第2順
そうして、魔性式の後はあまり前回と変わらない日々を過ごします。
しかし、十年先を一度経験しているからか、集まってくる者たちの不出来がどうにも気になってしまいますね。
特にダーリィは妙に私を神聖視しているというか、私の権力を自分の権力と勘違いしている節があるといいますか。
前回はこれを見抜けなかった私にも落ち度はあったのでしょうね。
彼女の無自覚な思惑に乗っかりすぎて、自分の抱く女神の威光の大きさを勘違いしてしまった……。
それはともかくとして――
前回にしでかしたことに関して、改めて振り返り考えてみることは多いです。
その都度、反省すべき点や、やめておくべきだったことなどで、まだ間に合いそうな出来事に関しては、控えたりフォローしたりする方向で立ち回っているのですけれど……。
何故か、取り巻きが前回の倍ぐらいに増えてるのですけど?
厄介事を避けようとしているのに、派閥が大きくなっていくのは、あまり良いとは言えない気がしますが……。
集まってしまったものは仕方がありませんものね。
可能な限り気に掛けて、私の破滅に付き合わせないように守っていかなければ。
・
・
・
そんなこんなで日々を過ごしているのですが、そろそろ過去へ戻ってきて七年ほど。
そろそろ私も15歳。まったく夢から覚める気配がありません。
もしかしなくても、本当に時間を逆行しているのではないかという疑惑が湧いてきます。
……いえ、まぁ夢だと言い張るのには無理だというのに目を逸らしていたと言いますか……。
……疑惑どころか、わりとそうだろうなぁ……とは思っていたのですが、そろそろ腹を括って認めてるべきな気がしてきました。
それならそれで、破滅しないようにやりなおすだけです。はい。
そんなワケで、今後の方針というかなんというか……ですけれど――
おおむね、モカ様に関わらなければ、きっと問題ないでしょう。
もちろん立場上、完全に関わり合いを避けるのは難しいでしょうが。
とはいえ、関わることになるにしても、それは成人会以降のはず。
前回の経験を踏まえた歴史的な順序を思えばそれが正しい。きっと。
そう思っていたのですが――
「ルツーラ様。近々、騎士団が公開訓練というのをされるそうです」
「将来のお相手を探す意味でも、見学しにいきませんか?」
取り巻きたちからのこの誘い、前回もありましたね。
騎士の訓練というのにあまり興味はなく、前回はお断りしました。
興味がないのは今回もそうなのですが……せっかくなので、前回とは違うことを選んでみるのも悪くはありませんね。
「そうですね。せっかくですので、見学に参加してみましょうか」
――私は、まったくの想定外のところで、あの『箱』と遭遇することになるのです。
・
・
・
騎士団公開訓練当日。
訓練場の片隅とも言えない場所にそれがありました。
真ん中ではないものの、片隅とも言えない場所。
明らかに訓練をする騎士たちにとって邪魔な場所です。
素人目から見ても、あそこにあっては邪魔ではないだろうかと思うほどに邪魔な場所。
それにも関わらず、訓練を続けている騎士たちは全く気にした様子もない。
……なんとも、既知感を覚える光景です……。
(箱……?)
(箱だよな……)
(何なのかしらあの箱……?)
(一体なんの箱なのでしょう……?)
(しかし、騎士たちは気にしておらぬようだしな……)
(もしかして、気にしたら負けなのか……?)
ヒソヒソと聞こえてくる見学者たちの声。
私の取りまきたちですら不思議そうに見ている中、私だけは気が気じゃありません。
なんで……なんでッ、あんなところにッ、あの『箱』がありますのーッ!?
胸中で叫んでから……ふと、気づきました。
そういえば、魔性式からこっちモカ様の噂をほとんど聞きませんでしたわね?
前回の今頃には、宰相の娘が引きこもりの箱入りだと、それなりに耳にしたのに。
つまり、この夢の中でのモカ様は引きこもっていない?
え? なんで? どうしてですの??
いやそもそも引きこもらないのはともかくとしても、どうして引きこもらなかった結果、彼女は騎士の訓練場にいるのでしょう?
そう思っていると、一人の女性騎士が箱に近づいていきます。
(あれは……コナ様だったかな)
(確かフラスコ殿下の婚約者の)
(ああ、騎士団長ウェイビック侯爵のとこの令嬢だったか)
コナ様は、『箱』をノックするようにコツコツと叩く。
「モカ、そろそろ本格的に訓練始まるから出てきなさい」
「……コナ姉様。訓練は嫌いではないですけど、多くの人の前に立つの、目立つから嫌なんですけど……」
「すでに目立ってる自覚ある?」
「箱が見られる分には気にしません」
「お願いだから気にして」
「公開訓練……サボりたかったです……。
今回は任意参加だったじゃないですか。なのに、どうして私とコナ姉様は強制参加なんですか?」
「それに関しては、あの人たちに文句を言って欲しいかな」
「……まぁそうですよね」
意外にも、この夢の中では、コナ様がモカ様のお目付役のようになっているようです。
ところで訓練は嫌いじゃないってまるでモカ様が騎士であるかのような言葉なんですが……。
あ、いや違いますね。
ような――ではなく、間違いなく騎士なのでしょう。
だから訓練場に『箱』があるし、あっても騎士の皆さんは気にしていない。
恐らくは、ああやって『箱』の姿でいるのも、当たり前の光景になっているのではないでしょうか。
あれが当たり前というのも、騎士の皆さんは正気を疑いそうになりますけど。
(誰か来た?)
(殿下兄弟だ……)
(訓練に参加されるのか?)
(入ってくるなり真っ直ぐ箱に?)
(いや本当にあの箱は一体なんなんだ?)
知らないとそうなりますよね!
でも、殿下たちお二人がためらいなく近づいていく感じから、すでに顔見知りになっているということでしょうか?
「コナ。モカはどうだ?」
「お二人に強制されたせいで完全にへそを曲げてしまってます」
「あっはっはっは。さすがはモカだ。こうなると団長でも厳しいな!」
「笑い事ではないぞサイフォン。参加しないなら参加しないで構わないがここに鎮座されてても邪魔だ」
「フラスコ殿下、迂闊なコト言っちゃいましたね」
「ん?」
頭を抱えているコナ様に、首を傾げるフラスコ殿下。
そして、ズリズリと音を立てながらゆっくりと訓練場の出口へ向かう『箱』。
「お許しが出たので退場します」
「おお! すごいなモカ! ついに『箱』のまま動けるようになったのか!」
何やら楽しそうにしているサイフォン殿下の姿は、この夢の中でもあまり変わらないようです。
「いま出来るようになりました。このまま退場しますね」
「ナメクジのようにスローペースだ。移動したいならとっとと箱から出てくればいいだろう」
不思議そうなフラスコ殿下に、けれどもモカ様は言い返しました。
「……目立ちたくありませんので」
「だからモカは一度、目立つって言葉の意味を辞書で引き直すべきよ」
はぁ――と、コナ様が嘆息すると、改めて箱をノックしました。
中に呼びかけるというよりも、音を立てて誰かに合図するような叩き方に見えます。
「カチーナいる?」
「お呼びでしょうか、コナ様」
そして誰かへと呼びかけると、侍女服を来た女性が突然姿を見せます。
箱の中から出てきた様子はないので、どこかで控えていたのでしょう。
あの方は、前回の成人会の時に見たことがありますね。
モカ様の侍女なのでしょう。
(どこにいた?)
(誰だ彼女?)
(どこから来たんだ?)
戸惑うギャラリーを無視して、コナ様は告げました。
「最終手段を使いたいの。ラテ様呼んできてもらえる?」
「かしこまりました」
「かしこまらないでカチーナ!?」
箱の中から悲鳴のような声が聞こえてきたかと思うと、中から騎士服に身を包んだモカ様が出てきたのでした。
準備が出来次第、もう1話公開予定です٩( 'ω' )و