第18順
「メンツァール伯爵も怪しいかもしれませんなぁ……」
ダンディオッサ侯爵は、とんでもない爆弾を落としてくれました。
ですがここで慌ててしまっては、ダンディオッサ侯爵のペースになってしまいます。
それに、これもまた足切りするかどうかの確認作業なのでしょう。
ここで負けてしまっては、家を守れませんから、がんばるしかありません。
「ああ――だから、先日……わざわざ当家に足を運ばれていたのですね」
まずは、侯爵自らが確認しにきていたのだと、サイフォン殿下とモカ様に周知します。
「それで? 侯爵のお眼鏡に、お父様はどう映ったのでしょう?」
「恐らくはシロでしょうなぁ」
「それを分かっていてわざわざ名前を挙げられるだなんて、侯爵も人が悪いですわ」
「ですが、ルツーラ嬢。あなたは些かやり手のようですからなぁ……。
先日少しだけお邪魔したお茶会に、ターキッシュ伯爵令嬢も一緒にいましたしね?」
判断の難しい悪役スマイルを浮かべていますが、これ――絶対に楽しんでいらっしゃいますね?
「ティノとは個人的に仲が良いだけですわ。
それを言うなら、侯爵だってティノからランディおじさまだなんて親しげに呼ばれていたようですけれど?」
「ターキッシュ伯爵とは旧知の仲ではありますからな。
コンティーナ嬢が幼い頃から、良くパーティなどで会っていたのです。その際に、構っていたら懐かれたのですよ。
伯爵は年頃の娘の扱いがあまり上手ではないようですからなぁ」
…………あら?
最初こそ嫌がらせかと思いましたけど、この話の流れ……もしかして……。
「そうだったのですか。
では侯爵は、ティノが過激派の中核にいる両親から距離を取りたいと考えているのはご存じなのですか?」
「む? それは初耳ですな。その割、彼女は過激派の中で良い仕事をしているようですが」
「両親ともども周辺が過激派ばかりなので、迂闊に動けないだけですわ。
変に逆らえば――あの過激派の皆さんが何をしてくるのか、わからないでしょう?」
「それは確かに。ううむ、優秀な娘なだけに、そのような阿呆なところから解放してあげたいところですが……」
うーむ……と唸りながら、ダンディオッサ侯爵は「良く出来ました」とでも言いたげな視線を向けてきます。
「ルツーラ嬢はコンティーナ嬢と仲が良いそうですが、ルツーラ嬢はどうなのですか?」
「私はティノと手を組んでいますよ。目標は互いにズレていますけど、過激派から距離を取りたいという目的は一致しておりますから」
「ズレというのは?」
「ティノは両親に見切りを付けています。ですので自分だけ逃げれれば良いと考えているのです。
一方で、私は両親を諦められない。両親と共に過激派から距離を取りたい。
その一点こそが目的を同じくしながらも、ズレている目標です」
ティノに相談なくこの話をしてしまっていますが、ここで話題に出さないと、ティノの身が危ないですからね。
両親ともども連座というのは、ティノがもっとも嫌う展開です。
同盟を組んでいる以上は、相手の危機を遠ざけておくのも必要でしょう。
「なるほど」
そうして、ダンディオッサ侯爵は深くうなずくと、合格です――とでも言いたげな視線を向けてから、自分なりの結論を口にしました。
「それを信じるのであれば、ターキッシュ伯爵夫妻はともかく、娘のコンティーナ嬢は毒殺に協力などしなさそうですね。
そして、メンツァール伯爵がシロなのは、ルツーラ嬢の密かな尽力あってこそのようだ」
やっぱり。
今の会話の流れは、ティノと――ついでに言えば私を容疑者から外す為のやりとりだったワケですね。
「横で聞いていた限り、やはり最初から出てきているアイシーロート子爵、グラス伯爵、ターキッシュ伯爵が怪しいワケだな」
「あとは余計な入れ知恵を誰かしたのか――という点ですけど……」
私と侯爵のやりとりを聞いていたサイフォン殿下とモカ様が唸っています。
「すみません、発言よろしいでしょうか」
そこへ、カチーナが手を上げて声を掛けてきます。
「どうしたのカチーナ?」
「確認したいのですが、ターキッシュ伯爵夫人というのは、カフヴェス子爵家のウラナ様で合っておりますでしょうか?」
「ああ、その通りだ――いや、そうか。腐ってもアレは冷鉄の淑女か」
カチーナの問いにダンディオッサ侯爵は答えてから――何か納得したような顔になります。
「はい」
それにカチーナは首肯してから、一人納得するダンディオッサ侯爵以外へと説明をするべく、話を続けていきました。
「当家の奥方ラテ様。現王妃のフレン様。そしてターキッシュ伯爵夫人のウラナ様。お三方がお嬢様たちと同じ年頃の時分は、若手三大淑女と並び称されていたと聞き及んでおります。
奥様やフレン妃と異なり、あまり表舞台で名前を聞くコトが減っておりますし、今は見る影もないなどという心ない噂も良く聞きます。
噂が本当だとしても、まだ当時の片鱗が残っているのだとすれば――」
カチーナの推測に、ダンディオッサ侯爵も大きくうなずきます。
「ありうるな。妙に知恵を感じる部分は、ターキッシュ夫人の入れ知恵だとすれば、納得は出来る。夫人については完全に失念していたな。良い指摘だったぞ」
「恐れ入ります」
侯爵からの言葉に、カチーナは恭しく一礼してから、またモカ様の後ろへと下がりました。
それにしても――あの方、本当に出来た侍女ですね。
動きの一つ一つが洗練されていて、まるでお手本のよう。
「ターキッシュ夫人が怪しいとなってくると、ますますターキッシュ伯爵が匂ってきますな」
しかし、ティノのお母様まで睨まれてしまっては、ティノがますます逃げだし辛くなるのではありませんか?
ダンディオッサ侯爵が敢えてティノの話題を出した以上は、逃げ道とか何かあるのかもしれませんが――
「証拠がない以上あまり踏み込めないが……まずは分かりやすく名前のでたアイシーロート子爵から当たってみるとするか」
「そうですね」
そんなこんなで、この場で集められる情報はこれ以上なさそうだという結論となりました。
「魔法は解除した方が良いですか?」
サイフォン殿下へと訊ねると、彼は少し考えてから答えます。
「キミの負担でないのならば、このままにしておいて欲しいが、大丈夫か?」
「はい。抵抗されている時は魔力の消費が大きいのですが、完全に定着し抵抗されないのであれば、常時発動しててもそこまで負担になりません」
それに、この夢では、前回とは比べものにならないくらいの魔力量があるようなので、一人くらいこのまま維持してても負担でも何でもなかったりします。
「ならばそのままで頼む」
「かしこまりました」
地下から出るとダンディオッサ侯爵とはそこでお別れです。
サイフォン殿下とモカ様とは、一緒に文官体験会へと戻る形になります。
なのですが――歩き出して間もなく、モカ様はぼーっとした顔で足を止めました。
「カチーナ。台車」
「かしこまりました」
言うやいなや、どこからともなく台車が現れると、その上に箱を召喚し、中に入ってしまいます。
「サイフォン殿下、これは?」
「モカは長時間箱の外で活動するのが苦手なようでな。限界が来るとこうして、カチーナに台車で運んでもらうんだ」
「これで騎士のお仕事は出来ておりますの?」
「そこは問題ない。こう見えて騎士団長からの信頼も篤いからな」
だからこそ、訓練場で箱に入っても笑って許して貰えている――と言われれば、納得してしまいますね。
改めて私たちが動きだすと、箱の中からモカ様が声を掛けてきます。
「ああそうだ。メンツァール嬢」
「ルツーラで構いませんわ。モカ様」
返事をしておいて何ですが、これってモカ様と話をしているというか箱と話をしているようで、何か変な気分ですわね。
「わかりました。ではルツーラ嬢。今度、お茶会にお呼び致しますので、是非ともターキッシュ伯爵令嬢と共に出席して頂ければと」
その言葉に、私は思わず目を細めました。
「それは、コンティーナ様を保護して頂けるというコトでよろしいですか?」
「いえ。まだそれは分かりません。むしろそれを見極める場だと思って頂ければ。そのままターキッシュ伯爵令嬢に伝えて頂いて構いません」
それはそうですね。
モカ様はまだティノと会ったことがないわけですし……。
「それでも希望が出来ただけマシですわね。感謝します、モカ様」
「お礼にはまだ早いのでは?」
「私もティノも、それだけ追い詰められているのですよ」
これは本当です。
特にティノは、本当にあとが無さそうですからね。
味方になってくれそうな方とお話しできるというだけで、かなりありがたいのですよ。
そして、その場で必要ありそうならば――私は自分の巻き戻り現象についても、口にするのもやぶさかではありません。
あるいは、タイミングを見極めてモカ様とは共有しておきたいところです。