第1話 女傭兵の転機
「誰が指揮官を仕留めたのかわからないだと!?」
「またか!? これで何度目だ!?」
廃墟の外れに設けられた、ルイグラム王国側の陣地の幕舎で、騎士たちの困惑の声がこだまする。
そこから程近いところにある幕舎では、指揮官を仕留めた張本人であるロミアが何食わぬ顔で報酬を受け取っていた。
報酬額は、特に手柄を立てていない、参加した意義があるのかどうかも怪しい傭兵たちと同額だったが、ロミアはその程度の報酬に充分満足していた。
わざわざ指揮官を仕留めた理由は、その方が手っ取り早く戦闘を終わらせられるから。それだけだった。
折角の戦果を放棄した理由は、必要以上に悪目立ちしたくなかったから。それだけだった。
自分の容姿が良くも悪くも人目を引くことは、ロミアも自覚している。
実際、傭兵稼業を始めた頃は、容姿のせいで無用なトラブルに見舞われたことが幾度となくあった。
ロミアとて大金が欲しくないわけではない。
というか、体を売るか傭兵になるかくらいしか生きる道がなかったから後者を選んだだけであって、叶うならばそんなことをしなくてもいいくらいの大金が欲しいと、常々思っている。
自分の体や命を商品にする生き方ではなく、パンとか服飾とかありふれた物を商品にする真っ当な商売を、真っ当な生き方をしたいと、商売を始められるだけの大金が欲しいと常々思っている。
けれど、それに負けないくらいに、悪目立ちしたくないという気持ちが強かった。
傭兵界隈において容姿が理由で目立つことは、異性からは劣情の視線で、同性からは嫉妬の視線で見られることを意味している。
どちらも不愉快極まり視線だった。
それこそ、金を払ってでも晒されたくないと思えるほどに。
おまけに、自分の顔はどうも誰かさんに似ているらしく、その事実がますます不愉快な視線を集めることに拍車をかけていた。
いっそのこと顔を隠すことを考えたが、それはそれで悪目立ちが過ぎるというもの。
ゆえにロミアは、あえて髪を短くして、髪を整えるのもやめて、薄汚れた身なりをすることで、悪目立ちする容姿を偽装していた。
ロミアとて女なので、あえて見てくれを悪くするやり方には、それなり以上にストレスを覚えていることはさておき。
そうした理由により、ロミアは戦果を捨ててでも悪目立ちしない道を選んだ。
命を資本にしているせいか、レーヴァイン王国に比べてルイグラム王国の方が気前が良いせいか、戦闘に参加するだけでもけっこうな額の報酬が得られるので、今のやり方に特段不満はなかった。
もう一〇年も続ければ、傭兵などという危険な商売をやらなくても、生きていける程度の財産を築けるだろう。
だが――
(一〇年……か)
ロミアの年齢は二一。
体力が本格的に衰える前に傭兵稼業から足を洗えることを鑑みれば、一〇年という年月は決して悪くない数字だった。
けれど、「たった」と呼べるほど良い数字でもなかった。
現在ルイグラム王国とレーヴァイン王国の間に起きている、小競り合い程度の戦闘ならば、余程の強敵に出くわさない限りは平穏無事に金を貯めることができる。
だがそれは、両国の小競り合いが一〇年続いた場合の話であって、その年月が経つ前に両国が疲弊して停戦するか、戦闘が激化して戦は戦でも大戦に発展する可能性の方が余程高かった。
今の――ロミアにとっては平穏な――生活は、そう遠くない未来に立ち行かなくなるのは目に見えていた。
(そうなったら、細々と酒場の用心棒でもやっていくしかなさそうね……)
先行きの暗さにため息をつきながら幕舎を出たロミアが、気晴らしに廃墟の街でも散策しようかと考えていた、その時だった。
陣地内に無数に設けられた幕舎。その一つの陰から、こちらのことを監視する視線を感じたのは。
(……はぁ。面倒事はノーサンキューなんだけど)
さりとてこのまま捨て置くわけにもいかないので、ロミアはあえて視線を感じた方角へ足を向ける。
すると、視線の主――フードの付いた外套を纏っているため性別すらわからないが――が付かず離れずの距離を保ちながら、陣地の外――廃墟の街の方へ逃げていった。
相手の誘うような動きに、ロミアは形の良い眉をひそめる。
ますます面倒な予感がしてきたが、やはり、このまま捨て置くのも具合が悪い。
短い逡巡を経て後を追うことに決めたロミアは、誘われるがままに外套の人物の追って廃墟の街を歩いていく。
無惨に破壊された館の前を横切り、穴だらけになった石畳を進み、無惨に破壊された噴水広場を抜けたところで、外套の人物は、その先にあった、戦闘の影響をほとんど受けていない家屋の中に入っていった。
ご丁寧に閉め切られた扉の前で足を止めたロミアは、注意深く家屋の中の気配を探る。
人数は、外套の人物も含めて五人。
こちらのことを罠にかけようという気配はおろか、敵意そのものが微塵も感じられなかった。
だから危険はない――とは断言できない。
しかし、本気でこちらを害するつもりならば、こんなあからさまかつ回りくどい真似はしないはず。というか、する意味がない。
扉の向こうにいるのは、ルイグラム王国側の人間なのか、それともレーヴァイン王国側の人間なのか、はたまた両国とは全く関係のない人間なのか。
ここまで来たら確かめてやろうという気持ちと、わずかな好奇心に背中を押されたロミアは、面倒な予感から目を逸らしながら、少しだけガタついている扉を開き、家屋に足を踏み入れた。
はたしてロミアを出迎えたのは、外套の人物も含めた三人の男と一人のメイド、そして、ただ一人テーブルを前に椅子に座っている、どことなく自分に似ている女。
気配で察知したとおり、計五人の男女だった。
その五人を――否、椅子に座っている女を前にして、ロミアは思わず言葉を失ってしまう。
女が自分に似ていたからなどという、些末な理由で驚いているわけではない。
自分に似ている女など、このルイグラム王国においては件の誰かさん以外に存在しない。
少なくとも、ロミアは見たことも聞いたこともない。
だからこそ、驚きを隠すことができなかった。
ロミアと違って腰まで届くほどにまで長く、金糸のように艶やかな髪。
ツリ目がちでありながらも、ロミアと違って柔和な印象を受ける碧い瞳。
上品な旅装も、汚れ一つない真白い肌も、何もかもがロミアとは違うのに、どことなく――いや、間違いなく自分と似ている美貌。
その女の名は、リーゼロッテ・マルス・ルイグラム。
ロミアと同じ二一歳という若さでこの国を治めている、ルイグラム王国の女王だった。