第13順
ダーリィのご両親とお話ししてから数日。
気がつけば、文官のお仕事公開の日となりました。
参加者は、文官作業をする上で支障の出ない格好――という条件が事前に告知されております。
それがどんな格好なのかは分からない方も多いようですが、両親へ相談したり、自分の家の家令などに訊ねたりすれば、それほど苦もなく判明する程度のもの。
簡単に言ってしまえば、フリルなどのヒラヒラしたパーツが少なく、長時間文字を書いたり文書を読んだりするのに支障のない格好というところです。
恐らくは、この程度のことすら自分でどうにか出来ないのであれば、この催しに参加することが無駄になるくらい、この仕事に向いてない――ということなのでしょう。
会場となるサロンの入り口にある受付にて、提示された書類にサインを書くよう言われたので、それに従って自分の名前を記入して中へと入っていきます。
「……ルツーラ様、ダーリィ様は……」
ビアンザとマディアも一緒ですが、ダーリィはいません。
「来ないというコトは、それがダーリィのご両親の判断なのでしょう」
ご両親が確認した上で、派閥として切り捨てて構わない――と、そういうメッセージであると私は判断しました。
ただ、この結末はある程度の想定はしていたのです。
この短期間で、ダーリィを矯正できるとは思えませんから。
とはいえ、まだ完全に切り捨てたつもりはありません。
どこかのタイミングで、改めてダーリィの様子を伺う必要があるでしょうね。
「ルツーラ、お二方、ごきげんよう」
「ごきげんよう。ティノも来ましたのね」
「コンティーナ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。コンティーナ様」
こうして四人で固まってお喋りをしていると、部屋の中へと文官の方が入ってきました。
黒髪の男性と――……。
え? なんで、サイフォン殿下とモカ様も一緒にいるのですか?
いえ、そうです。そもそもこの催しの目的は、私を呼ぶことですからね。
当初の目的を思えば、お二人もいて当然です。
とはいえ、事情を知らずにお二人の顔を知っている者が戸惑ってしまうのもわかります。
そんな中で、黒髪の男性はマイペースに語り始めました。
「お集まりの皆様初めまして。
今回、皆様をご案内しますゲイル・シャイナ・パシャマールと申します。以後、見知りおきを」
海藻がうねっているようなクセっ毛の強い髪と、気怠げな黒い瞳。
目の下には隈らしきものもあって、どこか不健康そうな方です。
文官業が激務なのか、元々お体が弱い人なのか……。
お顔がいいだけに勿体ないですわね。
……しかし、なんでしょう。この既知感。
初めてお会いする方のハズなのに、何となく知っている気もするのですよね。
どこかでお会いしたことあったかしら?
「騎士団みたいにお仕事を公開――とハデにいきたかったのですけど、部外者には見せられない書類が保管されてたり、あまり見せるワケにはいかない仕事も少なからずありまして……文官業ってそういうのに向いてないんですよね。
そういう意味では、刺激を求めてる人には向かない仕事です」
刺激を求めるってなんでしょう?
私が首を傾げていると、横でティノが「言わんとしてるコトはわかるけど」と苦笑しています。
「あのー、国の機密文書とか触れたりできるのは刺激的ではないんですか?」
参加者の一人がそんな質問を投げると、ゲイル様は困っているようにも面倒くさそうにも見える笑みを浮かべて首を横に振りました。
「その手の書類や仕事に刺激を感じる人にも向かない仕事かもしれませんね」
……恐らく、言いたいことを何重にも布でくるんだ上での発言でしょうね。
「私個人の感性で言えば、あの手の書類や仕事は、面倒くさいのにややこしく、それでいて手を一切抜くコトのできないひたすらにかったるい仕事です」
……布でくるんでたはずなのに、剥がしてしまっていいのですかね?
でも、横でサイフォン殿下が大笑いしているから良いのでしょう。
いえ……モカ様は頭抱えてますから、良いのか悪いのかわかりません。
「こほん。ともあれ、そういう理由で簡単に仕事公開というのは難しいので、擬似的に文官の仕事を体験して頂こうと――手は空いてないけど無理矢理開けた文官たちの協力によって作られたお仕事をやって頂こうかと」
もう不満を隠す気ありませんね?
ますますサイフォン殿下は笑いを大きくされてますけどッ!
「殿下……クソ忙しいのに余計な仕事を増やさないで欲しいっていう皮肉ですよ? なんで笑ってるんですか?」
ゲイル様、殿下相手になんてことを……!
「常に面白いモノを求めてる私としては、キミの反応が大変面白くてね。
そして、こういう想定外のリアクションに、キミも刺激を感じているだろう?」
「……まぁ否定はしません。余計なスリルのない刺激は歓迎ですから」
「だろう? よろしく頼むよ、同類」
「この一瞬で余計なスリルしかない刺激が増えたのは気のせいですかね?」
王族に気に入られるのは、確かに余計なスリルばかりの刺激ですわね……。
サイフォン殿下とゲイル様の刺激的なやりとりはさておくとしまして。
ゲイル様の案内で場所を移し、用意された文官仕事の体験の場へとやってきました。
(箱だ……)
(なんで木箱が……?)
(殿下の横に箱がある……)
(どこからでてきたんだあの箱……)
(殿下と一緒にいた女性はどこいった……?)
ここもサロンのようですが、机が並べられて、何となくイメージにある文官の仕事部屋という風になっています。
ゲイル様以外にも何人か文官の方がいらっしゃいますが……私たちに対する印象というか態度というかが、露骨に良くない方も混ざっているのが気になりますわね。
熊かゴリラのように厳つい顔をした騎士のようなガッシリした身体つきをされた男性からは特に不満そうなお顔をしています。
まぁ気にしていても仕方ないので、何かあるまで無視で良いでしょうけど。
「これから簡単に仕事についての説明と、簡単な仕事体験をして貰います。
出会いの場としか考えていなかった方には大変かも知れませんが、まぁがんばってください」
ゲイル様は、何かにつけて皮肉を言わないといけない制約でも抱えているのでしょうか?
まぁ私の横でティノはその手の皮肉に笑っているので、気にしない人は気にしないのでしょうね。サイフォン殿下も笑ってますし。
それはそれとして、みなさん別のモノに気を取られてもいるんですよね。
「あのー……ところで殿下、そちらの箱は?」
あ、ゲイル様がついに質問しました。
「ん? 私の婚約者のモカだが?」
「んんー? 箱に変身する魔法で?」
「箱を作って中に引きこもる魔法だな」
よく分からないという顔をするゲイル様。気持ちはとても分かります。馴れないと意味がわかりませんよね。
「そういえば今年の成人式に箱が運ばれてるのを見ましたけど、もしかしなくても」
「ああ。モカだろうな」
サイフォン殿下が良い笑顔でうなずかれてます。
モカ様、自分の足では無く、運搬で入場されたんですか……。
「しかし成人会か。ゲイルは手伝いか何かで参加したのか?」
「あー、いえ。ふつうに成人会の参加対象だっただけですよ」
「妙に文官姿が板についているから、てっきり年上だと思っていた」
「あー……そこはほら、殿下たちが以前から騎士団に出入りしてたように、自分は文官棟に出入りしてましたので。そのままの流れで成人と同時に正式採用されただけです」
「なるほど」
あら、ゲイル様は私たちと同じ歳だったのですね。
殿下の言うとおり板についていましたから、私も年上だと思っていました。
「文官棟で遊んでいたなら、下手な文官よりも文官仕事ができる新人というコトか」
「まぁベテランぶってるクセに割り振られた仕事を最低限すらこなせない人よりは出来るつもりではいますよ」
笑顔全開のサイフォン殿下に、明らかに皮肉交じりの笑顔で応えるゲイル様。
どう考えてもこれ、室内にいらっしゃるイベント参加者へ悪感情を隠せてない人たちへの皮肉ですわよね。
当人に届いているのか分かりませんが。
それはそれとして、ティノは先ほどから殿下とゲイル様の皮肉合戦が相当ツボに入ってますね?
まぁティノの抱えている鬱憤が、笑うことで多少でも解消されるのであれば、これはこれで良いかもしれないのですけど。
……と、そこへ――
「新人とかベテランがとか――そこはどうでもいいのですけど、お仕事の体験……というのでしたら、そろそろお仕事始めませんか?
ずっと雑談しているのが文官仕事というワケでもないでしょう?」
――モカ様が箱の中から、二人に割って入ってそう告げました。
「箱の中から女性に苦言を言われる。得がたい刺激だと思わないか、ゲイル?」
「一理ありますね。なるほど……殿下はそこが良いのですね」
「……お二人とも、このまま参加者を無視した雑談を続けるようでしたら、わりと真面目にお父様に報告しますよ?」
「そこでドリップス宰相の名前を出すのは反則だぞモカ」
サイフォン殿下は苦笑ですましましたが、ゲイル様以下他の文官のみなさんはギョっとした顔をします。
「いえ……ドリップス公爵令嬢の言う通りではあります。
さすがに横道に逸れすぎました」
……逸れた原因の何割かはモカ様の箱な気がしますが……それは言わない方がいいのでしょうね。
「では、本日やって頂くお仕事体験の手順についてお話ししたいと思います」
ともあれ、居住まいを正したゲイル様は真面目な顔をして、説明を始めたのでした。