第25順
「一つ、解せないコトがあるのだが」
ティノの話を受けて、フラスコ殿下がそう切り出しました。
「コンティーナ嬢の訴えは分かった。考慮に値するだろう。
だが、どうしても――おれにはよく分からない点がある」
「なんでしょうか? お答え出来る範囲であればお答えしますが」
「おれを王にしたい連中は、どうして不必要にサイフォンを亡き者としようとしているんだ?」
そこまで口にしてから、フラスコ殿下本人も少し言葉がたりないと感じたのか、答えようとしたティノを制して、自分なりの考えを口にします。
「いや、理屈は分からなくない。冷静派の、根回しと陰謀によってサインフォンを引きずり下ろす、あるは女神の御座へ還す――というのも、納得は出来ないが、その動機や思惑であったり、理論というか理屈的なところなどは理解できる。
だが、超過激派と称される者たちの動きは、どういう理由でおれが王になれるモノなのだ?」
当然といえば当然の疑問に、この場にいる者は私を含めて、みんな苦笑を浮かべます。
その苦笑を見て、何かを思ったのかわかりません。
ですが、フラスコ殿下はそのまま言葉を続けました。
「おれが王になるコトで得をする者たちがいる。だからこそ、そういう者たちはおれを推挙し、自分たちの都合の良い形になるよう陰謀を張り巡らせる。
その過程において、邪魔となるサイフォン――というか王族に手を出すのだ。だからこそバレないように、冷静派へと調査の手が届くような痕跡を残さないように立ち回る。
なるほど――ここまでは納得は出来ないが理解はできる。理屈としても筋が通る」
フラスコ殿下の言う通りです。
私も、ここまでは考え方の筋として理解ができます。
「だが、超過激派たちは、堂々と仕掛けてくるし、証拠隠滅も雑だ。それどころか自分たちがコンティーナ嬢に頼り切りであるというコトすら気づいていない。
そんな雑な手段によって作り出された状況によっておれが王となったところで、超過激派が望んでいるような得となる状況など、有り得ないと思うのだが……」
確かに――そうやって冷静に分析されると、よく分からなくなってきますね。
「犯人が分かっているなら父が裁くだろうし、父も殺され、結果としておれが王となるのであれば、おれが裁く。当たり前の話だとは思わないか?」
実際その通りです。
超過激派たちの暴走によってサイフォン殿下が神の御座に還ったところで、それをフラスコ殿下が許すわけがありません。
「そう。兄上の言う通り。その考え方は当たり前だ。筋道を立て、順序立てて考えていった場合、その結論になるのは一般論と言ってもいい」
サイフォン殿下も、それを肯定します。
肯定した上で、真面目な顔で告げました。
「だが、コンティーナ嬢の話を聞いている限り、超過激派の面々はそれを理解できていないんだ。それが理解できる者であれば、もともと筆頭だったはずのダンディオッサ侯爵が一歩引いた理由も理解できてるだろうし、結果として冷静派によるんで無害化されるはずなので。理解できず残った者が過激派というワケです」
続けて、モカ様がサイフォン殿下の言葉を引き継ぎました。
「だからこそ、超過激派は行動を続けているとも言えますね。
ダンディオッサ侯爵中心とした冷静派の大半は、状況を見極めて手を引くという選択肢を選びました。
これは――最悪、自分たちが得を取れなくても、破滅しない為の選択とも言えます。
裏を返せば、続けていたら破滅する未来が想定できたから、即座に身を引いたとも言えるかもしれません」
二人の言葉を受け、最後にコナ様がかみ砕いたように締めます。
「まぁ要するにバカなのよ。超過激派って連中は。
自分たちが何のために乱暴な手段を取っていたのか。それをね、微妙に忘れてるの。
手段と目的を、無自覚のうちに入れ替えちゃってるとも言えるかもね」
「おれを王にするという目的の為の過激な手段ではなく、過激な手段を取りたいからおれを王にするという目的を掲げているというのか?」
「ええ。それなら、理屈に合わないコトだってするんじゃない? 本人たちは未だにフラスコを王様にしたいっていう目的の為に動いている気になってるのでしょうけど」
「……だとしたら、ただはた迷惑なだけの集団ではないか?」
「そうよ。ただのはた迷惑なだけの集団。だからコンティーナ嬢はそこから抜け出したくて、あたしたちに助けを求めに来てるんでしょう?」
ね?――とコナ様に振られ、ティノは力強くうなずきました。
「その通りです。どう転がっても愚かな方々と一緒に、いつまでも泥船に乗ってはいられませんので」
一方でフラスコ殿下はかなりの渋面を作られています。
「サイフォンがイラついた理由が分かった。確かにそんな者たちがおれの支持者を名乗って動かれては、おれにとっても国にとってもマイナスにしかならんな」
そうなのですよね。
加減を忘れ、根回しや情報収集なども疎かで、それでいて行動だけは過激な方々というのは、本当に迷惑なだけです。
……などと考えてしまうと、前回の自分に対して四方八方から刃物が飛んできて突き刺されてしまうような心地になる事実ですが。
「そんなワケでコンティーナ嬢を密かにあたしたちの庇護下に入れるとして、超過激派はとっとと排除したいのは確かね」
「あの……コナ様、そんなアッサリと、良いのですか?」
「ええ。少なくとも貴方を敵に回しても良いコトはなさそうだもの。それなら味方として囲い込んでしまった方がいい」
「ハッキリと言うのですね」
「ええ。あたし、回りくどいの苦手なのよ」
そう言って笑うコナ様は、回りくどいことが得意そうな笑みを浮かべています。
そこへ似たような笑みを浮かべながら、モカ様も加わりました。
「コンティーナ嬢が嫌でなければ、表向きは超過激派に対して現状維持を保ってもらいつつ、情報をこちらに流してもらう方向を取って頂ければな、と」
「それはいいんだがな、モカ。いつまでも放置しているのは、俺にとっても国にとっても面倒なコトになるかもしれんぞ?」
「あー……それは確かにありますね」
サイフォン殿下の言葉に、モカ様もコナ様もは少し考え込みます。
そこへ、先に何か思いついたらしいコナ様が手を叩きました。
「そうだ。噂好きの黒鳥たちに囀ってもらいましょう。
フラスコがあたしを捨てて、コンティーナ嬢に手を出し始めてるって。
なんなら一方的に婚約破棄して、コンティーナ嬢と婚約したとかって噂にしよっか?」
「待てッ、コナッ! いくら噂とはいえ、それを広められたらおれの醜聞が悪すぎるだろう!?」
「ちゃんと否定の根回しはしとくわよ。信じるようなのはバカだけ――って状況を作るの」
「そうは言ってもだな……」
なんだか方向性は違えど、前回と同様にフラスコ殿下とティノが婚約するような状況になりはじめましたね。
それはそれとして、私はコナ様に訊ねます。
「あの、コナ様。でもそれだと、ティノにも王族を誘惑する悪女という尾ビレ背ビレが着きそうですけど……」
「あー……そうね。その辺はコンティーナ嬢的にどうかなって感じだけど」
「別に今更悪女扱いされても問題ありませんよ。それで連座を回避できるなら、安いモノです」
「いいわね。その覚悟のキマった目。そういう目、素敵な筋肉の次に好きよ」
そう言って笑うコナ様の顔は、完全に武人のものですね。
言葉や雰囲気は仕事の出来る文官女性のような感じなのに、良い手合わせの相手を見つけた武人ような顔をしているのはどういうことなのでしょうか。
「それに、近々お父様辺りにフラスコ殿下に取り入って来い――みたいな指示をだされそうなので、ちょうど良いです」
「状況を上手く利用する気ね。ますます気に入っちゃうわ」
いやはや。
ほんと、みなさん私と違ってお強いことで。
こちらとしては、この状況でみなさんと言葉を交わすことすら必死でいっぱいいっぱいなのですけど。
「噂を基点に超過激派を一網打尽にするのには賛成ですけど、詳細は詰めないといけませんね」
「根回しの仕方もな」
コナ様の発言ややりとりを見ながら、モカ様とサイフォン殿下の意識はもう作戦を実行する気まんまんのようです。
「こうなると、うちの両親も巻き込まれないように言いくるめておかねばなりませんね」
事前に分かっていて良かったと思うべきでしょうか。
思わず、嘆息混じりに独りごちていると、それが耳に届いたのか、ゲイル様が声を掛けてきました。
「ルツーラ嬢のご両親は超過激派なのですか?」
「いえ、超過激派になりかけたのを水際で引き留めたので、現状は過激派ですね。
冷静派というか、穏健派くらいまでは下がって欲しいところなのですけど」
私が苦笑交じりに答えると、ゲイル様は少し思案した素振りを見せてから言いました。
「ちょうど良いのではありませんか?」
「どういうコトですの?」
「超過激派が一網打尽になるところをご両親が目の当たりした際に、ルツーラ嬢が止めなければご両親もこうなっていて、最悪はルツーラ嬢も連座になっていた――と、説明してあげれば良いのです」
「……なるほど。とにかく初手に巻き込まれないようにする必要はありますが、それはアリかもしれませんね」
ティノのご両親を筆頭とした超過激派の手段によっては、私一人で抵抗するのは難しいかもしれない――というのは懸念事項ではありますけど。
「良ければお手伝いしましょうか? 一人で立ち回るというのも大変でしょう?」
優しい顔でそう口にするゲイル様に、私は目を瞬きます。
「ありがたい申し出なのですけど、どうしてそこまで?
ダーリィのコトもそうです。とても助かりましたが、同時にゲイル様からすると、利が一つも見当たらないように思える話ですのに」
私の言葉に、彼は少しだけ考えた様子で――それから小さくうなずき答えました。
「ルツーラ嬢から感じる刺激が他とは違うから――ですかね?
どうして違うのか、どう違うのか……自分でもうまく説明できません。
なので、その刺激の正体を知りたいと思うのです。
身も蓋もない言い方をすると、単なる好奇心でつきまとっている……となりそうですけどね」
申し訳なさそうに、にへらと笑うゲイル様。
まだ出会って長くないのに、不思議ともたれかかって頼ってしまいたくなるところはあります。
けれど――形は違えど、ティノがフラスコ殿下と婚約するという噂が流れるのと同じように、運命というのは何らかの形で集束するのでしょう。
だとしたら、私もまたその時が来れば破滅がやってくるのです。
なので、手を貸して貰いつつ、必要以上に踏み込んでこないような形で受け入れるのが、ゲイル様にとっても一番良い形になることでしょう。
優しく素敵な殿方を、私の破滅に巻き込むわけにはいきませんから。
「……そうですか。でも、手を貸して頂けるでしたら心強いですわ。
その時は、是非とも声を掛けさせてくださいませ」
「ええ。もちろんです」
嬉しそうに笑うゲイル様に、私は奇妙な胸の痛みを感じながら笑みを返すのでした。