エピローグ
翌朝。
目を覚ましたロミアは、自分が今置かれている状況に困惑していた。
いつの間にベッドに潜り込んでいたのか、シャルロッテがこちらに抱きついたまま、健やかな寝息を立てていたのだ。
わけがわからなかった。
というか、ベッドに侵入されてなお、気づかないどころか目を覚ましすらしなかった自分に驚愕していた。
(こんなザマじゃ、いよいよ傭兵には戻れないわね)
もっとも、今さらでなくとも、戻りたいとは微塵も思わないが。
(ていうか、なんでシャルロッテが……)
と考えたところで、青ざめる。
昨夜の自分は、まともな状態ではなかった。
だから、普段ならば気配で気づけたことも気づけなかった可能性が高い。
もし、仮に、昨夜湯浴みから帰ってきた時点で、シャルロッテが部屋に忍び込んでいたとしたら……。
(泣いてるとこ、見られたり聞かれたりしてないわよね……!?)
「見てはいませんけど、聞いてはいましたわよ」
突然目を覚ましたシャルロッテの言葉に、ロミアは口から心臓が飛び出そうになる。
「な、なんでこっちの考えてることがわかったのよ!?」
「顔に思い切り書いてましたし、お姉様はそういうの、隠したがるタイプだとお見受けしましたので」
瞬間、ロミアは目を丸くしてしまう。
「悪いけど、さっき言ったこと、もう一回言ってくれない?」
「なんで同じことを二回も言わなければならないんですの」
シャルロッテはため息混じりに言うと、「もう一回だけですからね」と、律儀に応じてくれた。
だが、
「顔に思い切り書いてました……し……」
復唱し始めたところで、シャルロッテの顔がみるみる赤くなっていく。
どうやら彼女は、無意識の内にロミアのことを「お姉様」と呼んだようだ。
リーゼロッテの死を哀しみ、泣いていた現場に居合わせたからか。
それとも別の理由によるものなのか。
なぜシャルロッテが心を開いてくれたのは、ロミアにはわからない。
けれど、この七ヶ月間、自分に対しては全くと言っていいほど可愛げがなかったシャルロッテのことを、今初めてかわいいと思った。
思ったから、つい目の前にいる彼女を抱き締め、期せずして、リーゼロッテの「シャルの抱き心地は最高でした」という言葉の意味を思い知った。
大きさ、太さ、柔らかさが絶妙すぎて、このままずっと抱き締めていたい心地だった。
「な、な、何するんですの!?」
突然の抱擁に数秒ほど思考が停止していたシャルロッテが、思い出したようにロミアの腕から逃れる。
ロミアは、つい「あぁ……」と残念そうな声を漏らしてしまう。
「い、言っときますけどっ! わたくしがあなたのことを『お姉様』と呼んだのは……その……そうですわっ! 練習っ! あくまでも、対外的に姉妹と見せかけるための練習ですからねっ! そこのところ勘違いしないでくださいましっ!」
などと苦しい言い訳を残して、シャルロッテは逃げるようにして部屋から出ていった。
そんな〝妹〟の背中を見送りながら、ロミアは一つの決心をつける。
たぶんこの決心は、リーゼも喜んでくれるはず――そう思いながら。
◇ ◇ ◇
その後、リーゼロッテの遺体は、ルイグラムの王族が眠る墓地に、内々に葬られた。
それからしばらくは、シャルロッテも含めた周りの人間に助けられながらも、ロミアはどうにか替え玉を務め……ある程度余裕ができたところで、大事な話があるからと、シャルロッテと、エサミと、レオルを含めた一部の近衛騎士に集まってもらった。
シャルロッテを除いた人選は、ロミアが、初めてリーゼロッテと出会った時に居合わせた顔ぶれだった。
「ロミア様。大事な話とはなんでしょうか?」
この場においては、最もロミアと親しいエサミが訊ねてくる。
ロミアは一度深呼吸をすることで覚悟を固めてから、エサミたちに告げた。
彼女らしくもない、しどろもどろっぷりで。
「話というのは……まぁ……アタシの契約についての……話なんだけど……」
ロミアは散々モダモダした末に、意を決して告げる。
「皆……というか、他の人にも訊いておく必要があるかもしれないけど……リーゼの替え玉……シャルが女王になった後も続けて……いい……かな? 報酬はなくて……いいから…………お願いします!」
そう言って、皆に向かって深々と頭を下げる。
自分でも、無茶なお願いをしていることはわかっている。
ともすれば、王族の暮らしにしがみついていると思われかねないこともわかっている。
けれど――
リーゼが死んで、その死を受け入れて、思ったのだ。思ってしまったのだ。
この、ルイグラムという国のために生きたいと。
リーゼが愛し、命を賭けてまで護ろうとしたこの国を、自分も護りたいと。
(って、そういうことも言っておけばよかった……!)
今さらながら後悔するも、後の祭りだった。
さすがに、この状況から頭を上げて今の思いを打ち明けるのは、絵面としてはあまりにもマヌケがすぎる。
というか、どうして誰も何も言ってくれないのよ?――と思っていたら、
「お話はそれだけですの?」
呆れたようなシャルロッテの声を聞いて、ロミアは思わず顔を上げる。
「たいしたお話でもありませんでしたし、皆さん、持ち場に戻ってください」
「かしこまりました」
「小生らとて暇ではございませんからな」
シャルロッテに言われたとおりに撤収し始めるエサミたちを、ロミアは慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと待って! ア、アタシの話ちゃんと聞いてた!?」
シャルロッテと、エサミと、レオルが、顔を見合わせる。
「聞いていましたわ」
「聞いていました」
「聞いていたが?」
「だったらなんで、そんな素っ気ない反応なのよ!?」
三人は、再び顔を見合わせる。
「正直に言わせてもらいますと、『まあ、そんなことだろうと思った』ですね」
いつもどおりの無表情で、エサミは言う。
「貴様は失念しているようだが、貴様が陛下の替え玉を引き受けた際、契約と呼べるほど明確な契りは交わしておらんぞ」
言われてみればレオルの言うとおりだったことに気づき、ロミアは思わずツッコみを入れる。
「って、それはそれでどうかと思うけど!?」
「リーゼロッテお姉様のご配慮でしょうね。これはわたくしの推測ですが、仮にロミアさんが替え玉という重圧に押し潰されそうになった場合、すぐに解放できるよう、あえて契約らしい契約は結ばなかったのだと思います。あと……」
シャルロッテは、イタズラっぽい笑みを浮かべながら言葉をつぐ。
「最近わかってきたんですけど、お姉様って存外わかりやすいところがありますから、たぶんそうだろうな~とは思っていました」
まさしく、わかりやすく顔に出てしまったロミアの顔が、ちょっとだけ赤くなる。
「他人に対しては腹芸ができても、身内に対してはできないタイプなのでしょう」
エサミの指摘に、ますます顔が赤くなる。
「正直、いつになったら切り出すのかとヤキモキしていたぞ」
レオルにまで内心を見透かされていた事実に、いよいよ顔が真っ赤になる。
「あ~もうっ!! とにかくっ!! あらためてよろしくってことでっ!!」
居たたまれなくなったロミアは、半ばヤケクソになりながら、無理矢理話を締めた。
いつからアタシはこんなになった? 決まってる。リーゼと出会ってからだ――そんな恨み言を、ここにはいない友達に向かって吐きながら。
こうしてロミアは、〝リーゼロッテ〟として立派に国主の務めを果たし。
三年後に、シャルロッテに王位を譲った。
その三年間、辣腕を振るった若き女王が、実は、金で雇われた傭兵であった事実を知る者は少なく。
数十年後、そんな噂話がまことしやかに囁かれるようになってもなお、信じる者はなおも少なかった。
FIN




