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第12順


 お茶会から数日後、私とティノはルゴダーナ子爵邸へとやってきていました。

 私がお送りした、ダーリィを排して重要なお話をしたいという手紙を受けた子爵が、招待してくれたのです。


 私とティノの実家は伯爵位を持っていますが、それは当主であるお父様のもの。

 その為、あくまでも私たちは伯爵令嬢。子爵家当主と比べたら、権威としては下になります。


 もちろん、子爵も子爵で、伯爵令嬢相手には無理もできないのでしょうけれど、そこは持ちつ持たれつ。

 お互いの家格や事情を把握した上で、配慮し合ったり時に強く出たりするのが、貴族のやりとりというものです。


 まぁそれを利用した揚げ足取りや嫌味の応酬もまた貴族の嗜みかもしれませんが。


 さておき。


 ルゴダーナ子爵邸の従者に案内されて、応接間へと通されます。

 そこにはすでに、ルゴダーナ子爵とその奥方――つまりはダーリィの両親が待っていました。


「ご無沙汰しておりますルゴダーナ子爵。子爵夫人。お招き頂きありがとうございます」

「初めましてルゴダーナ子爵。子爵夫人。コンティーナ・カーネ・ターキッシュと申します。お会いできて光栄です」


 挨拶を交わし、子爵に促されてソファに腰を下ろします。


 本来であればここで軽い雑談などもするのですが――


「お二人とも、前置きはいりません。うちの娘に何があったのか教えて貰えないでしょうか?」


 ――子爵は大真面目な顔をして、そう口にしました。


「長年一緒にいたルツーラ様からあのような手紙を頂くだなんて、よっぽどのコトがあったのでしょう?」


 どうやら、それは夫人も同じようです。


 なので、私はさっそく――と思ったのですが、ティノが私を制します。


「前置きはいらないとのコトですが、それでも必要な前置きがございます。それだけはまず、語らせて頂いて良いでしょうか?」

「無論」


 ティノの言葉に、子爵は真面目にうなずきました。

 ……何かありましたっけ?


「まず大きな前提の話として、本来この話はお二人にする必要のないコトだとわたしは思っております。

 それでもこうして約束を交わし、子爵夫妻と会うコトに決めたのは、ルツーラ様がダーリィ様を思ってのコト。

 そこを理解した上で、お話を聞いて頂ければと思います」


 ……わざわざ言う必要はないと思いますが。

 ただティノがそう切り出したからでしょう。子爵夫妻はかなり真面目な顔でうなずいております。


「そのような前置きがあるというコトはあまり良いコトではなさそうね」

「緊急という内容での手紙だったのだ。分かってはいたコトだろう」


 子爵夫妻は沈痛そうながらも、覚悟は決まったような顔をされています。

 これならば、話をしても拗れずにすみそうですね。


「では、私から話をさせて頂きますね」


 夫妻がうなずくのを確認してから、私は話し始めます。


 魔性式の頃から片鱗があり、騎士公開訓練や、成人会などでの出来事などでの態度。

 それらを、私は子爵夫妻に話します。


「何度も注意と警告をしているのですが、ダーリィ様の態度は淑女として……いえ、貴族として褒められたモノではないのです。

 これがまだ、四人で仲良くお茶をしていた頃であれば問題はないのですが、気づけば派閥は大きくなってしまいましたし、一部の政治派閥の方々からも睨まれている状況ですので」


 どうやら子爵夫妻は状況を理解してくれたようです。


「家だとそういう素振りはあまり無かったのだがな……」

「ルツーラ様ルツーラ様と楽しそうにしていましたけど、そのような状況になっていたとは思いませんでした……」


 項垂れる子爵夫妻。

 そこに、ティノが容赦なく情報を追加しました。


「今は女性も積極的に政治に関われる時代だとわたしは思っております。

 そうは言っても、女性が政治に関わるコトに眉を(ひそ)める殿方はいるコトでしょう。

 だからこそ、敢えて政治に関心を持たないという方針でいる人もいます。それが方針である分には問題はありません。

 ですが、だからといって、お茶会の場での情報交換すら出来てないとなると、少々話が変わってきます」


 ティノの言わんとしていることを理解した夫妻は、沈痛な面持ちで首肯しました。


「一緒にお茶会に出る時は、そんな感じもしなかったのだけれど」


 ほとほと困ったような様子の夫人に、ティノは何か思いついたのか、問いかけます。


「夫人は、お茶会の際にダーリィ様と挨拶回りなどされたコトはございますか?」

「ええ。親子で参加するのだもの、ホストの方はもちろん、仲が良かったり、仲良くしておきたい相手には、子供を紹介する意味も込めて回っていくモノでしょう?」


 夫人の返答にうなずいてから、ティノは続けました。


「その通りです。今後そのような場面がありましたら、隙間時間あるいはお茶会の後で、その日の会話内容についてダーリィ様に質問されてみていはいかがでしょうか?

 流行の話、お茶やお菓子、小物やドレス、あるいは政治的な話……もっと言えば、そのやりとりをした相手の名前。ホストの家の家名と爵位。

 しっかりと話を聞いていれば、魔性式前の子供でも答えられる内容を問うのが良いかもしれません」


 ……ああ、確かに。

 ダーリィは真面目にやるフリをして流していそうですね。


 それが出来ているのなら、そもそも私を立てるにしてもあのような無茶苦茶はやらないでしょうから。


「そんな簡単なコトで良いのかしら?」

「派閥の方々が言っているのだ。試してみると良いだろう」

「ええ。そうね」


 極端な話、彼女は『ルツーラ様』以外への興味が薄すぎますもの。

 ダーリィのあの態度は、『ルツーラ様』さえ居れば、自分は共に導いて貰えるというもの。

 ……この話もしておくべきか。


「子爵夫妻。ダーリィ様は、恐らく私……ルツーラ・キシカ・メンツァールに対して強い幻想と信仰心を抱いているように思えます。

 同時に、共に居れば共に導いて貰えるとさえ、思っているのではないでしょうか?」

「それはどういう……?」


 夫妻が訝しげな顔をされるので、私は少し考えてから、例え話を口にします。


「例えば――少し不敬な例えになりますが……私が王となるようなコトがあった場合、ダーリィ様は自分も王となった私の側近としてそのまま私に召し上げて貰えると、そう本気で思っているようなのです」


 当たり前なのですけれど、身分や権力が強くなれば、側近選びというのは当然それに相応しい相手を厳選する必要が出てきます。


「そして、申し訳ないのですけど、今のダーリィ様を側近になんてできません。正直なところ、あまりにも立ち回り方がヘタすぎるのです」


 頬に手を当てて、私は嘆息混ぜてから話を続けました。


「私が手柄を上げれば、自分の手柄のように喜びます。

 同時に、自分が手柄を立てれば、私が喜ぶと思っているようです。

 そこは間違ってはおりませんが……そも、手柄を立てるという言葉を理解していないと言いますか、その行いの大半が、私の足を引っ張るモノであるコトが多い」


 想像力が足りないというべきか、考えが至らないというべきか。

 私が何をすれば喜ぶか――よりも、自分が何かをして喜んでくれるルツーラ様を想像し、その想像通りに動こうとする……が、正しいのでしょうけど。


「何よりの問題は、その行いを私や周囲から叱られても、どうして叱られているのか分かっていないところです

 ルツーラ様の為なのだから、周囲に文句を言われる筋合いはない。

 ルツーラ様の為にやったのにルツーラ様に叱られた、周囲に叱るよう唆されたに違いない。

 ダーリィ様はどうにもそういう思考をされているようですので」


 子爵夫妻の顔は沈んでいきますが、事実なのです。

 そしてこれは、派閥から切り捨てられてもついて回る厄介な気質。


 なので、ご両親にはここでハッキリと教えておく必要があるのです。


「そのような振る舞いをする方を側近にしようモノなら、敵対勢力に簡単に利用されて、彼女諸共に私は潰されるコトでしょう。そんな目に見えて危険な魔心具(ましんぐ)を手元に置きたいとは思いませんわ」


 いつ敵対勢力に火を付けられるのか分かったものではありませんからね。

 現状のダーリィは正直、派閥の火薬庫のようなものです。


 それも武器として利用することのできない、けれども誰かに火を付けられたら爆発する危険な倉庫。

 しかも、倉庫の扉から導火線が顔を出しているレベルと言っても良いでしょう。


「ルツーラ様は、王という例えは使っているものの、お茶飲み派閥の現状が似たような状況になってきているのです。

 派閥の皆を守るために、周囲から領袖として扱われているルツーラ様は例え仲の良い友人であっても、切り捨てる決断をしなければなりません。

 この意味は、ご当主であるルゴダーナ子爵であれば、おわかり頂けるはずです」


 ティノさんの補足に、ルゴダーナ子爵は手で顔を覆いながら訊ねてきます。


「その決断をする前の……最後通牒なのですね、これは?」

「……はい」


 その問いに、私とティノさんは同時に肯定しました。


「ターキッシュ伯爵令嬢が真面目な顔で前置きをするワケだ。

 確かに、本来はこんな最後通牒する必要なんてなく、切り捨てられてもおかしくない」

「娘のそのような問題に気づかなかったのは、両親である私たちの落ち度ですわね」


 どうしてこうなった――という顔をご両親はされています。

 まぁ私もそう思います。幼い頃から何度も矯正を試みたのに、どうしてこんなに上手く行かなかったのか。


 そんな私たち三人の空気を読んだのか、ティノが少し険しい顔をしました。


「これ――敢えて嫌味っぽく言わせて頂きますけど」


 私たち三人がティノに注目すると、彼女はダンディオッサ侯爵など上位の為政者を思わせる表情をしながら、言い放ちます。


「ルツーラ様も、子爵夫妻も、ダーリィ様に対して対応がヌルかったんだと思います。

 特にルツーラ様は、今日のような子爵夫妻との会談をもっと早い段階で行えば矯正出来た可能性が高いです。

 彼女は……自分がどれほど拙く愚かな人間であったのか――それを表面ではなく、魂の奥底にしっかりと刻みつけなければ、反省しないタイプではないかと思いますので」


 ……ああ、そうか。


 ティノの言葉が酷く腑に落ちました。

 私がここまでダーリィを気に掛けてしまうワケ。


 その一番大きな理由。


 結局、前回の私も、今のダーリィと似たようなものだったから。


 ダーリィを見ていると、前回の自分を見ているようで、どうにかしたかった……。


 そして、前回の自分はそんなダーリィの言葉に、女神になった気分でことを起こして、破滅の結末を迎えたワケです。


 だからこそ、このままでは家族を巻き込んで破滅しかねないダーリィを、私はなんとかしたいのでしょう。


「例えば記憶を引き継ぎ、赤ん坊の頃から人生がリスタートしたとしても、ダーリィ様はずっと同じ道を歩むでしょう。

 違う道を選ぶ時があるとすれば、それはルツーラ様を自分の理想通りに動かす為だけ。付き合いの短いわたしでも……そのくらいは感じてしまう人ですから」


 でも、ティノは私の心中を読み取って、的確に致命な一撃を投げてきました。


 どれだけ時戻りを繰り返そうとも、ダーリィ本人が心の底から反省するような目に遭わない限り、今のような振る舞いを繰り返すだけ――ティノは、私にそう告げています。


 私も少しショックを受ける話に、けれど子爵夫妻は、むしろ気持ちが定まったような顔をして私たちに頭を下げます。


「メンツァール伯爵令嬢、ターキッシュ伯爵令嬢。娘に対するお二人の格別のご配慮、感謝致します」

「至らぬ娘が多大なご迷惑をおかけしましたコト、お詫び申しあげますわ」


 あとはもう、なるようにしかなりませんわね。


「差し出がましい質問ではありますが、メンツァール伯爵令嬢が最終的な決断を下すのはいつになるのか――お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 あー……別に考えてませんでしたね。どうしましょう……。

 そう思っていると、ティノがさらっと答えます。


「近々、文官の方々が騎士のようなお仕事の公開をする催しをするコトはご存じですか?」


 子爵がうなずくのを確認してからティノは続けます。


「わたしもルツーラ様も見学に行く予定なのです。そして恐らくダーリィ様もついてくるコトでしょう」

「……わかりました。時間は短いながらも猶予がある。可能な限りのコトはしたいと思います」


 なんか、勝手に決まってしまったんですけど……。

 でも、確かに私だけだとうだうだ悩んでしまいそうでしたから、ちょうど良いかったのかもしれませんね。



 ルツーラ視点だと語りきれなかった話



 ティノちゃん視点でのダーリィはとっとと始末したい危険因子。

 存在するだけで、自分とルツーラの共犯関係が致命的に壊れかねないと思ってます。最悪、暗殺も視野にいれるレベル。


 ティノもまたルツーラに対して、かなり好意的で安心して横に並べるし背中を預けられる相手という思いがあるので、ことさらにダーリィは許せない存在になっています。


 どれほどルツーラに守って貰っているのかを自覚せず、理解せず、その羨ましいほど恵まれた立場をドブにすてる振る舞いが、シャクに触る――というのがティノの弁。


 思慮深く、強かで、死なない為に死に物狂いのリアリストであるティノからしてみれば

 浅慮で、傲慢で、自分の危機を微塵も認識できてない理想主義のダーリィとは、あまりにもソリが合わないとも言う……


 ルゴダーナ夫妻のところへティノが付き合ったのは、ルツーラの為であって、ダーリィのコトも夫妻のコトも基本的にはどうでも良いと思っている。


 そういう意味で、ティノが今回ルツーラにつきあったのは、ダーリィへの情が中途半端なままダーリィに退場されるとルツーラのダメージ大きそうだから――というダメージコントロールとメンタルケアをかねて。


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