても自ら破滅に向かってくような選択ばかりして……ッ!

 破滅するのはッ、私ひとりで十分なのに……なんで……どうして……ッ!

 やっぱり、両親の破滅も、収斂してしまうのかなと……心のどこかで、思っていて……」


 気がつけば、ポロポロと涙が零れだしていました。

 モカ様から差し出されたハンカチを素直に受け取り、涙を拭います。


「気休め程度かもしれませんが、一つ良いですか」

「……はい」

「運命が収斂したような結末を迎えた出来事だけを見れば、運命は避けがたいモノであると感じてしまうのは理解できます。

 ですが、本当に収斂した結果であるかどうかは、結末を迎えてみないと分からないのでは?」

「それは、どういう……」

「例えば結婚です。前回と今回。違う人生を辿った二人が、最後は結婚した――その部分を結末として見た場合は、運命の収斂かもしれません。

 ですが、結婚後の運命が分岐していたら? 前回は破局。今回は円満。その場合、収斂とは何を指すのでしょう?」

「…………」

「姿形、状況や立場が異なれど結婚を迎えてしまった光景だけを見れば、収斂と思ってしまうのも無理はありません。でも、運命とは――人生とは、物語ではないのです。

 本やお芝居のように、区切りで幕が閉じるのではなく、その後にも続いていきます。本当に収斂していくのか否かは、その先の結婚生活の様子を見てから判断しても遅くはないのでは?」

「…………」


 モカ様の言葉を私は心の中で噛みしめます。


「何より、その運命の収斂というのがあるのならば、私はルツーラ様とケンカせずとも引きこもり、騎士団に入らずに済んだのではありませんか?」

「それは……確か、に?」

「ルツーラ様のご家族への嘆きと悩みは大変深いモノかと思います。私ごときでは理解するのも烏滸(おこ)がましいほどの、強い想いがあるコトも感じ取れました。

 ですが一方で、ルツーラ様のその苦悩は、無数に分岐し枝分かれする運命の一つたる結末を知っている故のもの。

 この世界が当たり前で、この世界で生きる運命の中にいる者にとっては、悩むコトすら叶わぬ悩みです」


 ……それはティノにすら指摘されなかった、私自身も見落としていたモノかもしれません。


「――であれば、ルツーラ様も二周目ではなく、一周目のつもりで足掻くというのもアリなのではありませんか?」


 敵対していた時に向けられた、淑女らしい笑み。

 それが、私に抗う為のものではなく、救うものとして向けられました。

 あの時と違って、恐さも力強さも特に感じず、けれどとても頼りになる笑みに見えて。


 不思議と救われたような気分になると同時に――


 なんとなく……ああ、これは人(たら)しの笑みだ……なんてことを思ったりするのでした。



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