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傭兵あがりの替え玉王女  作者: 亜逸


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第22話 会談最終日

 その後――


 森火事を見て、リーゼロッテたちに危機が訪れたと判断したミストミル公は、迷わずダルメスク公国騎士団を森へ向かわせた。

 騎士団の動きを察知した黒ずくめの多くは、()()()リーゼロッテの捜索を諦めて撤退。

 騎士団から逃げ切れないと判断した黒ずくめは、燃え盛る森の中で自刃した。


 黒ずくめの集団の正体を探るためにも、死体だけでもどうにか持ち帰りたいところだったが、騎士団はあくまでも、()()()リーゼロッテと、死亡した()()()()リーゼロッテ、生き残った二人の従者の保護を優先した。

 数だけを見れば、襲撃者の大半がアラミストン公爵の館に攻め入っていたことが、リーゼロッテたちの保護を優先する決め手になったわけだが。

 黒ずくめの集団の正体を探るという意味では、それは悪手だった。


 騎士団の登場で瞬く間に制圧され、捕縛された襲撃者たち。

 その全てが金で雇われた、傭兵やならず者、公国に不満を抱く者たちで構成された、言ってしまえば使い捨ての人員だった。

 黒幕に最も近いであろう黒ずくめは、一人も捕縛することができなかった。


 今回の襲撃でルイグラム王国は()()()()リーゼロッテと、オリバーを含めた四名の近衛騎士が命を落とした。

 アラミストン公爵の従者たちとともに館に立てこもっていたメイドたちからは、一人の犠牲者も出なかったことは不幸中の幸いだった。


 そして、リーゼロッテたちと同じように、宿泊している館を襲撃されたデニモルトは、左肩を矢で射抜かれる重傷を負い、二人の近衛騎士が命を落とした。


 最終日とはいえ、とても和平会談などしていられる状況ではない。

 しかし、ルイグラムとレーヴァイン――両国の国主たっての希望により、最後の会談は執り行われることとなった。




 ◇ ◇ ◇




 翌朝。

 ミストミル公の城内にある貴賓室に、デニモルトの姿があった。

 襲撃を受けたことで、ダルメスク公国内においては最も安全な場所である、ミストミル公の城に招かれた次第だった。


 デニモルトは、部屋には部外者を近づけないよう近衛騎士たちに厳命した上で、従者に、怪我一つ負っていない左肩に包帯を巻かせていた。

 デニモルトの表情は、苛立ちに()ち満ちていた。

 リーゼロッテの暗殺に向かわせた実働部隊からの報告によると、二人のリーゼロッテの内の一人は仕留めた。

 だが、仕留めたリーゼロッテが、本物なのか替え玉なのかはわからないとのことだった。


 生き延びた方のリーゼロッテは、レーヴァインでも選り抜くの暗殺部隊を相手に大立ち回りを繰り広げたという話だった。

 それだけを聞けば、そのリーゼロッテこそ替え玉と見て間違いないはずなのだが。


 仕留めたリーゼロッテは「リーゼロッテ様っ!!」と叫び、生き延びたリーゼロッテを庇って死んだという話に加えて。

 その直後に、ルイグラムの近衛騎士長が「お逃げくださいッ!! リーゼロッテ様ッ!!」と叫び、もう一人のリーゼロッテが、何の迷いもなく言われたとおりに逃げ出したという話を聞いたことで。

 デニモルトですらもどちらが本物で、どちらが替え玉なのかわからなくなってしまった。

 わからなくなってしまった時点でもう、リーゼロッテの暗殺は失敗したも同然だった。

 苛立ちが隠せないのも、それが理由だった。


 いくらミストミル公が耄碌(もうろく)している――あくまでもデニモルト個人の意見だが――とはいっても、これ以上ダルメスク公国で下手な動きを見せては疑いの目を向けられる恐れが出てくる。


(今回はもう、諦めるしかないか)


 絶望的な気分で、ため息を吐き出す。

 今回のような機会を、次もまたつくれるとは限らない。

 だからこそなおさら、吐き出したため息を深かった。


 それからしばらくして、従者が包帯を巻き終わる。

 無傷の左肩には、赤い塗料を染み込ませた綿紗(ガーゼ)があてられており、その上に巻かれた包帯がほんのりと赤く滲んでいく。

 これなら、誰がどう見ても怪我を負っているように見える――そう確信したデニモルトは、包帯の上から王衣を着込み、左腕を三角巾で吊した。


 デニモルト自身、ここまで徹底するのはやりすぎだと思わなくもない。

 しかし、会談中に怪我を確かめる流れになる可能性もないとは言い切れない。

 

(万が一にも今回の騒動の黒幕が我輩だとバレてしまったら、次の機会をつくるどころの話ではなくなるからな)


 ゆえにデニモルトは、さらに徹底するために、肩を負傷した経験がある近衛騎士を呼びつけた。

 そして、会談の時間が訪れるまで、腕や肩をどう動かせば痛みが走るのか、どういう体勢ならば肩が楽になるのかなど、肩を負傷した人間の振る舞いを確認することに努めた。




 ◇ ◇ ◇




 同刻。

 ロミアたちもまた、ミストミル公の城内にある貴賓室で、会談の時間が訪れるのを待っていた。

 防腐処理(エンバーミング)を済ませた、リーゼロッテの遺体とともに。


 部屋にいるのは、ロミア、エサミ、レオルの三人のみ。

 エサミとレオルの目元は泣き腫らして赤くなっていたが、ロミアの目元は、泣いた痕跡が見受けられないほどに綺麗なままだった。


 事実、ロミアはリーゼロッテが死んでから一滴の涙も流していなかった。

 ロミア自身、自分がこんなにも薄情な人間だとは思わなかったと、自己嫌悪しているくらいだった。


 だが――


 乾いた双眸には、悲壮なまでに凄絶な輝きが宿っていた。

 ロミアがリーゼロッテが殺されたことを憤っているのは、誰の目から見ても明らかだった。

 だから、エサミも、レオルも、泣いた痕跡すら見せないロミアを責めるような真似はしなかった。


 しばらくの間、息が詰まるような沈黙が続き――


 会談開始一五分前になったところで、エサミが口を開く。


「〝リーゼロッテ〟様。そろそろご準備を」

「ええ。わかっています」


 あくまでもリーゼロッテとして、ロミアは応じる。


 強く、強く、目を瞑り、凄絶だった目つきを、リーゼロッテらしい柔らかなものに変える。

 その変貌ぶりを見て、レオルは安堵混じりに言う。


「安心しました。先程までの〝陛下〟は、デニモルト王の顔を見た瞬間に(くび)り殺しそうなほどに、殺意に滲んだ目をしておりましたので」

「聞けば、デニモルト王も何者かの襲撃を受け、左肩に重傷を負ったとのこと。いくらワタクシでも、怪我人を縊り殺したりはしませんよ」


 そんな言葉とは裏腹に、ロミアも、エサミも、レオルも、デニモルトが襲われたのは彼の自作自演だと確信していた。

 確信していたから、ロミアはなおさらデニモルトを許すつもりはなかった。


(デニモルト……この落とし前は、きっちりとつけさせてもらうわよ)


 まさしく殺意に滲んだ決意を、柔和な笑顔で覆い隠す。

 他の誰にも、エサミとレオルにも心中を悟られないようにするために。


 そして、隠しているものがもう一つ。


 ロミアが着ているドレス。そのスカートの下に隠れている右太股には、昨夜散々敵の血を吸った短剣が、革紐(ハーネス)でくくりつけられていた。

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