第15順
モカ様とサイフォン殿下の二人から、かなり強烈な詰問をされたヌーケット様は、うな垂れながら、文書改竄を認めました。
そして、いつの間に通報されていたのか、ヌーケット様はやってきた騎士たちに捕らえられて、サロンから強制退出させられるのでした。
「ハイスピード逮捕劇を見た気がしますわ」
「うん。刺激を感じる間もない感じだった」
「ヌーケット。いけ好かぬヤツではあったが、このようなコトをしているとまでは思わなかった」
私が呆然と呟くと、ゲイル様は同意し、ジャハーガ様は何とも言えない顔をしています。
「さて、私とモカも少し騎士団の方へ向かわせてもらう」
「あ、そうだ。代表してルツーラ様、一緒に来て頂いても?」
この言い方だとヌーケット様の作った文書の発見者と思われそうですが、これは私のとっての本日のメインイベントのお誘いですわね。
「わかりました」
私がうなずくと、ゲイル様が声を掛けてきます。
「ルツーラ様」
「はい?」
「いえ、その……ジャハーガさんに声を掛ける姿や、言い負かす様子に、とても良い刺激を感じましたので。そのお礼を言いたくて」
「それは、どういたしまして――と言って良いのですかね?」
思わずそう返すと、ジャハーガ様が小さく吹き出しました。
それから、改めてジャハーガ様が私に頭を下げます。
「ルツーラ嬢だったね。怒鳴ってしまって申し訳ない。
どうにも虫の居所がわるいと、誰彼構わず当たってしまう悪癖があったんだ。ダメだと自覚はしているのだが、なかなか治せなくてね。本当にすまない」
「その謝罪はそちらの彼に。成人会もまだながら、あれに気づけたのは得がたい才能かと思いますわ」
「違いない」
うなずいて、ジャハーガ様がメガネの彼に謝罪する姿を背に、私はサイフォン殿下たちのところへと向かうのでした。
サイフォン殿下、モカ様と共に王城の廊下を進みます。
「分かっていると思うが、ヌーケットの件はキミを連れ出す口実だ。まぁアレはアレで騎士団と文官たちから詰めて貰うつもりだがね」
「文官の方というのは、みんな真面目なのかと思ってました」
思わずそう返すと、サイフォン殿下は苦笑して首を横に振ります。
「彼らも人間だよ。泣くし、怒るし、疲れるし、魔が差したりすれば悪さもする。
それは別にどんな仕事、どんな物事にだってついて回る話だろう?」
「確かにそうかもしれませんが……」
言われてみればその通りなのですけど……。
「サイフォン殿下は悪し様に言ってますけどね……。
泣いても、怒っても、疲れても、魔が差しても、自分を律して一線を越えないように踏みとどまれるのも人間ですから。
貴族として政争をしたり、騎士として犯罪者と向き合っているとついつい拗れてしまいそうになりますが、私はそういう人間の善性を信じたいです」
サイフォン殿下の言葉をフォローするモカ様。
ですが、サイフォン殿下はそんなモカ様へ不思議そうな視線を向けます。
「モカ。キミは人間嫌いの引きこもり気質だったと思うが……人間の善性を信じてるのか?」
「人間嫌いと、人間の善性を信じるコトは両立しうるかと。
それを信じさせてくれているのは、サイフォン様やフラスコ殿下、コナ姉様のおかげです。みなさんに裏切られたら、さすがに人間嫌いが拗れて箱から出れなくなるかもしれませんが」
……ん?
まってください。
モカ様のこの言葉。
完全な引きこもりになっていないのは、人間嫌いを拗らせていないから?
つまり前回は人間嫌いを拗らせてしまったからということでしょうか?
では前回の世界でモカ様が最初からかなりひどい引きこもりになっていた理由は……?
その原因は……?
今回と前回のモカ様にまつわる違いは……。
・ ・ ・ ・ ・ ・ あ 。
わ~た~く~し~の~せ~い~で~す~わ~~!!
あの魔性式!
私が本を取り上げて、踏みつけた件!
もしかして、いや、もしかしなくても、完全無欠で私のせい!!
「モカ様申し訳ございません」
「え? なんで急に謝られたんですか?」
「いえ、なんか急に謝りたくなりまして」
「???」
いやこちらのモカ様に謝ったところで何の意味もないのですけれどね。
――とまぁ、道中でそんなやりとりをしながらも連れて来られたのは、王城の地下。罪人を幽閉している牢屋です。
「初めて来ましたが、あまり何度も来たいとは思えない場所ですわね」
「騎士でもない貴族令嬢が来るような場所ではないからな」
城内の荘厳さや美しさを感じる雰囲気から一転、質実剛健で堅牢ながらも退廃的な空気の混じる空間になりました。
「ルツーラ様。基本的に罪人の戯言には耳を傾けないように。言葉巧みなモノもいるかもしれませんので」
モカ様の忠告にしっかりとうなずきながら、牢屋の廊下を歩いていきます。
奥の方にある牢屋。
そこが目的地だと言うのですが――
「ん?」
「みなさん、下がって」
――そこには、騎士とは異なる人影がありました。
それに気づいたサイフォン殿下の護衛騎士様が前に出ます。
同じくこちらに気づいた人影は慌てて手を挙げて、名乗りました。
「お待ちください。私です。ランディ・イクス・ダンディオッサです」
「ダンディオッサ侯爵?」
護衛騎士様が、サイフォン殿下に目配せをすると、殿下はそれにうなずきます。
すると、護衛騎士様は剣を納めないまま、下がりました。
剣を抜いたままというのは、警戒している――ということでしょう。
確かに、ここにダンディオッサ侯爵がいるというのは、少々不審です。
「まぁ怪しまれても仕方がないコトくらいは理解していますが、剣を納めていただけないでしょうか?」
両手を挙げるダンディオッサ侯爵。
サイフォン殿下とモカ様は顔を見合わせ、少しだけ考える素振りを見せたあとで、うなずきました。
「リッツ」
「……は」
護衛騎士リッツ様の反応が遅かったのは、主人からの指示とはいえ、本当に納めて良いのか悩んだからでしょう。
とはいえ、逆らう気はないのでしょう。
リッツ様は素直に剣を納めました。
「この者を尋問するのでしょう? 実は私も気になっておりましてな。どうにも私に罪を着せようとする動きがあちこちにありまして。悩んだ末に直接来てみたのです」
「どうしてダンディオッサ侯爵が尋問の日取りをご存じで?」
「ドリップス公爵令嬢。お気持ちはわかりますがそう警戒しないで頂きたい。
フラスコ殿下が知っておりましたよ? お二人が殿下に教えたのでは?」
「兄上め……はぁ……わかりました。ですが、尋問手段に関しましては他言無用でお願いします」
「ふむ?」
サイフォン殿下の言葉に、ダンディオッサ侯爵は小さく息を吐いてから私を見ます。
「なるほど。メンツァール伯爵令嬢がいるのは些か場違いにも感じましたが、彼女の魔法ですかな?」
「そういうコトだ。他人の魔法だ。そう表に出すものでもないでしょう。ましてや、こちらから無理を言って協力して貰っているワケだしな」
「ええもちろん」
あまり信用できないような悪役スマイルを浮かべる侯爵ですが、この人は誤解されやすい顔をしているのは間違いありませんからね。
「ところで、侯爵は濡れ衣を着せようとしている者に心当たりが?」
「そうですな……グラス伯爵あるいは彼と仲の良いアイシーロート子爵。あとは、ああ――ターキッシュ伯爵の可能性もありますな」
……ティノの家の名前が出てきてしまいましたね。
このままでは、彼女の目的が達成できない可能性があります。
「証拠はありますか?」
「残念ながら。それがあれば話が早かったのですがね。
もっとも、簡単に見つかるモノであれば、あなたの父君が見つけているのでは? ドリップス公爵令嬢」
「そうですね。そこは否定しません」
罪人がその名前を口にしないことを祈るしかありませんが……。
ああ――先日の件がなければ、我がメンツァール家の名前もここで出されていた可能性もあるのですよね。
本当に、ギリギリだった気がします。
「さて、リッツ」
「かしこまりました。カチーナ殿、万が一の場合はお願いします」
「はい。心得ております」
うう、馴れない緊張感ですね。
以前にダンディオッサ侯爵と向き合った時や、先ほどのジャガーハ様と向き合った時とは全然違う緊張感があります。
リッツ様が牢屋のカギを開けて、中に入っていきます。
「何をされても喋るコトはねぇ!」
「お前の意志は関係ない」
そう言うと、リッツ様は罪人を背後から押さえ付けました。
「メンツァール伯爵令嬢。お願いできますか?」
「ええ。魔法を掛ける前にいくつか確認したいコトがありますが、よろしくて?」
下目遣いに罪人を見下ろしながら告げれば、罪人は鼻で笑いました。
「これから魔法を掛けますなんて言うヤツの質問なんて答えるかよッ!
質問するのが発動条件だってんなら、答えなきゃ発動するワケねぇからな!」
なるほど。多少は心得がありそうです。
ですが――
「あなた、貴族ですか?」
「…………」
「ふむ。まぁ貴族なワケがありませんね。平民に扮した貴族であれば、この場に集まっている面々を見て、驚きそうなモノですし。
驚かないまでも何らかの反応があっておかしくない面々に反応しない。それだけで貴方が貴族ではないコトは明白です」
つまり、彼は私よりも序列が下なのは確実。
「では、順序を守って頂きましょう。
貴方は平民なのですから、貴族である私の言うコトには逆らえない。そうでしょう?」
彼の頭に触れ、魔力を流しながらそう言えば、彼は鼻で笑いました。
「は! それでどうにかなるなら、尋問官なんて職業いらねーんじゃねぇの?」
「そうですね。ふつうの人であれば」
「は?
「罪人。命令よ、犬のようにワンとお鳴き」
「何を言って……ワン! ……え? え?」
「どうやら、貴方はかなり簡単に条件を満たせる相手だったみたいね」
私は見下すように罪人を見下ろし、告げます。
「罪人。貴方は私が魔法を解くまで一切の暴力を、他者だけでなく自分をも傷つけるような振る舞いをするコトを禁じます」
「そんな話聞けるワケねぇだろうが!」
「リッツ様」
私がそう声を掛ければ、リッツ様はうなずいて罪人の拘束を緩めました。
「女ッ、テメェを殺せばこの魔法も……魔法も……」
拳を握り私に振るおうとして、けれども罪人はペタンとチカラが抜けたように床へと座り込みます。
「あれ? チカラが入らねぇ? なんで……?」
「条件は色々と厳しいのですけれど……私の魔法は――その条件を満たしてしまえば、魔法に対する耐性の低い者が簡単に抜け出せるような魔法ではないのです」
さて、まだ反抗的なところはありますし、もう少し心を折ってからの方が、話をしてくれやすくなるでしょうけど……。
……人の心を折るって、どうすればいいのでしょうか?