第20順
ともあれ、いないティノを嘆いては仕方がないので、席に着くとしましょう。
「まずルツーラ嬢。結果的にとはいえ、男と二人きりで会うコトを躊躇っていた貴女とこのようになってしまったコトに謝罪を」
「いえ……ティノが最初からこうなるように仕組んでいたのでしょう。意図を読めていなかった私が悪いのです。ゲイル様はお気になさらず」
変にゲイル様を謝らせるのも違う気がしますし……。
「それにここの料理は美味しいのですよ。
ティノがわざわざ仕組んだ上で予約しておいてくれたのです。どのようなモノが出てくるのか期待したいところですね」
「それって……」
「先日の私の煮え切らない態度のせいで、お気遣いさせてしまって申し訳ありません。
けれど、今日はこうしてゲイル様とお会いしたのです。ここで帰ってしまうような勿体ないコトはしませんわ」
「ありがとう。ルツーラ嬢」
本当に笑い方が可愛らしい方ですね。
平時は、どこか不健康そうで、どこか面白く無さそうな、無表情に近い顔をされているのに。
笑顔だけで絆されてしまっている気がしますわ。
そうして、ゲイル様との二人きりの食事会が始まりました。
「あー……うーん。本来は、始まりの会話でするべき話題ではないのでしょうけれど」
「どうされました?」
「こちらからの誘いであるにも関わらず、性分もあって、少しルツーラ嬢について調べさせて頂きました」
「お気になさらず。貴族としては相手の背後を確認するのは、そう珍しいコトではありませんでしょう? 共に食事をするからこそ、必要というのも間違ってはおりません」
「貴女がそういう方で助かりますが……ルツーラ嬢は、私のコトを調べたりは?」
……自分で口にしておいてなんですけど、ここに来るまで、そんなことまったく気にしてなかったのですけれど。
とはいえ、出来る淑女っぽいことを口にしてしまったので、変にそこを崩さないような言い回しをするとしましょう。
「特には。少なくとも、私よりもそういうのに敏感なティノが、二人きりの時間を作ってくれたのです。彼女がゲイル様に問題はないと判断したのであれば、問題ないのでしょう」
実際、調べてみて何かあったのであれば、ティノは同席したでしょうしね。
とはいえ、ゲイル様のご実家のパシャマール伯爵家に関しては、この食事会のあとにでも、少し調べた方が良いでしょう。
それはそれとして――
ティノはティノの思惑もあってこの食事会を促した可能性はゼロではないですよね。
「コンティーナ嬢を信頼されているのですね」
「どうでしょうね。仲が良いのは間違いないですけれど、同時に良くも悪くも、相手に不利益を与えない程度には互いに互いを利用し合う仲でもあるので」
ティノの場合、私のことよりも自分の利益を優先している可能性がありますが――目くじらを立てる気はありません。
ある意味でそこはお互い様というところもありますから。
「何とも刺激的なご関係なようで羨ましい」
本当に羨ましそうな目をされるものですから、少し可笑しくなってしまいますね。
「ゲイル様にはそういうご友人などはいらっしゃらないのですか?」
「そう言われるといない気がするのですよね。
ずっと文官棟に出入りしていたせいか、先日のジャハーガさんのように、文官としての先輩というか、兄的存在というかそういう相手は少なくないのですけれど。
あ、一応本物の兄もいますよ。そっちが家を継ぐ予定なので、自分は比較的自由にやらせてもらってます」
「そうなのですね。ご兄弟はお兄様だけなのですか?」
「あとは姉が。兄が一番上、姉は真ん中で、私は末の子なんですよ。
そして文官ばかりの家系に生まれながらも、姉は騎士が性にあってるとかで騎士団で仕事をしています」
「ご兄弟がいらっしゃるのは羨ましいですわ。私は一人なので」
そうして――私たちは、このまま他愛の無いお喋りを興じながら、食事をすすめていきました。
当たり障りのないやりとりも多かったので、ゲイル様にとっては刺激が少ないのでは? などと思いましたが、あちらも楽しんで頂けたようなのでひと安心です。
恐らく――なのですが。
ゲイル様は、対等に接することのできるご友人や幼馴染みなどがいなかったことが、どこか面倒くさげな空気を纏う要因になったのでしょう。
ご本人はある種の天才肌のようで、何をやらせても上手くできる為、褒められるのが当たり前になってしまったようで、そこが常に退屈で刺激を欲しがる性質の一端にもなっている様子。
そういう意味では、私やティノ、サイフォン殿下やモカ様と出会った先日の文官仕事の体験会は、刺激的だったようです。
「ははは。ルツーラ嬢と喋っていて気づいたコトがあります」
「どうかなさいまして?」
「どうやら、ボクは想定以上に狭い世界に生きていたようだ。その狭い世界の外は、もっと刺激に溢れているようだな、と」
「自分の世界を広げるのは悪いコトではありませんが、必要以上の期待はガッカリするだけかもしれませんよ?」
「でも、期待がなければガッカリに繋がらない。違いますか?」
「ええ。そこは否定しません」
「例えガッカリするような大した刺激のない出来事であろうとも、未知に触れる、未知を知るというのは、とても刺激的なコトだと思うのです。そういう刺激があると知る。きっとよりよい刺激を得るにはそれが必要なのでしょう」
そこで、ふとダーリィの顔が思い浮かびました。
きっとダーリィもゲイル様と同じような状態なのかもしれません。
彼女の世界は、文官棟周辺に納まっていたゲイル様より、きっともっと狭い。
何より、彼女はゲイル様と違って、些細なキッカケからそれに気づくような性質でもありません。
魂の根幹を震わすような出来事に遭わないと自覚しないだろう――というティノの言葉もあながち間違ってはいないのでしょうね。
「あの、ゲイル様。話が変わってしまうのですが、少し相談に乗って頂いても?」
「真面目な話ですか?」
「はい。友人が良くない方向へと進んでいってしまってまして。止めた上で、もっと別の視野を持って貰いたいと常々思ってはいるのですが……」
「ふむ。ボクが聞いて良い範囲の話でしたら」
気がつけば、ゲイル様は自分のことを「私」ではなく「ボク」と言ってますね。
そのくらい気を許して頂いているというのは、喜んで良いこと――ですよね?
ともあれ、私はゲイル様にダーリィのことを話しました。
どうにも私のことを神格化しすぎていること。
私の為という言葉で、とんでもないやらかしをしでかしそうなこと。
「あ。もしかして、成人会の時――ワインのところで、口論してました?
思い返してみると、あれってルツーラ嬢とコンティーナ嬢だった気がしますけど」
「正解です。あの場にもう一人いましたでしょう?」
「見てました見てました。確かにいましたね。あなたに頭を冷やせと言われていた女性が――あれはなかなか刺激的な空気だったので良く覚えています」
そんなつもりは無かったのですけれど、私たち、意外と目立っていたのかもしれませんね。
「事情は分かりました。その上で確認なのですが……ルツーラ嬢は、そのダーリィ嬢をどうしたいとお思いですか?」
「そう、ですね……」
どうしたい――か。
「派閥の領袖としては、切り捨てる決断を下さなければならないところまで来ております。
ですが、それでも幼馴染みですし、ずっと一緒にいた友人です。切り捨てずに済むならそれに越したコトはありませんし、切り捨てるにしても、目を覚まして欲しいとは思っております」
「なるほどなるほど」
ふむふむ――と、ゲイル様はうなずき、下顎に手を当てて視線をどこへともなく彷徨わせはじめました。
「話を聞く限り、コンティーナ嬢が言ったという、一度本当に危険であると実体験しないとダメだというのは、大袈裟でもなく正統な評価なのだと思います」
「やはり、誰が聞いてもそうなりますか」
そうなると、もう矯正は無理という話でしょう。
ダーリィのことは諦めなければならにのでしょうか……。
「そう暗い顔をしないでください。あくまで今のは認識のすりあわせをしただけです」
「え?」
「いくつかアイデアが思い浮かびました。
その中で一番手っ取り早い方法があります。実行するには、ルツーラ嬢と仲の良い、我々以上の爵位を持っている方や、その令息令嬢の手を借りる必要があるのですが」
心当たりあります? と問われて、私は少し考えます。
ゲイル様のパシャマール家は伯爵。
ティノのターキッシュ家も伯爵。
マディアとビアンザは、男爵と子爵。
ダンディオッサ侯爵――は、彼に協力を仰ぐと、あとが恐そうなので却下。
……あ。
もしかして、モカ様なら大丈夫かしら?
面白そうという理由で一緒にサイフォン殿下もセットになりそうですけど……。
魔法を使った尋問の一件の、報酬として手伝って頂ける可能性はありますね。
「確約は出来ませんけど、ドリップス公爵令嬢には協力してもらえるかもしれません」
「それはまた……ボクの想定より刺激的なイベントになりそうだ」
ふふふ――と、少し不気味な笑みを浮かべるゲイル様。
「なんであれ、まずは協力を仰いでみて手伝ってくれるか確認しないといけませんね」
「具体的な企画書があった方が説得しやすいですよね? 今ここでさらっとでっち上げさせて貰いますよ」
それはもう楽しそうにゲイル様が企画書をささっと書き上げてしまいました。
なんというか、それだけで彼がとてつもなく優秀な人だというのを実感します。
「さぁどうぞ、ルツーラ嬢。まずは貴女が見てみてください」
「では失礼して」
言われるがままに目を通し――読み終わった私は、ゲイル様を見て思わずうめきました。
「本気ですか、これ?」
「もちろん」
やっぱり楽しそうに、ゲイル様はうなずくのでした。