第2話 替え玉
「リーゼロッテ……女王……」
半ば無意識の内にロミアの口から出た言葉に、リーゼロッテは柔和な笑顔で応える。
「初めまして、ロミア・スターツさん。お察しのとおり、わたくしがリーゼロッテ・マルス・ルイグラムです」
当たり前のようにこちらの名前を把握していたことに、ロミアがますます驚いていると、
「それから、こちらのメイドがエサミ・ウォールズさん。あなたをここに来るように誘導したのが近衛騎士長のレオル・ダルスティンさんになりま――」
「待った! ちょっと待った!」
マイペースに従者の紹介を始めるリーゼロッテに、堪らずといった風情でロミアは待ったをかけた。
「一体全体何で女王陛下がこんなところにいるのよ!? まさか、暇潰しで来たってわけじゃないんでしょ?」
「貴様! 陛下に向かってなんという口の利き方を――」
外套の人物――近衛騎士長のレオルがロミアを叱責しようとするも、他ならぬリーゼロッテに片手で制されたため、大人しく引き下がる。
「わたくしが廃墟を訪れたのは他でもありません。ロミアさん、あなたに会いに来たのです」
「自分と同じ顔の人間がどんなものか見物しに来た……ってわけじゃなさそうね?」
「いえ、そういう気持ちは多少なりともありました」
あったの!?――と、心の中でツッコみを入れるロミアをよそに、リーゼロッテはレオルに訊ねる。
「レオルさんは、実際にロミアさんを見てどう思いました?」
「よく見れば似ているという程度で、陛下の美しさの足元にも及ばないかと」
見た目三〇歳前後くらいに見える、赤茶げた髪をした近衛騎士長のズレた返答に、リーゼロッテは微苦笑を浮かべてから、隣に控えていたメイドに訊ねる。
「エサミさんは?」
エサミはどこか物憂げな紫水晶の瞳で、ロミアのことを、じ~っと見つめる。
銀色の髪はロミアと同様肩に届かない程度の長さだが、向こうはしっかり整髪しているため、受ける印象は髪色以上に真逆だった。
年齢は、ロミアと同じくらいか、少し上――二〇代前半から半ばといったところだろう。
時間にして一〇秒が過ぎたところで、エサミは淡々とした物言いで主の問いに答える。
「しっかりと身なりを整えれば、瓜二つに見えるかと」
本当か?――と言いたげな顔をするレオルをよそに、リーゼロッテは満足そうに頷く。
「声質もわたくしに近いですし、エサミさんがそう言うのであればいけそうですね」
「いけそうって……まさかアタシに、アンタの替え玉でもやらせようとか考えてるんじゃないでしょうね?」
冗談半分で訊ねてみたら、リーゼロッテが満面の笑みを返してくる。
答えを聞くまでもなく大当たりであることを悟ったロミアは、思わず頬を引きつらせた。
「いやいやいや無理無理無理絶対無理。アタシに女王陛下の替え玉なんてできないって。アンタだって、そう思うでしょ?」
ロミアの口の利き方に怒りを露わにしていた上に、ロミアとリーゼロッテが似ていることについても懐疑的だった、レオルに水を向ける。
ここで否定的な意見の一つでも出れば、流れが変わるかもしれないと期待していたら、
「陛下のお考えは、小生如きには及びもつかない。その陛下が『いけそう』だと仰っているのだ。無理なわけがなかろう」
ものの見事に掌を返され、ロミアは(コイツ……っ)と心の中で呻いた。
「そ、そもそも、何のためにアタシなんかに替え玉をやらせようっていうのよ?」
「そのあたりの事情につきましては……申し訳ありませんが、ロミアさんが替え玉の話をお引き受けしない限り、お話しすることはできません。ですので……」
リーゼロッテが小さく右手を上げると、控えていた男の一人――おそらくは近衛騎士長の部下だろう――が、その手に持っていた布袋をテーブルの上に置いた。
「引き受けるかどうか決めるのは、そちらを確かめてからというのはどうでしょう?」
どうぞとばかりに、リーゼロッテは卓上の布袋を指し示すように掌を差し出す。
「金で釣ろうってわけね。傭兵相手には正しいけど、安く見られているようであまり良い気分はしないわ……ね……」
憎まれ口を叩きながら布袋の中身を確認した、ロミアの言葉尻が小さくなっていく。
結論から言えば、ロミアは安く見られていなかった。
というか高く見積もりすぎてない? 正気なの?――と言いたくなるくらいに、布袋にはぎっちりと金貨が詰まっていた。
これだけ稼ごうと思ったら、最低でもあと二〇年は傭兵稼業を続ける必要がある。
それほどまでの大金だった。
「ちなみに、そちらは前金です。見事わたくしの替え玉を務めきった暁には、さらに同額の報酬を追加でお支払いいたしましょう」
まさかの女王陛下の登場に驚いた時とは、別の意味で言葉を失ってしまう。
これだけの金があれば、傭兵稼業から足を洗えるどころか、真っ当な商売だって始めることができる。
つまりは真っ当に生きることができる。
思わず、生唾を呑み込んでしまう。
金で釣ろうとしたことをこき下ろしかけた手前、物欲しそうな反応を見せてしまったことが気まずいことこの上なかった。
「決まりですね」
出会ってからずっと崩すことのなかった柔和な笑顔をそのままに、リーゼロッテは言う。
反論のしようがなかったロミアは、わざとらしい渋面をつくりながらも、素直に首肯を返すしかなかった。