第19順
文官体験会の場へと戻ると、あとはそのまま体験会が進んでいき、無事に終了しました。
開始の時と同じくゲイル様が、皆を集合に使ったサロンまで送っていってくれるそうです。
騒ぎのキッカケとなったメガネの少年と、大きな身体の文官ジャハーガ様は、私が戻ってくると仲良くなっておりました。どうやらあの少年はジャハーガ様に気に入られたようで、今後はかつてのゲイル様のように、文官棟に遊びに来れるようになった様子。
ビアンザとマディアの二人も、馴れないことで大変だったようですが、手応えや達成感のようなものを感じているようで。
二人もモカ様やティノのような、ただの令嬢ではなく、仕事ができ、殿方相手にも立ち回れる淑女へと至っていくのではないかと、そう思うような顔です。
そうそう。モカ様からの伝言は無事にティノにも伝えられました。
モカ様はティノの家へと直接の手紙は出さないでしょうから、お茶会の日取りが決まれば、あの『箱』を使って私に連絡を付けてくることでしょう。
そうして集合に使ったサロンへと戻ってきて、文官の方々の挨拶を終えると、文官仕事の体験会は終了です。
解散が宣言されましたので、めいめいに帰路につくワケなのですが――
「ルツーラ嬢」
「どうされましたゲイル様?」
――なぜか、帰り支度をしている私へとゲイル様が声を掛けてきました。
「今日の体験会、退屈なモノになるコトを覚悟しておりました。
しかしフタを開けてみれば、大変刺激的な方々がいらっしゃいまして、満足しております。
特にルツーラ嬢。貴方から今まで感じたコトのない刺激を感じたのです。そのコトに感謝を」
「いえ、私は別に何も……」
この方の言う刺激というのが何を刺すのかイマイチ分からないので、反応しづらいのですよね。
「その……これは自分のワガママなので、断って頂いて問題ない話のですが……」
「?」
「貴方から感じました未知の刺激をもっと感じたいと思っております。
是非とも、貴方と食事をする――いえ、もう一度お会いする機会を設けていただけないでしょうか?」
「え?」
予想外の言葉に私が戸惑っていると、周囲に居るご令嬢方が「あらあら」「まぁまぁ」と興味津々に見てきます。
ビアンザやマディアまでも同じような顔をされているのは何故ですかね?
いえ――それはそれとして、前回も今回もどちらであっても殿方からこのように言われたことはないので、とても戸惑ってしまいます。
どう答えるのが正解なのでしょう……。
「ダメでしょうか……?」
そんな捨てられた仔犬みたいな顔はしないでくださいませ!
いや、本当にこういう時ってどう答えたらいいのでしょうか……。
「落ち着いてくださいゲイル様。この子は、殿方からそのように言われるのが初めて戸惑っているだけなのですよ」
「……ティノ」
私が固まってしまっていたからか、ティノが助け船を出しにきてくれました。
本当にありがたいことです。
「ルツーラ。あなたの意志を確認させて。
ゲイル様と一緒に食事する機会を設けるのは嫌?」
「……そう、ですね……」
嫌かどうかは分かりません。
身内以外の殿方と食事をするという感覚がよく分からないとも言います。
「ふむ。じゃあ、もうちょっとだけ質問を簡潔にしましょうか。
ゲイル様のコトはお嫌いかしら? もう二度と会いたくないと思ってる? パーティとかでお会いした時、思わず避けてしまいたい?」
「いえ、そんなコトありませんわ。そういう場面であればふつうに挨拶するのも問題ありません」
「じゃあ嫌ではなさそうね」
「……まぁ、そういう基準で言うのであれば、嫌いではありません……ね?」
なんだかティノに上手く誘導されているような気もしますが。
「もしかして、男性と二人きりになっちゃうのが嫌?」
「……ああ。それはあるかも、しれません」
私が首肯すると、ティノはなるほどなるほどと笑います。
「ゲイル様。もしよろしければ、わたしもご一緒してよろしいですか?
それでよければ、たぶん食事会に乗ってくれると思いますけど」
「え? あの、ティノ……」
ゲイル様に突然の提案をするティノ。
私は思わず静止しようとするものの、ゲイル様がそれに力強くうなずきました。
「問題ありません。是非ともお願いしたく」
「――だ、そうよ」
「そう、言われましても……」
なんで私を無視してトントン拍子ですすんでいるんでしょうか。
「ゲイル様はお店に宛てがあります? 無いようでしたら貴族向けながらカジュアルに楽しめるお店をご紹介しますけど」
「男の甲斐性を見せたいと見栄をはりたいところですが、生憎とそういうお店に詳しくはありませんからね。
そちらに問題がないようであれば、ご紹介頂くお店で構いません」
ティノの提案に嬉しそうにうなずくゲイル様。
そのお顔は本当に楽しそうで、無邪気で、それを見たら断りようがなくなってしまうじゃないですか。
「では、この場でスケジュールを詰めてしまいましょうか。
ゲイル様。次のお休みはいつになりますか――」
「えーっと……そうですね……」
こうしてあっという間にスケジュールが立ってしまうのでした。
周囲のご令嬢が盛り上がっている中で本当に申し訳ないのですけど、こういうのって当事者となると本当に戸惑うですね……勉強になりました……。
そうして、文官仕事体験会から数日経って――
モカ様からお茶会のお誘いが届くより先に、ゲイル様との食事会の日となりました。
ティノが色々と手配してくれたようで、私としては何することもなく、馬車に揺られて指定されたお店に向かうだけです。
体験会の日の夜。今日のことをお母様に話すと、その晩からウキウキと私を着せ替え人形のようにして遊びはじめました。
それを思うと、やはりお母様も、ゲイル様との食事会は歓迎している様子。
……これ、戸惑ってるのは私だけなのでしょうか?
一応、しっかり着飾ると浮いてしまう店なので、気軽なお茶会程度の軽い格好で――という話はしたのですけれど……。
それを踏まえてなお、かなり気合いの入った格好をさせられてしまっている気がします。
ともあれ、馬車はお店へと到着します。
以前にティノとお茶をした時にも使ったお店ですね。
中に入ると、お店の人に案内されて予約されていた個室に通されます。
「少しお待たせしてしまったかしら?」
「いえ。こちらも先ほど来たところですので」
すでに中にいたゲイル様に挨拶をすると、彼は嬉しそうに笑ってそう返してきました。
その笑顔にこちらも笑みを返してから、訊ねます。
「あの――ところでティノは……」
「あー……」
訊ねると、ゲイル様はとても困った顔をして頬を掻きます。
「どうかなさいまして?」
「コンティーナ嬢なんですがね……」
とても言い辛そうに、申し訳なさそうに、ゲイル様は言いました。
「何でも本日、急な予定が入ったとかで、欠席する……と」
「そう、ですか……」
なるほど。
なるほど?
…………………………。
――謀ったわね!
――謀りましたわねッ、ティノ!!
ティノちゃんならたぶんあっちでカメラ目線にピースしてると思うよ