第24順
「今日、私は――過激派たちの情報を売りに来ました」
ニコリと、ティノはそう告げます。
「その情報の信憑性というのはどうなんだろうね?」
それに対してニコニコとサイフォン殿下が訊ねました。
楽しそうな顔をしておりますね――いえ、実際楽しいのかもしれませんが。
「それはこれからするお話を聞いて判断して頂けたら、と」
「それもそうだな。うん。楽しみだ」
……いえ、楽しそうなのは表面上だけで、サイフォン殿下は少しイラだっているようにも感じますね。
「落ち着けサイフォン。お前はどうしてそんなに苛立っている?」
「……そう見えますか、兄上」
「そう見えるから言っている」
「…………」
フラスコ殿下に指摘されて、サイフォン殿下は僅かな沈黙のあと、大きく嘆息しました。
「コンティーナ嬢。八つ当たりに近い感情を君に当てていたかもしれん」
「いえ……お気になさらず。サイフォン殿下の言葉は別におかしなモノではありませんから」
そうして互いに何事もなかったかのような空気になったところで、モカ様が突然爆弾を投下してきます。
「サイフォン様はこう見えてお兄様が大好きなので。
フラスコ様のお名前を掲げて好き勝手やっている過激派たちが大嫌いなのです」
「……モカ……ッ!?」
それは事実なのでしょう。
恥ずかしいのか突然の暴露に驚いたのか、顔を赤くしながらサイフォン殿下は口をパクパクさせています。
普段、飄々としてつかみ所がなく、それでいてクールな立ち回りをしているサイフォン殿下からは想像も出来ないお姿ですわね。
「本人は隠してるつもりなのに、バレバレなのよねー」
「コナまで……!」
そこへ、コナ様の追撃が放たれました。
「サイフォン。おれのコトを思ってくれるのは嬉しいが、それならばなおさらコンティーナ嬢の話を最後まで聞くべきだろう。話は始まったばかりなのに八つ当たりするなど、お前らしくないぞ」
続けてフラスコ殿下本人からの言葉です。
「……はい」
なんだか可哀想なくらい小さくなったサイフォン殿下が、小さくうなずきました。
フラスコ殿下はともかく、モカ様とコナ様はこのタイミングでわざと言いましたね。お二人ともちょっと顔がニヤけています。
「えーっと、話――続けていいでしょうか?」
「ああ。すまない。続けてくれ」
「では――」
幼馴染み四人でわちゃついているところに、申し訳なさそうに訊ねるティノ。
それに、フラスコ殿下が先を促しました。
「フラスコ殿下過激派――と一言で言われていますが、実際内部は大きく分けて二つの勢力に別れています。
派閥名は特にないので、便宜上、超過激派と冷静派と呼びますね」
「サイフォン殿下をイラつかせているのは前者ですか?」
「はい。ゲイル様の言うとおりです。毒やら襲撃やら、雑に乱暴な手段を取っている者たちの大半は超過激派の方々です」
これ、ダンディオッサ侯爵に従っているから、その手綱から放れているか――という感じでしょうか。
「冷静派は、最終的に過激な手段も取りますが、まずは権謀術数などの暗闘がメインです。
貴族らしい根回しや、風説の流布――陰謀を張り巡らせ、己の望み通りの形になるよう静かに立ち回っている人たちと言えるでしょう。
元々ダンディオッサ侯爵が中心でしたが、侯爵が徐々に中立派に寄り始めたことで、今はだいぶ大人しくなっております。
そういう人たちだからこそ、殿下兄弟にかこつけた跡目争いの時流を見、中立でいる方が美味しい汁が吸えそうだと判断した者が多くいたので、自然と瓦解しかかっていると言えます」
つまり、過激派を続ける理由がなくなったのでしょう。
実際のところはフラスコ殿下を推すか否かよりも、フラスコ殿下が王になってくれた方が美味しい要素があったからこそ、そちらの立場だった。
それを思うに――
「ティノ、その話は初耳だったのだけれど……もしかしなくても、超過激派というのはその冷静派の人たちの作戦実行役とかだったのかしら?」
「そうだったらまだマシだったというか何というか……」
奥歯に物の挟まった言い方に、私たちは思わず訝しみました。
そこにモカ様が眉をかなり顰めながら、かなり嫌そうに訊ねます。
「え、待って下さい、コンティーナ嬢。
もしかして超過激派というのは、甘い汁が吸えそうだからダンディオッサ侯爵についていたのに、当の侯爵が手を引いたのを見て、自分たちがあとを継ぐと続けている人たちだったりします?」
モカ様の推察は、それだけでかなり頭が痛いのですけど、ティノは沈痛な表情で首を横に振ります。
「当たらずとも遠からずです。
ダンディオッサ侯爵が中立に寄った理由でもありますが――なんというか、かなり早い段階からダンディオッサ侯爵の手綱から放たれたというか、自分たちで手綱を食いちぎって暴走しているといいますか……」
ティノの言いたいことが見えてきて、私たちは全員頭を抱えました。
「侯爵が中立に寄った理由は色々ありますが、その一つに手綱を離れて暴走する人たちの仲間だと思われたくないから――というのもあるでしょう」
それはそうでしょう。
地下牢での尋問の時の様子を思えば、ダンディオッサ侯爵はかなり早い段階から、手を引くことを考えていたように思えます。
「ちなみにこの状況になってなお、わたしの父の口癖は『ダンディオッサ侯爵の右腕として』だったりします」
「待って。ダンディオッサ侯爵はすでに中立に寄っているのよね?」
「はい。コナ様の仰るとおりです。なので、なんの意味もない言葉なんです。
そもそも手綱を引き千切って暴走している自覚がないので、こういう言葉を口に出来るともいいますが」
ティノのいう超過激派たちの方向性が見えてきて、本当に頭が痛くなってきますね。
「ついでに、今はほとんど仕事をしてませんが、本当の意味での侯爵の右腕はわたしです。
主に暴走する人の尻拭いと、冷静派の中にいる過激派よった人の無茶な行動の制止と……などなど。
あと父やその周囲の人たちの思いつきの作戦の実行役もわたしです。
投げっぱなしに近い作戦をどうにかこうにかバランス調整しつつ、被害が大きくならないようにしつつ、父の罪だけ大きくなるような……そういう立ち回りをなんとかしてきました」
「なるほど。過激派たちの動きのアンバランスさは、君のせいだったか」
「ご迷惑をおかけしてすみません」
そう言ってティノは深々と頭を下げます。
「それでも防げないし、足が着くとしか思えないアホな作戦は、諦めて放置してました。
そういう作戦は成人後に多かったので、ルツーラ様のお茶会に出る等で、アリバイ作りに徹してましたし」
「つまり、君もダンディオッサ侯爵も、超過激派とやらを完全に見限っている、と」
「はい」
なんともまぁ、綱渡りのような生活をしていたのですね、ティノは。
「でもコンティーナ嬢。あなたが超過激派の情報を売るとなると、明らかに超過激派のご両親は……」
モカ様が少し暗い顔をしてそう口にするも、当のティノはあっけらかんと肯定します。
「はい。私が女神の元へとご挨拶伺ずに済むなら、別に両親がどうなっても構いませんし」
「え?」
「わたしは、死なない為に死に物狂いで今を生きています。
重要なのは、両親の連座に巻き込まれないコトであり、両親の生死はどうでもいいんです」
大胆にぶっちゃけましたわね。
私は以前からそう聞いていたので驚きはないですが、初めて聞く人たちは驚くでしょうね。
「最悪、死なないのであれば罪の連座は受け入れます。
貴族籍が剥奪されようが、島流しにされようが、違法娼婦や違法奴隷に堕ちようが、死なずに済むならそれで構いません」
「覚悟がすさまじい……」
ゲイルが若干引いているようにも見えますが、まぁ気持ちは分かります。
「……ルツーラ嬢とは異なる刺激の強さをお持ちのようだ」
引いてるんじゃなくて興味が湧いてる感じがしてきましたね?
一瞬、真顔になってから、少し楽しそうな顔になっています。
……そのことに少しだけ、ムッとなってしまいました。なんでしょう。この感情?
「だからこそ、このお茶会は覚悟を持って挑んでいるんです。
王族の方やそこに連なる婚約者の方々がいるこのお茶会で、自分の生を確実なモノにする為に」
ティノはそこで言葉を切り、一拍おいてから顔を上げて真面目な表情で告げました。
「私はもうこれ以上、無自覚に破滅へ進んでいく人たちとなんて付き合いたくありませんので」