表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/33

第28順


 ティノとモカ様を引き合わせ、ダーリィの悪癖を矯正する為のお茶会から、数日後。

 私は再び、ドリップス公爵邸にやってきています。


「それで、ルツーラ様。改めて二人きりでお茶会をしたいとのコトでしたが」

「はい」


 先日と同じサロンで、本日はモカ様と二人きり。

 常にモカ様の背後に控えているカチーナにも、今日だけは席を外して頂きました。


「一番近い言葉で言うのであれば、魔法に関する相談がしたいから――でしょうか」

「単純な魔法に関する相談ではない――と?」

「はい。どう説明したものか難しいのですけれど、それでも……どこかで魔法に詳しい人に相談しなければ、とずっと思っておりましたので」

「ふむ」


 小さく息を吐くと、モカ様はティーカップに口を付けました。

 それから少し考えるような素振りとともに、カップを置いて訊ねてきます。


「それは、ルツーラ様の魔法に関わるコトですか?」

「そのはずなのですが……確信はありません」


 眉を(しか)めたくなる気持ちも分かります。

 でも、私自身もまたあやふやなままなのですから。


「この話は……まだティノ――コンティーナ嬢にしかしておりません。モカ様で二人目となります」

「なるほど。情報の取り扱いを正しく出来て、かつルツーラ様が信用できる相手にしかしていないのですね。光栄です」

「加えて、モカ様の場合は魔法に造詣が深いですから。是非ともご意見を伺いたく」

「心して聞かせて頂きます」


 真剣な顔でうなずいて頂けたことに、安堵します。


「ありがとうございます――とはいえ、前提から荒唐無稽な話になってしまうのですが」


 そう前置きをして、自分の話を始めました。


「私は今、大層なやらかしをして、両親と連座で幽閉邸におります」

「だとしたら今、私の目の前にいるルツーラ様は何者なのでしょう?」


 当然の疑問です。


「私は――魔性式の日の朝から、ずっとそう自認した状態でいるのです」

「魔性式の日の朝? 儀式のあとからではなく?」

「はい。その日の朝からです」


 直後、モカ様は視線を下げて下唇を撫でるような仕草を見せます。

 モカ様なりに、何らかの違和感を覚えて、思考が回転しはじめているのでしょう。


「それを前提に置いた状態で、お伺いしたいのですが」

「なんでしょう?」

「魔法で過去に戻るというのは可能なのですか?」


 私の問いに、モカ様は驚いたような顔をしてから、ややして納得したようにうなずきます。


「つまり、今のルツーラ様は――幽閉邸に閉じ込められてたはずなのに、魔性式の朝へと時間が戻っていたと感じている状態なのですね」

「はい。ですが、記憶は連続しているので魔性式以降の出来事が二度目なのです。

 もっとも……一度目の愚かな私は、魔性式の日にモカ様にケンカを売っておりますが、二度目の私はケンカを売りませんでした。以降、少しずつ歴史は食い違っていき、今はもう前回の経験がほとんど役に立たないほど情勢が変わってしまっております」


 解説をすると、モカ様はとても不思議そうな顔をして首を傾げました。


「あの……どうして魔性式の時にルツーラ様と私がケンカするか否かで、それほどまでに歴史がズレてしまうのでしょう?」


 あー……まぁ、そう思いますよね。


「これは正直、自分の恥を晒すようで言い辛いのですけれど……一度目の私は魔性式の日のモカ様を勝手に格下だと思い込み、一方的にやりこめてしまったのですよ。

 実際は、魔性式ゆえに本来の身分を明かすまいとモカ様は黙っていただけなのですけど……そこへサイフォン殿下が止めに入って……みたいな流れでした」

「やっぱり分かりません。出来事だけ聞いても歴史が変わる要因なんてありませんよね?」

「それが、そうでもないのです」


 情勢が大きくズレた原因は私の行動の結果というよりも、モカ様の引きこもり具合なのですよね。


「それがキッカケでモカ様の人間嫌いが加速してしまい……騎士団への所属を断固拒否。それどころか、ご両親やカチーナの前でさえ滅多に箱から出なくなってしまったのです」

「…………あー…………」


 唐突に、全てが腑に落ちたような顔になりました。


「とはいえ、モカ様のご両親がその状態を許す程度には、情報収集などの情報戦はがんばられていたのではないか――と、今なら推察ができます。

 正直、一度目の私はモカ様を一方的に嫌っていて、嫌がらせを続けていたようなものでしたので……あまり詳しくはないのですけど」

「出会いがそれであれば仲良くなるのは難しいでしょうね……ですが、理解はしました。

 恐らく今の私が、騎士団の訓練に使っている時間すら情報収集や情報操作に使っているのだとしたら、情勢が大きく変わるコトもあるでしょう」

「あとはフラスコ殿下ですね。一度目の歴史において、モカ様と知り合うコトの無かったフラスコ殿下は、その才能を鼻にかけかなり傲慢で乱暴な人物となっており――こういっては何ですが、旗頭として大変担ぎやすい人物となっておりました。

 その分、こちらの過激派たちよりも、まだ分かりやすい過激派が多かったように思えます」

「なるほど……」


 どこか楽しそうに相づちを打つモカ様でしたが、すぐに表情を改めると少し(かぶり)を振ってから、私を真っ直ぐに見ました。


「ルツーラ様の体験している一度目の世界の話に興味は尽きませんが……本題はそこではありませんよね?」

「はい」


 うなずき、私は訊ねました。


「お伺いしたいのは、そんな過去に戻ってきているような体験をしている私は、魔法学の観点から、今どういう状態なのか知りたいのです」

「そうですか」


 ふーむ……と難しい顔をして、モカ様はお茶で口を湿します。


「まず、こちらも大前提のお話をさせて頂くのですが」

「はい」

「私の知識だけでは、ルツーラ様の求めるモノへの明確な答えは出せないと思います」

「そうですか」


 分かっていました。

 そう簡単なモノではないだろうと。


「その上で――ですが、一つ魔法についてのお話をしたいと思います」

「お願いします」


 私が先を促すと、モカ様は軽くうなずいてから話し始めました。


「魔法については分かっていないコトも多いのですが、過去の事例から、使い手の鍛錬と精神の在り方で、効果だけでなくその属性すらも変化していくというのは判明しております」

「そうなのですか?」

「はい。ここだけの話ですが、カチーナは元々『風』の属性ではあったのですが、幼少期に自分の命を繋ぐために風の音を聞き分けるべく魔法を使い続けていたところ、属性が『音』へと変化しました」

「色々と聞きたいコトのある例えですが……まずは先を聞かせてください」


 いったいカチーナの過去に何があったというのでしょうか。

 気になって仕方がないですが、聞いていては話が進まなそうなので、続きを促します。


「これは、『風魔法を使って音を聞き分ける』という鍛錬と、『必要に迫られている』という精神的状況から、魔法がそういう形に変化したとも言えます」

「『音』に変化した属性は、もう『風』には戻らないのですか?」

「理論的には戻れます。ですがそれは、使い手が戻す為の鍛錬を行った上で、精神の成長や変化によって、元の属性の方が良いという場合に限られるかと思います。

 大抵の人は、変化後の属性の方が手に馴染みやすいので、元に戻すコトはあまり気にしないかと」

「そうですか」


 他にも、『火』が『熱』に、『土』が『砂』に――などなど。

 元の属性に近い特殊な属性へと変化していることが多いとモカ様は語ります。


「それと、属性が変わらぬまま性質が変化するコトもありますね。

 それこそルツーラ様の『順』属性が、精神操作だけでなく肉体操作もできるようになったような話です。

 自分の魔法で可能とする理屈付けと、それに合わせた鍛錬を繰り返すと、こういうコトも起こります」

「理屈付け……ですか?」

「はい。言い方は悪いですが、自分の属性をベースに考える、自己暗示や自己洗脳、あるいは屁理屈ともいえますね」

「本当に言い方が悪いですわね」


 思わず苦笑してしまいますが、何となく言いたいことは分かります。


「序列を守らせる魔法。ならば序列を崩すのにも使える。となれば、相手の精神に由来するモノに限らず、順序を守る動きをする物質の順序を整えたり乱したりできるのではないか……なるほど、自分の思考を客観的に見ると屁理屈で自己暗示を掛けて試行錯誤しているようにも思えますわね」

「その結果が、肉体の動きを乱す効果の発露なのですから、誇って良いと思いますよ」


 クスクスと笑ってそう言うモカ様。

 こうやって対面すると、たいそう愛らしく笑う方であると分かります。


「過去には、鍛治師の方が、金属だけを溶かす炎を生み出すコトに成功しております。

 ただその炎は、鉄などの金属にしか作用しない――という制約があり、どんな金属も溶かせますが、金属以外……例えば人間にぶつけても火傷一つ追わない無害な炎の魔法となりました」

「ある意味で、鍛錬による魔法変化の極地のような話ですわね」

「そうですね。実際そうだと思います」


 金属以外には無害の炎。

 ある意味で、鉄を溶かして鍛える鍛治師からしてみれば、喉から手が出るほど欲しい魔法ですね。


 精神性という面においては、鍛冶を極めたいとか最高の武具を作りたいだとか、そういう想いを突き詰めていったというところでしょうか?

 その上で、どんな金属でも溶かせる炎を求めて、鍛冶の腕だけでなく魔法の腕も鍛え続けた結果が、その鍛治師が手にした効果なのでしょう。


「このように、魔法は属性も効果も、その長い人生の中で、鍛えたり求めたりすれば変化していくモノです」


 モカ様はそこで言葉を切り、お茶で喉を湿してから、続きを口にしました。


「その上での話となりますが……本当の意味での魔法の進化。『羽化』という現象があるのです」

「……羽化、ですか?」

「はい。私の使う『箱』も、ルツーラ様の『順』も、能力の変化や追加、進化はあれど、まだまだ卵の状態と言えるですよ」

「卵……なのですか? かなり魔法として使いこなせるようになってきている自負はありますが……」

「魔法使いという意味では、私たちは卵を名乗ると叱られてしまう程度には使えておりますが……そういう話ではないのです。

 卵に例えましたが、別に蛹でも構いません。あるいは、属性の変化や大きな効果の追加や変更などは幼虫から蛹になった状態と言えるかもしれませんが……」


 ふぅ――と息を吐き、モカ様は告げました。


「――ともあれ、それこそ『羽化』としか言いようのない大きな魔法変化ないし魔法進化の現象が存在しているのです。

 効果の追加やチカラの進化は、言うなれば自分が想像できる範疇のモノ。羽化は言うなれば、自分の想像を超えた先へと、魔法自身が進化を望むコトを言います。

 私は、ルツーラ様が……正確には、前の歴史のルツーラ様が……数少ない羽化魔法の使い手ではないかと、推測しております」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ