第6話 女王の妹
立合いという名の茶番が終わったところで、ロミアはまたしても連行されるような勢いで、王族専用の浴場へと連れて行かれた。
そこで汗と汚れを流した後、エサミも含めたメイドたちの手で整髪され、薄めの化粧を施され、上品なドレスに着替えさせられた。
身だしなみを整えた場合、本当に女王陛下と似ているのかどうかを確かめるためにやっていることはロミアも理解している。
ゆえに、流れに任せるがままにしていたが……期せずして、女王陛下と同等の扱いを体験できたことは、貴重と思う以上になかなかに気分の良いものがあった。
「やはり、身だしなみさえ整えれば瓜二つですね」
ドレス姿のロミアを見て、エサミは淡々と評する。
だからこそ替え玉を依頼されたことは承知しているが、それでもなおロミアは面映ゆさを覚えてしまい、つい否定的な言葉を口走ってしまう。
「とは言われても、リーゼより髪が短いから、さすがにソックリというわけにはいかないけどね」
「と言われると思っておりましたので、ウィッグを御用意いたしました」
いつの間に用意したのか、エサミは両手に持った、金色に輝く人工髪を見せつけてくる。
照れ隠しの言葉すらも先回りされ、閉口しているロミアの頭に、エサミは手際良くウィッグを装着する。
それが終わり次第、鏡を見させられたロミアは思わず目を見開いてしまう。
鏡には、リーゼロッテが映っていた。
そう思わされるほどに、今の自分は、この国の女王陛下にソックリだった。
「アタシ、こんなに似てたの?」
「だから言ったではありませんか。瓜二つだと」
自身の言が正しかったことを誇りもせずに、エサミはロミアの腕をむんずと掴む。
「では、リーゼロッテ様のもとへ向かうついでに、城内を練り歩くとしましょう」
「アンタ、もしかしてこの状況楽しんでない?」
「それはもう」
即答するエサミ。
主が主なら、メイドもメイドだと思ったロミアは、頬を引きつらせるばかりだった。
それから、ロミアはエサミの言葉どおりに、リーゼロッテの執務室へ向かうついでに城内を練り歩いていく。
女王陛下っぽく見えるよう、ロミアなりに上品な足取りを意識しながら。
しかし、
「存外、ロミア様が替え玉だと気づく方が多いですね」
口調そのものは淡泊だが、エサミの声音は、どこかつまらなさげだった。
やはり、城内にいる人間は替え玉の話について聞き及んでいるようだ。
ロミアのことをリーゼロッテと勘違いして敬礼する者が極稀にいただけで、すれ違った者の多くは、訳知り顔で軽く頭を下げるだけに留めていた。
こうなることを半ば予想していたロミアは、肩をすくめながら言う。
「そりゃ、女王陛下がメイドに自分の城の道案内されてる絵面はおかしいからね」
当然と言えば当然の話だが、ロミアは、リーゼロッテの執務室がどこにあるのかなどさっぱりわからない。
ゆえに、エサミが先導される形で城内を歩いていた。
実際のところ、道を空けさせるために従者が主君の前を歩くことは珍しい話ではないので、ロミアが言うほどおかしな絵面にはなっていない。
けれど、ロミアがあらゆる意味で不慣れなせいで、余程見る目がない者でない限りは、リーゼロッテを知る者ならば誰でも替え玉だと気づける程度には、おかしな絵面になっていた。
エサミは「ふむ……」と顎に手を当てて考え込みながら進み、道行く先の廊下を曲がったところでこんな提案をしてくる。
「ロミア様。ここから先は真っ直ぐ進むだけでいいので、堂々と私を侍らかすノリで歩いてみてください」
「しょうがないわね」
気乗りしない返事とは裏腹に、エサミほどではないにしてもこの状況を楽しんでいたロミアは、言われたとおりに廊下を歩いていく。
すると、反対側からやってきた大臣が、道を空けて敬礼してきたのを見て、ロミアとエサミの頬に、あるかなきかの笑みが浮かんだ。
これならいけるかもしれない――そんな確信どおりに、先程までとは打って変わって、すれ違う者たち全員がロミアに敬礼してくる。
持ち前の洞察力と、身体操作能力の高さをもって、王族らしい上品な歩き方を急速に習熟していることも、ロミアを本物の女王陛下だと誤認させる一因になっていた。
(段々楽しくなってきたかも)
などと思っていたロミアだったが、道行く先にその人物が見えた瞬間、浮ついていた心を即座に鎮めた。
廊下の反対側から、ロミアと同じようにメイドを伴って歩いてくるその人物は、シャルロッテ・エリア・ルイグラム。
リーゼロッテの妹にして、この国の王女殿下でもあるシャルロッテの登場に、ロミアはそれとなくエサミに目配せをすることで、応対の仕方についての助言を無言で請う。
だが、エサミは表情一つ変えることなく親指を立てるだけで、助言は一つも返してくれなかった。
それどころか、この状況すらも楽しもうとしているご様子だった。
およそ女王陛下のメイドに似つかわしくない愉快な性根に、いっそ戦慄を覚えながら、ロミアは廊下を進んでいき……シャルロッテと相対したところで、自然と足を止める。
シャルロッテの外見は、言ってしまえば小さなリーゼロッテだった。
金色の髪はリーゼロッテほど長くはないものの、背中に届く程度には伸ばしていた。
碧色の双眸は、ロミアとリーゼロッテの同じようにツリ目がちだが、姉と違って柔和な印象を受けないところを鑑みるに、どちらかといえばロミアのそれに近いかもしれない。
背丈は同年齢――一五歳の少女と比べても低く、かわいらしい容貌と相まって、さながら人形のようだった。
そんな愛らしい王女殿下を前に、ロミアは背筋に汗を滲ませながら思案する。
(ここは、笑顔で会釈の一つでもするべきか……それとも、「ごきげんよう」とかそんな感じの声をかけるべきか……)
何だったら戦場で命のやり取りをしている時以上に真剣に悩んでいると、こちらと同じように足を止めたシャルロッテが、
「まっっっっっっっっったく、なってませんわね」
いきなり、辛辣な言葉をぶん投げてきた。
「替え玉の話は、お姉様からすでに聞いております。なので、あなたがそうであることは、一目見ただけでわかりましたわ。なにせ似ているのは顔だけ。お姉様の愛らしさも、上品さも、美しさも、お淑やかさも、聡明さも、格好良さも、怜悧さも、気高さも、健気さも、愛くるしさも、素晴らしさも、何一つ似ておりませんもの。これじゃあ替え玉と呼ぶのも烏滸がましい。お話になりませんわね」
言うだけ言うと、シャルロッテは歩みを再開し、ロミアたちの隣を通り抜けていった。
一度たりとも、こちらを振り返ることなく。
シャルロッテの姿が見えなくなったところで、ロミアはポツリと訊ねる。
「……エサミ。不敬を承知で、一つだけ言ってもいい?」
「面白そうな予感がするので是非」
ほんと、このメイドさんは――と思いながら、感情を込めてロミアは言った。
「全っっっっっっっっっ然かわいくないわね。リーゼの妹さん」
「そんなことはありませんよ。先程シャルロッテ様が、リーゼロッテ様について仰っていたこと、それっぽい言葉を並べているだけでその実、いくつか重複しているところとか、かわいいと思いませんか?」
「それは……」
〝かわいい〟とはいかないまでも、〝微笑ましい〟と思ってしまったロミアは口ごもる。
ほら――と言いたげに、表情一つ変えることなくこちらを見つめてくるエサミから視線を逸らすと、乱れた心中を表したような、女王陛下らしい上品さなど欠片ほどもない足取りで、ロミアは廊下を歩いて行った。