第27順
ラウロリッティ様によるダーリィの見ている夢の話が終わったあと、もう少しお話をして、そろそろお開き――という空気になり始めました。
そのタイミングで、お屋敷の侍女に案内される形で、ダーリィが戻ってきます。
「お茶会の途中で倒れてしまって申し訳ありません……」
酷く憔悴した顔のダーリィが、皆さんへ謝罪を口にしました。
同時に、この場にいるのは歴戦の紳士淑女であるというのを実感します。
先ほどまでダーリィの見ていた夢についてお話していたのに、皆が皆、大事なくて良かったとでも言うように謝罪を受け入れているのですから。
「ダーリィ、大丈夫ですか?」
「はい……」
うなずき、それからダーリィは真剣な眼差しで私を見ました。
「ダーリィ?」
「ルツーラ様、なんとも……ありませんよね? モカ様とのお話が拗れてしまったりとか……」
「何を言っているのかしら?」
「正直、どこで倒れてどこから夢だったのか分からないものでして……」
震えた声で、明らかに涙を堪えた様子のダーリィに、私は落ち着かせるように話しかけます。
「特に何もありませんわ。そんなに震えて、何か変な夢でも見たのかしら?」
……いえ、だいたい夢の内容は知っているのですけど、ここでそれを口にするのはわりと台無しになってしまいそうなので……。
「はい……。ルツーラ様の為にって色々とやってきたら、わたしもルツーラ様も酷い目に遭う悪夢を……」
俯いてそう口にするダーリィは確かに憔悴はしているようですが――さて、反省などはしているのでしょうかね。
「悪夢を見ていて思ったんです。わたしがしてきたコトは……ルツーラ様のためにはなっていなかったのだな……と。
それは現実でも、そうでしたか?」
縋るような上目遣い。
現実では役に立っていたと言って欲しい――そういう思いがありそうですが、ここで甘やかしてはダメでしょうね。
「ええ。正直に言ってしまえば、役に立っていないどころか――足を引っ張り、邪魔ばかりされておりましたわ」
やっぱり――という納得と、キッパリと突きつけられた事実にショック。その二つがまぜこぜになった表情と共に、ダーリィの眦から雫が滲みだします。
「忠告や警告を何度もしているのに、貴女はそれを無視してばかり。
それどころか、ことあるごとに私の名前を出すものだから、一部の方からの私への心証が大変悪くなっております。
心証が悪くならずとも、ルチニーク前公爵や、ダンディオッサ侯爵。モカ様にティノ――他にも様々な方とのやりとりの時――政治的にも個人的に好感を得ておきたい相手であるのに、貴方が現れたコトでややこしくなってしまったコトも多数あります」
私にとってもここが正念場なのでしょう。
ようやく聞く耳を持ったダーリィに対して、彼女が潰れないように、けれどもこれまでのやらかしを、私はしっかりと口にします。
「都度、私が注意をしたり、あるいは相手から忠告を貰ったりしていても、貴女は聞き入れてくれなかった。ルツーラ様の為を思っているのに、どうして文句を言われるのかと、口を尖らせてばかりだったわ」
どれもこれも心当たりがあるのでしょう。
涙を流しながら、何かを言おうとして、けれども口に出すのをやめる。ダーリィはそれを繰り返しています。
「今日も貴女が反省するキッカケとなる夢を見ずにいたならば、私と貴女の関係は今日これまででしたわ。
幼馴染みでもなく、友人でもなく、派閥仲間でもない。その上で私と……私の派閥との接触禁止を言い渡すつもりでした。
貴女のコトですからそれでも接触しようとしてきたコトでしょう。そうなったら、ティノやモカ様、ゲイル様に相談して、ルゴダーナ子爵家そのものへ何らかの形で罰を与えておりましたわ。それで、ルゴダーナ子爵家がお取り潰しになってしまっても問題ないですし」
正直、それでも友人とその家族を追い詰めるのは心の痛むこと。
それでも、ここでしっかりとした対応をしなければならないのもまた、貴族として必要なことです。
「ですが、貴女は反省できた。あるいは反省の兆しを見せた。それは大変喜ばしいコトですわ。これで、友人を切り捨てる必要がなくなるかもしれないのですもの」
「でも――切り捨てる必要が完全になくなったワケではないんですね」
「当たり前ではありませんか。口や態度はいくらでも変えられます。ですから私は――私を含めた全員、貴女の行動に注目するのです。反省からくる正しい振る舞いができているかどうか、それを見極めていかねばなりません」
その上で――と、前置いて、私は訊ねました。
「今の貴女にとって、『ルツーラ様のため』とは一体なんなのか、と」
「…………」
問いかけに、しばらく俯いたまま考え込んでいたようですが、ダーリィは答えを出せず、小さく首を横に振りました。
「わかりません。わからないんです……ルツーラ様のために何かしたい。だけど今までの行動の全ては、ルツーラ様にとって害だった。なら、ルツーラ様の為に何ができるのか……そう考えても何も思い浮かびません」
血を吐くように、裁きの庭で苦悶を与えられ続けているかのように、ダーリィはそう口にします。
あまりにも苦しそうで、どう声を掛けようか悩んでしまうほどに。
それは私だけでなく、他の皆さんも同じ様子。
そんな中で、モカ様の侍女カチーナが、手を挙げました。
「すみません。ドリップス公爵家の侍女ではなく、ロジャーマン男爵令嬢として発言してもよろしいでしょうか」
あらまぁ。カチーナは――カチーナ様はロジャーマン男爵家の方でしたか。
あの家は従者教育にチカラを入れており、様々な家から勉強をしに行く方がいるほどの家です。
それを思えば、カチーナの完璧な振る舞いも納得です。
「どうしますか、ルツーラ様」
モカ様に訊ねられて、私はうなずきした。
「ええ。構いませんわ。なんでしょうか、カチーナ様」
「恐れ入ります」
カチーナは一礼し、ダーリィへと真っ直ぐな視線を向けます。
「ダーリィ様。もしよろしければ、当家運営の従者育成機関エクセレンスへ入学されませんか?」
「私が……ですか?」
「はい。お話を聞いている限り、ルツーラ様への忠誠心あるいは崇拝心とも言うべきモノが強すぎて持て余されているご様子。ならば、その心の在り方をそのままに、正しく使いこなせるようにするには、うってつけではないかと思ったのです」
なるほど。カチーナ様の言葉は一理ありますね。
従者教育を受ければ、私から離れることになっても手に職を付けられる可能性が高まりますし。
「誰かの為に何かをする。ダーリィ様であれば、ルツーラ様の為に何かをしたい。その思いは尊いものであると思います。
ですが思いだけ空回りしてしまい、相手に迷惑をかけていては何の意味もありません。
必要なのは、正しく相手のコトを理解し、その上で相手が何を望まれ、何をすれば喜ばれるかを常に考えて動く。
エクセレンスに入学して頂ければ、そういった考え方や動き方を基礎からしっかりとお教えするコトが可能です」
そんなカチーナ様からの提案を受け、ダーリィはとても真面目な顔をしてうなずきます。
「……是非ともお願いしたいと思います」
決意に満ちた顔をするダーリィですが、カチーナ様はそこで首を横に振りません。
「いけませんよ、ダーリィ様。
誘っておいてこう言ってしまうのも我ながらどうかとは思いますが、言わせて頂きます。
目先の目的の為に浅慮な振る舞いをしてしまうコトもまた、ダーリィ様の悪癖であると指摘させて頂きます。
エクセレンス入学への勧誘はさせて頂きましたが、まずはご実家へと持ち帰りご両親とよく相談された上で、手紙にてロジャーマン家へお返事をくださいませ。
ここで勝手に進めてしまえるコトではありませんし、もしかしたら今この瞬間、ルゴターナ子爵が、政略結婚としてダーリィ様の婚約者を決めているかもしれないのです。
そういった状況をカドが立たぬよう解決する時間の確保なども考慮し、即答するべき案件と持ち帰ってゆっくり考えるべき案件は、冷静に区別してそれぞれに対応しなければなりません」
冷静な指摘ですね。
もしかしたら、そういう悪癖をまず指摘してあげてから、色々と指南した方が無難な解決になったのかもしれません。
でも、私も周囲もそれが出来なかった。
だからこその、今回のような形で着地したのです。
たらればの塊のような私ではありますが、現実に起きてしまったことにたらればを言っても仕方がありませんね。
「わかりました。ありがとうございますカチーナ様。両親と相談した上で、お返事をしたいと思います」
「はい。貴女にとって良き結果になりますよう、創世の女神へと祈らせて頂きます」
カチーナ様は小さく笑うと、背筋を伸ばし侍女の顔に戻り一礼してから告げました。
「皆様、ありがとうございました。これより職務に戻らせて頂きます」
私はモカ様の後ろで控える形に戻ったカチーナから、ダーリィへと視線を戻します。
「ダーリィ」
「……はい」
「貴女を切り捨てる必要はない――そう信じられるように行動を改める。そんな貴女の選択を信じて良いのですよね?」
「……今度こそ本当に、ルツーラ様のために。そう言えるように、がんばりたいと思います」
「……わかりました。その時を楽しみにしておきますわ」
これで、ダーリィの未来が多少は変わってくれると嬉しいのですけれど……。
前回、彼女が引きこもってしまった日をこちらの世界で迎えた時、彼女の奮闘空しく引きこもってしまう――そんな運命の収斂はして欲しくないのですけれど……。
私の運命は仕方ないのですけれど、せっかく奮闘する彼女の運命くらいは変わって欲しいですわね。