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第7話 寝床

「シャルがそんなことを……」


 そう言って、リーゼロッテは困ったような笑みを浮かべる。

 執務室に辿り着き次第、頼まれてもいないのに、ここに来るまでの間にあった出来事を事細かに語った、エサミの話に対しての反応だった。


 ロミアは気品の欠片もない所作でポリポリと頭を掻くと、言いにくそうにリーゼロッテに訊ねる。


「やっぱり妹さんも知ってるの? その……アンタの、余命について」

「ええ」


 困ったような笑みをそのままに、短く肯定する。


 ほんの少し話しただけでも、シャルロッテが、お姉様(リーゼロッテ)のことが大好きだということはひしひしと伝わった。

 その大好きなお姉様があと一~二年しか生きられないことも、それが理由で替え玉を用意しなければならないことも、まだ一五歳の彼女には受け入れがたいことは想像に難くない。


 だから、自分に対してあんな態度をとったのも仕方のないことだと、ロミアは思おうとしたけれど。

 シャルロッテのあの言い草は、やっぱりちょっとかわいくないと思ってしまう。


 そんな心中をどうにかこうにか抑えつけていたロミアを、リーゼロッテがマジマジと見つめてくる。


「それにしても……今のロミアさんを見ていると、鏡を見ている気分になってきますね」


 と言っているリーゼロッテも、今はドレスに着替えていた。

 やはりというべきか、ロミアが今着ているものと全く同じドレスだった。


「身長が、ほとんど同じであったことも幸いでした。ただ体つきに関しましては、ロミア様の方が段違いに太ましいですが」


 片や傭兵で、片や余命幾許もない女王。

 文字どおり鍛え方が違うため、実際エサミの言うとおりだが、


「さすがに〝太ましい〟は、ちょっと傷つくんだけど」

「これは失礼。ですが、明らかに鍛錬で育ったものではない胸回りも含めると、それ以外に適当な表現が思いつかなかったものでして」


 いけしゃあしゃあと(のたま)う、エサミ。

 心底から「ほんっとうにこのメイドさんは……!」と思っていたロミアだったが。

 不意に、殺意すら超える負の感情を察知して、思わず振り返ってしまう。


 視線の先には、頭に〝暗黒〟がつきそうな感じの笑顔を浮かべている、リーゼロッテの姿があった。

 どこがとは言わないが、よく見れば自分のそれとは明らかに見劣りしている()()()()()からは、努めて視線を逸らしながら。


「なにか?」

「いえ。なんでもありません」


 かつて戦場でも経験したことがない恐怖を覚えたロミアは、ガラにもなく敬語でリーゼロッテに返した。


「リーゼロッテ様。そろそろ、真面目な話をした方がよろしいのでは?」


〝気〟とか〝()〟といった諸々が抜けた空気をつくった張本人が、またしてもしゃあしゃあと(のたま)ってくる。

 これには、ロミアだけでなくリーゼロッテも「ほんっっっっっとうにこのメイドさんは……!」と言いたげな視線を彼女に向けていた。


 その視線すらもしゃあしゃあと流したエサミが、「どうぞどうぞ」とばかりに両掌を差し出し、真面目な話をするよう促してくる。

 リーゼロッテはロミアと全く同じタイミングでため息をつくと、まだ少し真剣になりきれていない表情で、念を押すようにロミアに訊ねた。


「それではロミアさん。本当に、わたくしの替え玉になる仕事を引き受けてもよろしいのですね?」


 この王城に連れて来られる前、リーゼロッテは、替え玉の話を引き受けないことには詳しい事情は話せないと言っていた。

 その割りには、何度も逃げ道を用意してくれる彼女に、ロミアは思わず苦笑してしまう。


 リーゼロッテが見せる優しさや思いやりは、一国の主としては甘いものなのかもしれない。

 けれど、その甘さがなかったら、自分は替え玉の話を引き受けていなかったかもしれない――そう思いながら、ロミアは返答した。


「言ったでしょ。信用第一でやってるって。事ここに及んで断ったりなんかしないわよ」

「……ありがとうございます」


 一国の主ゆえに、みだりに頭を下げるような真似こそしなかったものの、心底から感謝していることが伝わってくる礼の言葉だった。

 いい加減、自分が素直な感謝や賛辞になれていないことを自覚しながらも、どうしても面映ゆさを抑えられなかったロミアは、リーゼロッテから視線を逸らしながらそれとなく話題を変える。


「ただ仕事を引き受けただけなんだから、お礼を言われるような話でもないわよ。それより、替え玉の仕事はいつから始めればいいの?」

「まずは、完璧にわたくしになりきれるよう特訓していただく必要がありますから……まあ、早ければ早い方ほどいいですね」

「なら、そっちさえ良ければ明日からでも始めてくれちゃっていいから、とりあえずアタシの寝床用意してくれない?」

「そう言っていただけるのは、こちらとしても有り難いですけど……ロミアさんは、帰る家とか、持ち出す財産とかはないのですか?」


 デリケートな話だからか、少し遠慮がちにリーゼロッテが訊ねてくる。


「家なんて持ってないわよ。余程金を積まない限り、傭兵に家を貸すなんて物好きはいないからね。財産にしたって、傭兵は全財産を持ち歩くのが(つね)だから、わざわざどこかに取りに戻る必要もないしね」

「そうなんですか……。これでも、傭兵の方々についてはそれなりに理解していたつもりでしたけど……まだまだ勉強不足でしたね」


 悔いるように、真剣に、リーゼロッテは言う。

 傭兵などという使い捨てても文句は言われない人種に対して、ここまで真摯に向き合う彼女を見て、ロミアは思う。


(仕事とか関係なしに、応援したくなる女王陛下ね)


 だからこそ、胸にチクリと痛みを覚えてしまう。

 こういう人間ほど早死にするのは戦場だけで充分だと――いや、戦場とか関係なしにクソッタレだと思わずにはいられなかった。


 ガラじゃないにも程があると思ったロミアは、己の心中を鼻で笑ってからリーゼロッテに訊ねる。


「で、寝床の方は?」


 忘れていたのか、リーゼロッテは思い出したようにポンッと両手を打ち鳴らした。


「そうでしたそうでした。ロミアさんが寝泊まりする場所についてですけど……」


 リーゼロッテは、なぜか勿体ぶった沈黙を挟んでくる。

 なんとなく嫌な予感を募らせていると、その予感すらも上回る言葉を女王陛下がぶん投げてきた。


「わたくしのことを詳しく知ってもらうためにも、ロミアさんにはわたくしの部屋で一緒に寝泊まりしてもらうことにしましょう」


 まさかすぎる寝床に、ロミアは思わず「へ?」と間の抜けた声を漏らしてしまう。

 今の発言は、さしものエサミも予想外だったらしく、両目は(つね)よりも見開かれていた。


「ちなみにこれ、女王として命令しますから、拒否は許しませんよ~」


 堂々と職権乱用してくる女王陛下に、ロミアとエサミはいよいよ顔を見合わせた。

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