第22順
「わたしのコトはダーリィで構いませんよ」
「では、ダーリィ様と。ダーリィ様も私のコトはモカとお呼び下さい」
「はい。ではモカ様と」
私とダーリィと軽い雑談をしている間に、モカ様の気持ちが落ち着いてきた様子。箱から出てきてくださいました。
それから、やってきたのはサイフォン殿下。これは予想通りですね。
意外だったのは、フラスコ殿下と、その婚約者であるコナ様もお見えになられたこと。
モカ様とコナ様曰く、コナ様だけをお誘いしたらフラスコ殿下もおまけでついてきたとのこと。
お二人とも、いくら幼馴染みとはいえ、フラスコ殿下をおまけ扱いされるのですね……。
フラスコ殿下もフラスコ殿下で、自分のそういう扱いにはもう慣れた――みたいな顔をされておりますし。
さすがのダーリィも、殿下兄弟のお姿にはさすがに気後れしている様子。
そのままもう少し周囲を見回し、分かりやすい方以外の皆様のこともちゃんと見極めて欲しいのですけれど。
続いて、ある意味で本日の主役のティノ。
モカ様もティノとダーリィのことは参加者のほとんどと共有しているとのことなので、うまいこと話を合わせてくれるでしょう。
最後にやってきたのはゲイル様です。
見慣れない女性を伴ってやってきました。
ゲイル様をそのまま女性にして髪を伸ばされたような感じの方です。
濡れたような黒色の髪はゲイル様と同じなのですが、その髪は毛先に向かうにつれて薄紫色の幻想的とさえ言える不思議な色味のメッシュになっているのが特徴的です。
容姿はゲイル様とそっくりなのですけど、文官というよりも、騎士に近い……ですが――なんでしょう。
一見すると細身で華奢に見える容姿ですが、立ち居振る舞いや、時折のぞく手足を見るに、鍛えられているようです。
騎士をされている――と言われれば納得できそう……なのですが。
どうにも騎士とは違う空気を纏われています。そこへ妙な引っかかりを覚える方でもありますね。
ご自身の挨拶を終えたゲイル様は、横にいるその女性を示します。
「こちらは、私の姉ラウロリッティ。
ドリップス公爵令嬢にお茶会に誘われたという話をしたところ、興味があるからとついてきてしまいました」
困った姉ですみません――と、ゲイル様は申し訳なさげです。
そんな弟の様子などどこ吹く風で、見た目に反した明るく軽い調子で挨拶をされました。
「ご紹介あずかりましたラウロリッティ・ニア・パシャマールと言います。
勝手に着いてきてしまってすみません。ですが、ご自身では滅多にお茶会を開かないと言われるドリップス公爵令嬢のお茶会と聞いて好奇心が抑えきれませんでした」
横で面倒くさそうに肩を竦めているゲイル様を見る限り、抵抗も空しく――というところのようです。
「騎士団に所属しておりますが、主な部署は第十三調査部隊なので、宰相のドリップス公爵にはよくお世話になっております」
次の瞬間、サイフォン殿下とモカ様、そしてティノの空気が一気に冷たくなります。
コナ様とフラスコ殿下はとても怪しいモノを見るような目つきになりました。
「ル、ルツーラ様、なんか……急に空気が……」
「ええ。これは……」
流石にビックリしたのかダーリィが小声で話しかけてきます。
それに、私もうなずきながら様子を伺うことにしました。
よく分からない者がこの場で迂闊に動くのはむしろ危険でしょう。
恐らく、キーワードは第十三調査部隊。
「所属を名乗ったのはわざとですか? それともうっかりですか?」
冷酷な声を出して訊ねるモカ様に、対するラウロリッティ様は困ったように頭を掻き、視線をゲイル様に向けます。
「どうしようゲイル。なんか空気悪くなっちゃったんだけど……」
「姉上の自業自得でしょう。詳細を知ってる者からすれば名乗る人間に警戒心が湧きますし、詳細を知らずとも騎士団について詳しければ怪しいとしか思えない名乗りなんですから。
正直、ボクだって知りたくもなかったですよ。姉上が十三部隊所属だったの」
「常日頃から刺激を欲しがるクセに珍しい」
「そもそもからしてその名と実体を知って得られる刺激は、お世辞にも好ましいとは言えない刺激ですから」
……何となく分かってきましたわ。
彼女の所属する第十三調査隊というのは、何らかの曰わくのある部隊名なのでしょう。もしかしたら表向きは存在していない可能性があります。
だからこそ、フラスコ殿下とコナ様は怪しんだ。
逆に、その正体を知っているだろうサイフォン殿下、モカ様、ティノの三人は最大限の警戒をしている。
そこから察するに、第十三調査部隊の正体は――恐らくは諜報隊あるいは暗殺部隊。ようするに国の後ろ暗い面を担当する部署なのではないでしょうか?。
前回の経験を踏まえるに、情報戦はサイフォン殿下とモカ様が得意とするところ。
普段のティノの立ち回りを思えば、彼女もまた同様でしょう。
だからこそ、突然やってきた汚れ仕事の部隊に所属していると名乗る女性に、警戒心を隠せない。
私はダーリィを守るように半歩前に出て、ラウロリッティ様を見ます。
推察が正しいのだとすれば、彼女は警戒するべき相手なのは間違いないようです。
「皆さんすみません。姉上の名乗りに他意はありません。本気でただ名乗りたかっただけなんです。仕事以外のコトでは、常に考えが足りていないダメな姉ですみません」
「えー……ゲイルも結構酷いコト言ってない?」
「事実でしょう」
どことなく馴れた感じのやりとり。
姉弟の仲は良いのでしょうね。
とはいえ、それで空気がほぐれるかというとそうでもなく。
「サイフォン、モカ。お前たちは知っているようだが、第十三調査隊とはなんだ?
国内の特殊な事件、事態などの調査を担当する騎士団の調査部隊は第十までしかないはずだが?」
フラスコ殿下は怪しんだ様子のまま、モカ様に訊ねます。
なるほど。それならば、確かに怪しく思うことでしょう。
「表向き実在しない特殊調査部隊です。その実体を知らない方に対しては、例え王族であろうとも、実在しない特殊調査部隊という説明しか出来ません」
それに対して、モカ様の答えはこれでした。
横でサイフォン殿下も難しそうな申し訳なさそうな顔をしていることから、同様の見解なのでしょう。
そして、私の推察もあながち間違ってはいなかったようです。
「納得するにはほど遠い答えだが、お前とサイフォンがそう答えるのであれば、今は深入りするべきでは無さそうだ。それでいいな、コナ?」
「そうね。問題があるとすれば、そこに所属してると軽い調子で名乗ったラウロリッティ様にあるわね。もしかしてお酒でも飲んできたのかしら?」
「申し訳ありません、フラスコ殿下、コナ様。私も常々そうであって欲しいと思っていますが、困ったコトにこれでも姉はシラフです。それどころか姉は下戸です。何か色々とほんとすみません」
どうやらゲイル様はとても苦労されている様子。
まぁ、常に酔っ払ったような言動をする姉――というのは、何とも大変そうなのは間違いありませんけど……。
「はっはっは。後輩たちはみんな酷いわね!」
「酷いのは姉上の言動と行動です」
笑う姉に、呆れる弟。
その空気感に、ようやく雰囲気が弛緩してきました。
ただ、ティノだけは警戒を続けているようですが。
「あら? コンティーナさん、どうかしました?」
「どうもこうも……みんなは気を抜き始めましたけど、貴女は気を抜いてないではありませんか。
ふざけたノリと言動が、素なのか芝居なのかは分かりませんが、観察と情報収集は一切妥協してませんよね?」
「あら! 良い目とカンをしてるわねコンティーナさん! 是非ともうちにスカウトしたいくらいよ! 何よりその恐くて冷たい目、素敵すぎてお姉さんゾクゾクしちゃうわ! ちなみにこのノリは素よ!」
ティノの神経を逆なでしてるのか、本気で賞賛しているのかが分かりませんね。
でも、ティノにしては珍しく最大限の警戒と苛立ちを感じているのは間違いないでしょう。
「ま、お互い同族嫌悪を感じちゃうところではあるけさ。
今回は本当にドリップス公爵令嬢のお茶会に参加してみたかっただけなのよ。そこは信じて、ね?」
「…………」
ラウロリッティ様の言葉を多少信用したのか、ティノは小さく息を吐いて、表情を緩めます。
それを見て、ラウロリッティ様も安堵した様子を見せました。
ようやく、本当の意味で空気の緊張がほぐれたようです。
そこへすかさず――というかなんというか――ダーリィが声を掛けます。
「あのー、ラウロリッティ様」
「ん? ダーリィさんだっけ? 何?」
「こんなコト聞いて良いか分からないんですけど」
「なになに? お姉さん何でも答えちゃうわよ?」
「えっと、その髪の毛先――どんな染料を使われてるんですか? すごい素敵な色してますけど」
弛緩した空気がさらに弛緩していくような質問ですわね。
でも、確かにあの髪色には興味があります。
それはティノも同じみたいですね。
モカ様もコナ様も気になっているようです。
私も気になっていましたし、ある意味でナイス質問です、ダーリィ。
「素敵って言ってくれてありがと。
でもね。これ、染料とかじゃないのよ。お姉さんの自前」
「え?」
興味のなさそうだった殿下たちも驚いた様子。
それはそうでしょう。
ゲイル様を見れば、黒髪が天然であるのは分かります。でもあの毛先のメッシュまで天然んと言われると驚いてしまいますね。
「魔性式で魔法を授かってからねぇ……どういうワケか、髪色が変わっていってしまったの」
「魔性式以降……?」
「そうなの。徐々に徐々に色が変わっていって、成人会くらいの頃に、こんな感じのところで止まったかなぁ……」
指を口元にあてて、モカ様が何かを考え始めています。
そして、すぐに結論が出たのか、顔を上げました。
「もしかしたら、魔法の影響かもしれません。
かつて存在した概念属性という魔法は、使い手の意志を無視して、使い手の精神や肉体、あるいは周囲の環境に影響を与えたそうですから」
「つまり、お姉さんの魔法は伝説の属性だった……?」
さすがにご本人も驚いているようです。
その質問にモカ様は小さくうなずいて、話を続けます。
「厳密には概念属性ではないかもしれません。
私の『箱』と同じような精神や願望が由来の特殊属性――それが結果として概念属性に近い性質を持っていたコトで、使い手の肉体……つまりはラウロリッティ様の髪の毛に影響を与えてしまったのでしょう」
そこまで口にしてから、モカ様は少し真面目なトーンで訊ねました。
「ラウロリッティ様。一つ確認したいのですけど……魔法そのものに精神や感情が引っ張られるような感覚に襲われたコトは?」
「んー……特にはないですかねぇ……。ゲイルから見て、そういう変な感じあった?」
「姉上は常に変ですからね。でも、その変さ加減は一貫してるように思えます。魔法による変質という感じの何かは、特に無いのでは?」
「みたいよ~」
姉弟のやりとりを見て、モカ様は安堵したように息を吐きます。
「問題ないのなら良いのです。
伝説の概念属性というのは、魔法そのものが使い手の人格や肉体、環境を、属性に適したモノへと変化させていくという話を聞いたコトがありますので」
「何それ恐ッ!?」
思わず声をあげるラウロリッティ様ですけど――確かにそれはとても恐い話です。
「髪の毛の色が変わるほど概念属性に近い魔法ともなれば、可能性があるのでは……と思ったものでして。怖がらせてしまってすみません」
「いやいや。その知識があるなら懸念はもっともでしょー。むしろ気に掛けて頂きありがたいですよ~」
それにしても、伝説の概念属性というのは恐ろしいモノですね。
使い手の精神や肉体を変質させてしまう魔法属性。
女神様は何を思ってそのような属性を作られたのかは分かりませんが……。
ふと、ダーリィを見ます。
「どうしましたルツーラ様」
「いえ、なんでも」
まさか、ねぇ……?
――まぁそんなワケないですわね。