第16順
「さて、まずは何からお伺いするべきでしょう?
ああ――罪人、お前はそのままみっともなく座っていなさいね」
とりあえず、変に動かれても困りますし、簡単な命令で黙らせておきましょう。
「手っ取り早く黒幕の名前を聞くのが良いのではありませんか?」
ダンディオッサ侯爵がそう口にしますが、それにモカ様が待ったをかけました。
「いえ。魔法の使用条件や効果から察するに、黒幕を訪ねたところで無意味でしょう」
「効果って……モカ、キミはルツーラ嬢の魔法がどういうモノか理解しているのかい? ほぼほぼ初見だったと思うが」
「はい、だいたいは。もちろん詳細までは分かりませんけど」
相変わらず恐ろしい方ですね……ッ!?
モカ様の言葉に、ダンディオッサ侯爵や、リッツ様だけでなく、この罪人までもが驚いてますけど。
「メンツァール嬢。とりあえず依頼人について訊ねてみて頂けますか?」
「かしこまりました」
私はモカ様に一つうなずき、罪人へと向き直ります。
「――さて、とういうコトですけど。依頼人について教えなさい?」
「……言うわけ、ない……だろ……!」
なかなか精神力の強い方のようです。
前回のマディアのような、一般的な令嬢であればこの時点でどうにもならない程度には魔法がかかっていると思いますが。
まぁモカ様やティノあたりなら、平気で撥ね除けてきそうですけど。
そう考えると、むしろ二人が例外かもしれませんね……。
さておき。どうしましょうかね。
「ふむ。魔法のかかりが浅いようですね。心を折るか忠誠を誓わせるか、もっとハッキリと格付けが出来れば良いのですけれど」
「それは、俺がこの男の四肢を踏み砕いたりしても大丈夫かな?」
なんかサイフォン殿下がシレっと恐ろしい提案をしてきましたけど!?
でも、それは意味がないと思うので、私は首を横に振ります。
「いえ。それを行った場合につけられる格付けは、この男と殿下の間のモノ。それでは意味がないのです。必要なのは私とこの男の格付けですわ」
「なるほど。なかなか難儀だな」
サイフォン殿下の言葉に、ダンディオッサ侯爵、リッツ様もうなずいています。
殿方たちはとっとと身体に格を刻みつければ良いと考えているのでしょうか……。
ですが、私は淑女。
立場的にも、あまり暴力による格付けはしたくありませんね。
モカ様やカチーナは、殿方たちを困った人たちのように見ているので、私寄りの思考をされているのだと思いたいのですが。
暴力以外の手段で優雅に――か。
優雅かどうかはともかく、一つ手段を思いつきましたわ。
「ねぇ罪人。あなた、裁きの庭には堕ちたくありませんわよね?」
裁きの庭――それは、女神の御座に還りつきながらも、生前の行いによって門前払いをくらった罪人たちが堕とされると言われる場所。
この場で私がこれを問うのは「死にたくないよね?」という意味になります。
「堕ちたいと言うヤツの方がどうかしてるだろ」
「なるほど。道理ですわね。それでしたら――」
優雅に、それでいて悪女のように、前回の自分自身の振る舞いを思い出すように、私は笑みを浮かべました。
「私に対して従順になって頂けるのでしたら、王族や宰相の皆様にお前の罪を軽くするよう掛け合ってあげてもよくてよ?」
「……お前、本気で言っているのか?」
「ええ。もちろん。私が受けた依頼は、お前の口から情報を吐き出させるコト。
そのための費用などに関しては、だいぶ大目に見て頂けるようですから」
――というのは口から出任せですけど。
でもわざとらしく後ろを振り向いて、ねぇ? とサイフォン殿下に笑いかければ、こちらの意図を汲んだ殿下が、もちろんと笑ってみせます。
「いや、それでも……裏切るようなマネは……!」
「ふふ。強がっていらっしゃるようですけど……私の魔法が一段階強固になりましたわ。少しは心が動かれたようですね」
「…………」
実際に掛かりが強まってるワケではないのですけど、こう言えば揺らぐくらいはするでしょう。
案の定、罪人の顔が引きつり、やや泣きそうなモノに変わります。
「ふふ、その泣きそうな顔で見上げられていると、不思議な高揚感を覚えますわ」
ああ――反省はしても、本質的な部分は変わらないのかもしれませんね、私は。
自分より格下の相手、あるいは格下だと思える相手をいたぶること。
そこに、奇妙な快感を覚えてしまうのは、私が持っている本能的な衝動なのかもしれません。
とはいえ、前回はその衝動のままに暴れ回りましたが、今回はもっと理性的に行きたいとおもっております。
この衝動に任せて動き回らぬよう、注意しないといけませんね。
まぁそれはともかく――もっと揺さぶりましょうか。
「ねぇ罪人。もっとその顔を見せていただけるかしら?」
「ふ、ふざけんな……」
「あらあら? 先ほどまでの威勢はどうしたのかしら?
いいのよ威勢を削いでも。別にあってもなくても変わらないもの。
それに――自らの保身の為に、自分自身の矜持を裏切るのはそんなに悪いコトかしら?」
……なんだか、とんでもない悪女のような発言してません、私?
いやまぁ、いいです。とにかくこのノリを貫きましょう。ちょっと楽しくなってきているのも事実ですし。
「簡単に処刑なんてされたくないのでしょう?
何より――ここで処刑を避けたところで、依頼人やお仲間が貴方を放置するかしら?」
「…………」
良い具合に顔が歪みましたね。今のはなかなか効いたようです。
ならば、もっと罪人の心の花畑に踏み込んでいきましょう。もちろん、その花畑を踏み荒らすために、ですけれど。
「私の魔法の効果で罪悪感は薄れているはず。
矜持のせいで、生きるか死ぬかの苦悩をするくらいなら、自分を裏切ってでも生きるコトに飛びつけばいいのですよ。
それに――今なら、私の魔法の影響で、自分の矜持を自分で裏切るコトに、甘美ささえ感じる状態になっているから。
その甘美な背徳感に甘えながら、自分自身の心の芽を摘んで、私に従順な存在へと腐り堕ちてしまいなさいな。その方が、長生きできるかもしれないわよ?」
こうやって追い込んで、安易な希望に飛びつきやすくすれば、心を折りやすくなる――はずですわよね?
正直、思いつきでやっているので、どこまで意味があるかは分からないのですけれど。
やっぱりティノから、色んな場面でのトークスキルを習った方が良いのでしょうね。
あの子なら、こういう場面でももっと綺麗に、罪人の心を折り堕としているでしょうし。
「……お前に従えば、長生きできるのか……?」
「そうなるよう、王族や宰相などの高貴なる方々とお話はさせて頂きますわ」
――どういう形で長生きするかは確約してませんからね。
生き延びたところで、魔法や魔心具の実験台にされたり、ヘタしたら処刑や暗殺をされるよりも酷い人生になる可能性だってゼロではありませんが……私、嘘の約束はしてませんので。はい。
「私の魔法――受け入れて頂けますか?」
「……ああ」
同意を得ました。
「ふふ。ありがとう。その同意をもって、私の魔法による契約は相成りました」
「……はい」
彼がうなずくのを確認して、私は息を吐きます。
「まずは約束を果たしましょう。サイフォン殿下、彼の罪を軽くするか、処刑を先延ばすかしてくれません?」
「刑を軽くするのは難しいな。だが処刑であれば一週間くらいで良ければ後ろ倒しできるぞ」
「――ということで、約束通り、予定より一週間は寿命が延びましたわ。良かったですわね?」
「……え?」
「何を呆けた顔をしているのですか? 私が約束を果たした以上、貴方も約束を果たしなさいな」
「待て……! 偉いヤツに掛け合うって……!」
「掛け合った結果が出たではありませんか。約束は一切違えておりませんわ」
「…………ッ!」
「その悔しそうな顔、とても良いですわ。
でも勘違いなさってはいけません。いくら私の魔法の影響があるとはいえ、最後の後押しは自分自身の手で行って頂く必要がありますから」
「…………ぅ」
「罪悪感が薄れた程度で、安易な希望に手を伸ばし、自らの矜持を踏みにじったのは貴方自身。
もしかして小娘と見くびっていたりとかしました? だとしたら敗因はそれでしょう。
私の魔法と、私の誘導があったとはいえ、自分の矜持を自分で踏みにじったのは貴方自身の意志ですからね?」
先ほどまでの、罪人には罪人なりの矜持がある――と自信に溢れていたような顔が消え失せてしまっているではありませんか。
まるで身体が大きいだけの、捨てられ、雨に濡れた仔犬のよう。
……なんだか良くない興奮を覚えてしまいますね。
とりあえず、そちらに気を持って行かれすぎないようにしながら、トドメを刺しましょう。
「貴方は仲間や依頼人は愚か、自分自身の矜持すらも裏切った上で、進退窮まった。後にも先にも退けぬ貴方にある唯一の救いは、私の魔法を完全に受け入れるコトだけです。
私は、貴方が魔法を受け入れている限り、邪険にしたりしませんわ。さぁ、どうします? 完全に受け入れてくださいますか?」
「……ああ、完全に、受け入れる……」
覇気の失せた声ですが、完全なる同意を引き出しました。
これにて、完全版『順』属性による順位付け隷属完成です。
「結構。ではこれより貴方の身も心も私のモノです。魔法が解けるまで、貴方は絶対に私に逆らえません。自分の命さえも、私に捧げる存在になりなさい」
罪人の瞳から、意志の光が消え、私に恭順するように跪きます。
「ちょっと効きが良すぎますね? 抵抗が一切無くなってしまってむしろ恐いのですけれど……」
そう言いながら、振り返ると――
「あの、皆さん?」
――カチーナ以外の皆さんが、さっと目を逸らしました。
「……あら?」
私、何かしてしまいました?
首を傾げていると、カチーナがグッと握りこぶしを作りながら礼を言ってきます。
「メンツァール伯爵令嬢! 大変勉強になりました!」
「カチーナは何を学んだの!?」
そこにすかさずモカ様のツッコミが入るのでした。
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完全に余談な後日談となりますが……。
――だいぶ後日になってから。
ティノに詳細をボカしながらこの時の話をすると、
「それはわたしもドン引きするわ~……」
などと、言われました。
……そんな風に言われるほどのこと、しました?
筆がノリすぎた結果やりすぎた気もして反省しているでも後悔はしていない