第14順
私たちがやらされるのは、文官の皆さんが過去の書類をモチーフに作った体験用の文書を、言われた通りに処理をしていくというものです。
そのやり方の説明を聞いてみれば、お父様のお手伝いで何度もやっているようなことでした。
横を見ればティノも手慣れた調子で進めています。
「おや? お嬢様方は手慣れているようで」
「ええ。お父様の手伝いをしておりますので」
それを見て気になったのか、ゲイル様が声を掛けてきました。
「わたしも同様です。兄弟がおりませんので、両親に何かあった場合の為にと」
「そうですね。私もコンティーナ様同様に、万が一に備えて勉強しているのです。
それに、結婚したあとでも、旦那さまが不在の時に代行出来た方が何かと都合が良いでしょう?」
サイフォン殿下とモカ様とか、まさにそういう関係だと思うのです。
お二人とも武だけでなく文の方も優秀なようですので、片方が不在でも片方が代行できるという状況は大変強いと思います。
「とはいえ、お父様からすると無理に手伝う必要はない――ということのようですが」
「それはうちもそうね。でもやっぱり出来るに越したことはないと思うから」
「そうは言っても、代行とはいえ女性当主というだけでナメられたりはすると思いますよ?」
ゲイル様に私たちは顔を見合わせました。
まぁそういう方々はいるとは思うのですけど――
「それならそれで、ですね。
そうやってナメてくれるだけこっちがやりやすくなるので、むしろ助かるくらいです」
「コンティーナ様の言う通りですわ。勝手にナメて勝手に手を抜いてくれるなら、その抜かれた部分を利用させて頂くだけです」
「くくく……あー、なるほど。なかなか刺激的な方たちだ。そういうの、私も嫌いではありませんね」
何やら楽しそうに笑ったあと、ゲイル様は邪魔してしまってすみません――と一言言って離れていきました。
そのあとも、質問などをしながら黙々と書類仕事をしていく私たち。
……いえ、なんか、思ってたのとだいぶ違う催しですわね?
サイフォン殿下やモカ様は、これで良かったんですの??
このイベント自体が私を呼び出すための建前自体なモノかもしれませんが……。
そう考えると、むしろ胃が痛くなりますね……。
私を呼び出す為に、文官の皆さんを巻き込んでこんなイベントになってしまっているんですか……?
悶々と悩んでいると、マディアが横から申し訳なさそうに声を掛けてきました。
「あのー……ルツーラ様」
「マディア、どうかして?」
「この書類なのですが、どうしたら良いのか分からなくて」
「何が分からないのかしら?」
マディアから渡された書類を見ながら、彼女が困った原因の説明を受けます。
ふむふむ。なるほど。
書かれている数字と、最後に書かれているそれらの合計の値がズレているのですね。
それにしても、この書類――今回のイベント用に作られたモノと比べると……。
「よく気づきましたね。これは私の方から、文官の方に確認した方が良いでしょう。マディアは次の書類に進んでください」
「はい。ありがとうございます、ルツーラ様」
書類を手に周囲を見回した時、ティノが声を掛けてきました。
「どうしたの?」
「巧妙な方がいたようなのですよ。でも利用されるのもシャクでしょう?」
人によってはまったく答えになっていないような返答ですが、ティノにはちゃんと伝わったようです。
「ふーん……」
ティノの書類を見る目が変わりました。
「今回のイベント用の作られた体験用の書類だものね。あとでまとめて捨てるのかしら?」
「そうだと思いますわ」
ヘタな文官の方を呼ぶよりも、ゲイル様に直接届けた方が良いかも知れませんね。
あるいは、サイフォン殿下かモカ様に報告するべきでしょうか。
そう思っていると、何やら男性の荒い声が聞こえてきました。
「だからなんだ?」
「いえ、その……」
怒っているのは、入った時点で私たちへ露骨に悪意を向けてきていた厳つい男性。
彼と話をしているのは、体験会の参加者のメガネの男性――いえ、少年ですね。
まだ成人会前だろう少年に怒鳴るような物言いはどうかと思うのですけど。
「この書類に違和感があるから、ちゃんと、見て頂きたくて……」
「素人が何を言ってる。そんなモノがあるわけないだろうが」
はぁ……。
何ともまぁお粗末な言葉だこと。
ゲイル様は面倒くさそうな顔をしていますが、介入のタイミングを計っているようですね。他の方は――期待しても無駄でしょう。
サイフォン殿下とモカ様がいる前で、何をやっているのだか。
「あの怒鳴ってる人、この場に誰が参加しているのか理解してるのかしらねぇ」
ビックリしてしまって涙目になってるビアンザをなだめるようにしながらティノがそう呟きました。
まったくもって同意します。
なのでまぁ、ゲイル様介入のキッカケくらいは作ってくるとしますか。
「あら? 行くのルツーラ?」
「ええ。せっかくなので空気の入れ換えをしようかと」
「この部屋だけでなく文官棟の空気も入れ換わるのでは?」
「なったところで、別に私には関係ないコトですので」
ティノと言葉を交わしたあとで立ち上がり、男性のところへと向かいます。
「失礼」
「あん?」
「先ほどから大声を出されておりますけど、文官棟というのは気になったコトがあるからと訊ねてくる新人を怒鳴っていびり倒す慣習でもありまして?
もし、あるとするならば、こちらへ就職するかどうか考えさせて頂きますけど」
この体験会には、ある意味で文官棟古参のゲイル様。
さらにはサイフォン王子殿下に、宰相の娘であるモカ様が出席しています。
なので、ここで「ある」と答えようものなら、この方だけでなく文官棟そのものに雷が落ちることが確定します。
ですが「ない」と答えた場合、ならばどうして少年の意見を怒鳴って見もせず蹴飛ばしているのか――と問われることになるわけですね。
相手をハメるようなズルい二択ですけれど、歴戦の舌戦者であればこの程度さらりと躱してきますので問題ありません。
そもそも、「ある」か「なし」かで答えようとするからハマってしまうだけで、答え方を工夫すれば躱せるワケで。
少なくともティノはそうやって躱してくるでしょうね。
あとゲイル様、サイフォン殿下、モカ様も同様です。
ああそうだ。
もう一つ……かなり雑な躱し方があるので、そちらの道は塞いでおきましょうか。
「そうそう。女は黙ってろとか女に関係ないだろというのはナシにしてくださいませ。
このイベントの参加者は女性以外にもいるし、こちらのメガネの方が殿方です。
さらに言えば、貴方が彼に対して不条理に怒鳴りつけていたのは、誰の目から見ても明白。
以上のコトから、貴方は今の質問に対して誤魔化すコトなく答える必要があるはずです」
顔を赤くして口をパクパクとする姿は滑稽ですが、見ていて面白くはないですね。
「すみません。そちらの書類、見せて頂いても?」
「え? あ、はい」
「……お、お前が見たところで理解できるワケが……!」
「少し黙っていてくださる。怒鳴るしか脳のない方を口を利くのは時間の無駄ですので」
ピシャリと言い放ち、私は少年の持っていた書類に目を通す。
これはマディアの見つけた書類と同様ですね。
イベント用に作られた偽の文書に紛れ込まされた、本物の改竄文書。
「怒鳴るしか脳がないだとッ!」
「違うと仰るのでしたら、ちゃんとこちらの書類を見て頂けますか?」
「あ?」
「見る気がないのでしたら結構。ちゃんと見てくださる方にお願いしますので」
「チッ、いいだろう。見てやる」
面倒くさそうに書類を見てた男性の表情が、急に落ち着き、逆に氷のように冷たいような表情に変わっていきます。
「少年。怒鳴って悪かった。他に似たような書類はあったか?」
「いえ、今のところはこれだけでした」
「私のところにはございましたよ、こちらです」
「見せてくれ」
「ええ。どうぞ」
それを男性が見ていると、そこにゲイル様もやってきます。
「何やら刺激的なコトをしているようですね。ジャハーガさん、私にも見せて頂いても?」
「ゲイルか。お前になら見せていいな。他の連中は……どうだろうな」
「……なるほど、これは……」
やはり、分かる人が見れば難しい顔もしてしまいますよね。
「それ、私にも見せてもらえるモノかい?」
「サイフォン殿下……」
厳つい男性――ジャハーガ様は迷った素振りを見せて後、冷静な表情をものすごくバツが悪そうにしかめます。
これは、冷静になってやらかしてしまったのを自覚したというアレですね。
「ジャハーガさん、どうします?」
「うーむ……」
羞恥と冷静さがまぜこぜになっているジャハーガ様。
気持ちは大変分かります。
「あ、ここにもありましたので、これサイフォン殿下に見せても?」
ティノさんがそう口にすると、ジャハーガ様は少し悩んだ様子のあとで、うなずきました。
「……そうですね。そちらのお嬢さん、すまないが殿下にそれを渡してもらっても?」
「わかりました」
そうして、ティノさんから文書を受け取ったサイフォン殿下は、面白そうなモノを見たかのように笑います。
「なるほど。これは確かに面白い書類もあったものだ」
言いながら、サイフォン殿下は隣にある箱の上に書類を乗せます。
すると、箱の上面が波打ち、波紋をつくると書類を飲み込んでいきました。
前世と合わせて何度か見てるから驚きが薄いですけど、さすがに初見の方たちはビックリですよね。
「ふむふむ。なるほど。なるほど。これならすぐに分かりますね」
恐らくは箱の中で書類を見ているだろうモカ様の声が聞こえてきます。
何が分かるのでしょうか?
そう思った矢先、モカ様が箱の中から少し大きめの声を出しました。
「ヌーケット・ルルー・クライムス――という方は、本日この場にいらっしゃいますか?」
するとゲイル様とジャハーガ様が、同じ方向へと視線を向けます。
他にも、会場内にいる文官の方々が、特定の方向へと視線を向けました。
皆さんの視線の先には、大勢から視線を向けられて顔を引きつらせてる細身の男性が一人。
彼こそが、モカ様が名指しした人なのでしょう。
それを確認するとモカ様が箱から出てきて、凄みのある笑みを浮かべます。
「ではヌーケット様。少し、お話を聞かせて頂いても良いでしょうか?」
抵抗するなら騎士として実力行使も辞さない――暗にそう言っているかのような迫力で、モカ様は彼を手招きします。
「きゅ、急になんだと言うのですか。
この催しように作られた文書に問題があったから、何だと……!」
「リッツ」
「カチーナ」
何やら言い訳のようなことを言い出すヌーケット様ですが、彼の言葉を遮り、サイフォン様はご自身の護衛の名を、モカ様はご自身の従者の名を呼びました。
名前を呼ばれた二人は、極めて迅速に彼の元へと向かいます。
二人に捕らえられたヌーケット様を見ながら――
「少し、お話を聞かせて頂けますか?」
――モカ様は笑顔と共に、もう一度同じことを口にするのでした。
……前の世界よりも、モカ様恐くなってませんか?
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