第17順
何故か皆さんに引かれてしまいましたが、無事に魔法が掛かったので、彼に依頼人について訊ねることにしました。
「正直、依頼人の名前はわからん。
依頼しにきたのは代役の男。年嵩の、いかにも執事みたいなやつ」
彼の口にした人物に、ダンディオッサ侯爵は眉を顰めています。
「まぁリスクを考えればそういう依頼の仕方は十分ありえますが、何とも言えない違和感がありますな」
「侯爵もですか。私もです」
モカ様も同意するように眉を顰めていました。
「毒はどこで調達した?」
サイフォン殿下の問いを、私が中継して彼に尋ねます。
「……だそうですけど、どうなんです?」
「ヴェルダヴェルデの花の蜜は裏社会であれば、手に入れるのはさほど難しくない」
うーん……手に入れるのが容易となると、そこから辿るのも難しいでしょうね。
……あ。そうです。
「ねぇ、誰の手引きで会場の給仕になったのかしら?」
「封筒に入った手紙をもたされていたんだ。それを門番に見せたら使用人口に通してもらえた」
「その手紙の内容は?」
「わからねぇ……封は開けずに渡したからな。だがアイシーなんたらって貴族の紹介だなとは確認されたな。
否定する理由もねぇし、それにうなずいたら、トントン拍子だった」
そこまで聞き出すと、殿下、モカ様、侯爵は三人揃って難しい顔をしました。
「単純に考えればアイシーロート子爵の手引きだな?」
「でも手が込んでいる割には、かなり抜けたところでバレたようにも思えますよ」
「誰かがアイシーロート子爵の名前を使っている可能性はありますが……うーむ」
黒幕かどうかはともかく、そのアイシーロート子爵が一枚噛んでいるのは間違いないでしょう。
先ほど、ダンディオッサ侯爵も名前を挙げておりましたし。
しかし――
「あの、皆様……私が言うのもなんですが、少し頭が硬くなられておりませんか?」
この三人が一斉に私に注目するというのも、なかなか心臓に悪いのですが、ともあれ言うべきことは言うべきでしょう。
「依頼人と、手引き者あるいは協力者は別という可能性です。
全てを一人に寄る手口ではなく、複数人による手口だという考え方はありませんか?」
私の言葉に、三人は失念していた――というような顔をします。
「いやぁいけませんな。黒幕というフレーズのせいで、まるで大本が一人のように考えてしまっておりました」
「確かにメンツァール嬢の言う通りですね。私としたコトが……」
「とりあえず、依頼人はともかく――アイシーロート子爵の名前が出てきたのは間違いないものな」
そうはいっても、ダンディオッサ侯爵が怪しいというところは変わってないのですよね。
この方は、前回もこの夢でも、フラスコ王子過激派の手綱役。
……というか、面倒くさいですね。この方がいると、余計な話がしづらいというのは、とても面倒です。
よし。もう思い切って踏み込みましょうか。
「ダンディオッサ侯爵」
「ん? どうかされましたか?」
「先ほど、侯爵を容疑者に従っている者たちがいると仰っていました。
実際のところはどうなのですか? 侯爵が黒幕ですか? 本当に容疑者にされているだけなのですか?」
サイフォン殿下とモカ様どころか、護衛騎士のリッツ様や、あまり表情の変化のないカチーナすらもギョッとした顔で私を見ます。
「ルツーラ嬢。その問いは、私が黒幕であっても、そうでなくとも、この場でするのは些か迂闊であるというご自覚はありますかな」
「多少はありますが……ここがハッキリしないと、彼に対して踏み込んだ質問もしづらいではありませんか。何度も城に呼ばれて魔法を使うのも正直、大変なワケですし」
「どっちが本心であるかは敢えて問いませんが、確かに一理ある言葉ですなぁ」
ダンディオッサ侯爵は困ったように頭を撫でて、少し思案しています。
「ではハッキリと口にしましょう。成人会での毒殺の件、計画こそ立てましたが実行はしておりません」
「毒殺されかかった私の前でハッキリと口にしたモノだな」
「まぁ叱責は受け入れますよ。ただ、計画するまでは良かったのですがね。正直、実行する理由が無くなってしまったのでお蔵入りさせたのですよ」
「だが、実行されていたぞ?」
「ええ。私の計画を参考にしてるわりには、かなりお粗末な事件でしたね」
侯爵はわざとらしく肩を竦めました。
ただ、芝居がかってはいるものの、本気で呆れている様子に見えます。
「もしかして――侯爵がこれを計画したのって随分前なのではありませんか?」
「ほう? ドリップス嬢。どうしてそう思われるのですかな?」
「フラスコ殿下の教育係に立候補した理由は、彼を傀儡に成長させるためではないか――と、そう思ったのです」
「その通りですよ。だから計画だけの企画倒れなのです。私の思惑とは裏腹に、フラスコ殿下は健全に成長されましたからな。無理にフラスコ殿下を王にする理由もなくなったのです」
私から切り出した話とは言え、思い切り不敬なことを平然とッ!?
「はっはっは。それを弟である私の前で言うとは良い度胸だな侯爵」
そうですよね。サイフォン殿下であれば、そう反応しますわよね!?
「ですが、サイフォン殿下もドリップス令嬢も……お二人であれば――この場で私を見逃して下さるのでは?」
「……そうだな。卿の有能さは理解しているしな。ここで咎めて状況が変に拗れるのも、あまり望むコトではない」
「そうですね。密かに計画していただけで表には出してませんし、実行したワケではありませんものね。今回は状況を把握する為にお伺いしただけですし、本来は表に出てくるはずのない話を無理に咎める気もありません」
ああ……ダンディオッサ侯爵はそもそも、お二人に見逃して貰えると分かった上で、お答えになられたのですか。
はぁ……私もまだまだですわね。
…………それにしても。
今の話から察するに、前回のフラスコ殿下が我が侭な乱暴者に育ったのは、ダンディオッサ侯爵の教育のせいだったということですか?
なんでそれが、今回の夢では健全に――
もしかしなくても、幼馴染み組の中にモカ様が入ったせいでは?
そうなると、間接的には私のせい……!?
なんかもう、私の存在そのものが、前回との差異をやたらと生み出している原因になってませんかね?
……いえ、過去に戻ってやり直している以上は、あらゆるところへの影響がゼロなワケないんですが!
「なので、早い段階から過激派の手綱を握るだけにしておこうと舵を切っていたのです。
ただまぁ――どうにもこうにも、過激派が過激派と言われる所以と言いますか、彼らは私程度では歯止めにしかならんようでして……」
ダンディオッサ侯爵は、かなり疲れた様子でそう口にすると――
「その歯止めがまったく効かなくなってきた結果が、今のこの状況ですよ」
――最後の最後に、大きく嘆息するのでした。
そんな彼の告白に対して、モカ様は極めて冷静に侍女の名を呼びました。
「カチーナ」
「『音』だけで判断するのであれば、本心に近い言葉であったのではないかと」
「そう」
カチーナは、そういう真偽をある程度は判断する魔法を持っているということですか。
それはともかく。
この夢における成人会に関して、ダンディオッサ侯爵が関わっていない結果がアレとなると――
「あの、侯爵。もし貴方が黒幕として立ち回っていたら、あのような無差別な手段ではなく、サイフォン殿下に的を絞って実行されておりました?」
「状況にもよりますがね。ただ、過激派が今よりもうちょっと慎重で、それでいて活動的であったのならば、足切りしたい相手に容疑を着せるようにしながら、サイフォン殿下だけを狙ったコトでしょうな」
「そうですか」
うなずくダンディオッサ侯爵の言葉に、私は胸中で顔を引きつらせます。
つまり、前回の成人会で発生した殿下の毒殺未遂は、間違いなく侯爵の手引きだったということでしょう。
そして恐らく、サイフォン殿下とモカ様の婚約が噂になったタイミングで、迂闊な動きをし始めた過激派に見切りを付け始めた。
その結果、メンツァール家も目を付けられ、私は唆されてやらかしてしまい、幽閉邸へと入れられてしまったワケです。
……前回の状況も合わせて、ティノに報告と相談をしたくなってきましたね。
「ああ――そう考えると、少しばかり今回の騒動は中途半端に頭が良いように思えますな」
「依頼人や手引きの手順を考えた者は知恵が回るが、実行している者たちはそうでもない――という感じですよね?」
「ええ。ドリップス嬢の言う通りです」
「侯爵。計画の話は先ほど言った通り聞かなかったコトにしておく。とりあず実行しそうな者に心当たりは?」
「そうですなぁ……」
侯爵は下顎をなでながら、一瞬だけチラリと私に視線を向けてきました。
その意味ありげな目配せはなんですの?
「先ほども言いましたが、グラス伯爵、ターキッシュ伯爵、アイシーロート子爵ですな……」
それから――と、少し悩んだ素振りのあと、
「メンツァール伯爵も怪しいかもしれませんなぁ……」
ダンディオッサ侯爵は、とんでもない爆弾を落としてくれたのでした。
すみません、自転車操業的な毎日更新が厳しくなってきたので
次回以降の更新は、不定期とさせて頂きます٩( 'ω' )و引き続きよしなにお願いします