第10順
ティノとの同盟結成をした日の夜。
モカ様から貰った箱魔法由来のお守りの上部から、突然紙切れが飛び出してきました。
「……なんでしょう、これ?」
恐る恐る――その飛び出してきた折りたたまれた紙を開いてみると、モカ様からの手紙でした。
内容は、例の文官の業務公開イベントの開催決定の旨です。
日取りも書いており、必ず参加してください――と添えてありました。
もちろん参加はするのですけど……。
あの、この小さい箱って……モカ様からの伝言が飛び出してくるんですか?
それって、情報伝達という面においては、とんでもなく恐ろしい魔法では??
「あら? 二枚目?」
続く二枚目は、この箱に関する詳細ですね。
どうやら、この小さな箱は『送り箱』という名前のようです。
モカ様からだけでなく、私からも小さなメモを送ることが可能である……と。
……小さなメモ程度とはいえ、距離を無視してやりとりできるの、本当に反則では?
ともあれ、文官の業務公開の日程が決まったのであれば、お茶会などで話題にあがるはず。まぁ上がらないのであれば、私が話題にしましょうか。
モカ様たちからすれば、私を仲間に引き入れた理由の一つくらいには、それがありそうですしね。
……しかしまぁ、なんというか……。
その気はないのに無駄に大きくなった派閥の領袖って、やめることできるんでしょうか?
まぁ、この立場はこの立場で、目的の為には悪くないのですけど……。
思うことは色々ありますわよね。
そうは言っても、やめられない以上はやっていくしかないと、分かってはいるのですけどね。
なんであれ、内心がどうであろうと時間というのは流れるもの。
ティノと同盟を結んだ日から、数日が経ちました。
今日は私が主催した我が家でのお茶会の日です。
自分の内心がどうあれ、表向きは沈んだ顔をするワケにはいきませんから、気合いを入れましょう。
この開催の真なる目的は、両親に私の周囲にあつまる人の数を見せつけたかったから――というのがあります。
単に私が一人で騒いだところで、両親の心には響かないかもしれない。
けれど、これだけの人を集めて情報収集をした上で――と前置いた上での説得であれば、両親も耳を傾けてくれるはず。
それで過激派から距離を取ってくれるのであれば、喜ばしいことですので。
ダメでも、そういう意見もある――くらいの受け取り方をしてもらえると、嬉しいのですけれど……。
何であれ、お茶会です。
今回は、早速ティノも呼んでいます。
当初の予定通り、彼女には片隅で休んでてもらうつもりだったのです。
けれども、ティノは私の紹介で参加しているのに、他のメンバーに挨拶もしないのは悪いと、言ってふつうに参加するそうです。
頼りになる共犯者の顔に泥を塗りたくはない――なんて言い方をされては、なんとも言えなくなってしまいます。
そして――というか、案の定というか……ティノは、その話術と立ち回りで、他のメンバーの心にもするりと入り込んでいき、あっという間に馴染んでしまいました。
……この子、モカ様やサイフォン殿下に言って、王家直属の諜報機関にでもスカウトしてしまうのが、一番良い気がしません?
そちらに所属してしまえば、両親の連座に巻き込まれることもなくなりそうですし。
……いやまぁ両親のせいで結局入れないのでは? と言われてしまえばその通りなのですけれど。
ティノのことはさておくにしても、今回のお茶会はうまくできたと思います。
この夢の中における私のチカラのようなものを、両親には分かって貰えたのではないかな……と。
そう思っていたのですが――
「ルツーラ、少しいいかな?」
「お父様?」
――お茶会の途中で、お父様が連れてきた方に、私は思わず動きを止めてしまいました。
「お茶会の途中にすまないね。
でも、ルツーラには是非とも挨拶をしておいて欲しいと思ったんだ」
お父様が連れてきたのは恐い顔の男性です。
悪役顔――と言ってもいいかもしれません。
「こちら、ランディ・イクス・ダンディオッサ侯爵。私がよくお世話になっていてね。
ダンディオッサ侯爵、こちらが私の娘のルツーラです」
「初めまして。そしてすまないなルツーラ嬢。娘さんのお茶会に乱入してまで、私なんぞを紹介する必要はないと言ったのだがね」
私は……この方を知っています。
前回において、恐らくは私を唆した過激派たちを、裏で誘導していた人です。
そんな人が、ニヤァと悪役のような笑みを浮かべています。
どうしたものかと、思っていると、ティノが助け船を出しにきてくれました。
「ランディおじさま。友人が固まってしまっておりますわ」
「おや? コンティーナ? キミもこちらに」
「ええ。ルツーラに招待して頂いておりまして。
それはそれとして、ランディおじさまはご自覚がお有りでしょう? ルツーラに向けた笑顔で大変悪役的ですよ。見慣れてるわたしはともかく、初めてみるルツーラが怖がっていますわ」
「それは失敬。困った顔もあったものですな」
くっくっく――と笑う顔も悪役っぽくて恐いのですが、ティノと談笑する様子はあまり恐くはありません。
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんわ。見た目で勝手に怖がってしまいまして」
「気にしなくて結構。馴れていないお嬢さんには刺激的な顔でしょうからな」
お顔については本当に自覚されているようで、笑って許してくれるようです。
はぁ、私――必要以上に警戒しすぎているかもしれませんね。
「しかしメンツァール伯爵も内心で鼻が高いでしょう?
まだ成人し立てという若さで、これほどの派閥の領袖を担う娘ともなれば」
おや? ダンディオッサ侯爵は私を褒めてくださっている?
「いえいえ。侯爵と比べればまだまだですよ」
「あー……メンツァール伯爵。その言い方はよろしくない」
本当に落胆したように、ダンディオッサ侯爵は嘆息しました。
「誰かと比べるコトと、正統な評価をするかどうかは、別の問題ですからな」
……これは。
いえ、もしかしなくても、私――ではなく、父が試されているのでは?
「フラスコ殿下を筆頭に若い世代の教育係などもしている者からの、老婆心のようなものですがね。
他人の評価というのは、自分の評価以上に正しくしなければならないものだ。そして他人を正しく評価できるのであれば、自分のコトも正しく評価できるというモノ。その逆も然りですがね」
そう言って私を見た時のダンディオッサ侯爵の視線は、悪役のような鋭い眼光――のようにも見えますが、本質的は私の価値を値踏みするようなモノです。
ちらりとティノを見ると、彼女は私と父、そして侯爵を値踏みしているような気配があります。
あー……本当に。
権謀術数が巧みな人たちとのお喋りは疲れますね!
ですが、ここは乗り切らなければなりません。
父が見限られても、私は見限られないようにしなければ。
確かにダンディオッサ侯爵は、過激派に寄る側の人ではあります。
ですが、一方で、前回と同様であるならば過激派の手綱を握っている人でもあるはず。
そんな人に見限られようものなら、他の足切り対象を消すのに利用されるかもしれません。そうなれば、うちも足切り対象も、双方破滅すること間違いなしです。
それこそ、前回の私を唆すかのように父を唆して……。
思えばあれも、メンツァール家を足切りついでに使い潰そうという考えだったのかもしれませんね……。
ですが、今回はそのような形での終わりはごめん被りたいところ。
なので最低限、ここで私の価値を示します。
そうすれば、私に利用価値がある限り、ダンディオッサ侯爵は当家を破滅させるような手は取らないことでしょう。
だから、まずは――
「フラスコ殿下の教育係をされているダンディオッサ侯爵にお褒め頂けるのは光栄ですわ」
――今のダンディオッサ侯爵の話を受けたうえで、侯爵を上げるような言い方をした方が良いでしょう。
「いやいやルツーラ嬢。そこは私を引き合いに出さずに胸を張りたまえ。
生まれたばかりで若者の多い派閥の領袖とはいえ領袖ですからな。他派閥の領袖に頭を下げてしまえば、貴女にその気がなくとも、派閥内外問わず、相手の傘下に下ったと思われかねませんぞ」
「未熟ゆえご指導痛み入ります。
大変厚かましくはございますが、ご指導ついでに一つ伺っても良いでしょうか?」
「ふむ何かね?」
「ご指摘の通り、私は若くて未熟な領袖でございます。だからこそ、一つの派閥の領袖をされておりますダンディオッサ侯爵に教えて頂きたいコトがあるのです」
あー……胃が痛みます。
でも、これはやっておかないと、後々が恐いですからね。
「先ほどの頭を下げる話ではありませんが――些細なお礼と、傘下入りへの承諾の区別が付かないような者、切り捨てた方が良いのでしょうか?」
「……難しい話ですなぁ……」
ダンディオッサ侯爵の目が一瞬鋭くなったあと、何気ない顔に戻り下顎を撫でました。
それを見ながら、私は続けて告げます。
「いずれ手綱が握れなくなってしまった場合、私の責任として突き上げられる可能性もありますでしょう? 敵対派閥へ無差別に毒を撒くような過激なコトをされてしまうのは、たまったものではありませんから」
横にいるティノもさすがにギョッとしました。
お父様は――残念ながら、よく分かっていないような顔をしていますね。
私の今の発言は、成人会を騒がせた毒殺未遂。裏で糸を引いていたのはアナタでは? という意味です。
正直、かなりギリギリを行くきわどい発言だという自覚はあります。
「そうですなぁ……まずは、しっかりと手綱は握っているというアピールを欠かさないコトです。その上で、その手綱から逃れて暴れる者は、派閥で手に負える者ではないのだと、そういうアピールもした方が良いでしょうな」
胃に穴が開きそうです。
ダンディオッサ侯爵が悪役顔なのはさておくにしても、穏やかな講師のような空気とは裏腹に、その視線は完全に私の意図を読み取ろうとしていますからね。
この視線にさらされるのは、かなり胃が……。
「引き際、逃げ際……それを見誤らないのも重要ですぞ。
切り捨てるにしても、ただ思い立ったそばから切り捨てるのではなく、切り捨てるタイミングを見計らう必要がありますからな」
やっぱり。
ダンディオッサ侯爵が、私のお茶会に挨拶にきたというこの時間。
お父様が連れてきたとはいえ、侯爵からして見ればメンツァール伯爵家を、切り捨てるかどうかの確認の意味があったようですね。
「見計らった上で、時に身分や実力が上の相手と戦う勇気や、仲の悪い相手や格下と手を組む努力も必要ですか?」
「無論。それに関しては派閥も何も関係なく、貴族としては必要な手段ですからな。
切り捨てるにしろ切り捨てないにしろ、根回しや状況の確認は常に必要です」
父の代わりに私はどうですか――と売り込みましたけど、大丈夫でしょうか?
「ありがとうございます。侯爵。大変参考になりました」
毒殺事件の方に関してははぐらかされてしまいましたが、一番の目的の方はなんとかなったと思いたいところです。
「いやいやこちらこそ。ルツーラ嬢でしたな。コンティーナもそうですが、サイフォン殿下やモカ嬢ともども、貴女たちの世代が表立つようになった頃、この国がどうなっているのか、とても楽しみになりますなぁ」
ニチャァとダンディオッサ侯爵が笑います。その笑みの意味はなんですか!?
内心でドキドキしていると、横にいたティノが私にしか聞こえないくらいの声で解説してくれました。
「機嫌が良いときの笑い方。たぶん上手く行ったわ」
それならひと安心……というところでしょうか。
「いやはや本当に――我が派閥の傘下になる気は?」
「申し訳ございませんわ侯爵。私には派閥のみなを守る責任がございますので。
それに、男性ばかりの政治的派閥に、うら若き女性ばかりのお茶飲み派閥が傘下に入るというのも、おかしな話ではありませんか?」
「くっはっはっは! いやはやその通り! 言ってみただけなので気にないで良いですからな!」
あー……心臓に悪い質問を……。
ここで変に謙遜したり、冗談のつもりで了承したりすれば、本当に傘下へ組み込まれ兼ねない話ですからね。
冗談として流しつつも、キッチリと傘下入りは否定しておかなくては。
「さてメンツァール伯爵。いつまでもお茶会のホストを、関係のない我々が独占しているワケにもいきません。
女性のお茶会は、重要な情報収集の場であり、情報を広める場。
優秀なルツーラ嬢や、コンティーナたちの仕事を邪魔をするわけには行きませんからなぁ!」
本当にもう――これだから権謀術数に長けた殿方とのお相手は嫌なのです……。
でも、せっかくですので、もう一押しくらいはしておきましょうか。
「情報を広めると言えば、ダンディオッサ侯爵。
近々、王城の文官の皆様が、騎士団の皆さんのマネをしてお仕事の公開する体験会のような催しをするそうですけれど、ご存じですか?」
「ほう? それは初耳ですな」
よし。侯爵の知らない情報でしたね。
このイベントそのものが侯爵と関係あるかないかは別にして、王城のイベントをフラスコ殿下の教育係をしている侯爵より先に知っているというアピールをすることに意味があります。
少なくとも、私の情報収集能力はアピールできたはずですから。
仮に侯爵が知っていても、まだあまり広まっていない情報を持っているという点ではアピールに足る話ですしね。
「そうでしたか。私はそうでもないのですが、女性の多くはそういうイベントに、お相手を探しに行くコトが多いですから。
そういう場でどこに注目すれば、良いお相手を探せるのかお教え頂ければと思ったのですが」
「お教えしたいのもやまやまですがね。文官たちも初めての催しでしょうし、前例がありませんからな」
ニチャァと先ほどと同じ、機嫌が良いときの笑みとやらを浮かべてくれました。
「ああ、そうだったのですね。余計なコトを聞いてしまって申し訳ありませんわ」
「お気になさらずルツーラ嬢。僅かな時間でしたが優秀な貴女とお話しできて楽しかった。機会があればまたお会いしましょう。
お茶会に参加中の皆様も、突然このように顔を出しお騒がせして申し訳なかった。我々はもう下がるので、気にせず続きを楽しむと良いでしょう」
では――と、ダンディオッサ侯爵がサロンを後にすると、お父様はそれを追いかけるように慌ててサロンを出て行くのでした。
二人の気配が完全に消えてから、私は思わずうめきます。
「……ティノ、胃薬って持ってます?」
「よくがんばりました。今度、効きそうなの用意しとくわ」
「ええ。ティノも途中のフォローありがとうございました」
お互いにお礼と健闘を称え合って、いち段落。
そう思っていたのですが――
「ルツーラ様、誰か切り捨てるおつもりなのですか……?!」
――ダーリィがはしたなく声をあげながら、私たちの方へと駆け寄ってくるのでした。