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傭兵あがりの替え玉王女  作者: 亜逸


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第18話 隠し通路

「皆様方! 敵襲です! 数はおよそ三〇〇! 全員が剣や弓で武装! 館を包囲する形でこちらに迫っています!」


 エサミからのおよそ信じがたい報告に、公国の衛兵と騎士たちが浮き足立つ。


「三〇〇ッ!?」

「そんな馬鹿な話があるかッ!?」

「我が公国(くに)の目を欺いて、どうやってそれほどの数をッ!?」


 一方、エサミのことを信頼しているルイグラムの近衛騎士たちは、敵の数には驚きつつも、冷静な判断のもと現状は持ち場で待機し、一人を連絡役として館の中に走らせていた。


 そうこうしている間にも、こちらに進軍してくる敵の包囲網から、ポツポツと松明の灯火が点き始める様子が見て取れる。


 エサミは館にいる者たち全員に危機を伝えるつもりで叫んだ。

 当然、その叫びは敵にも伝わっている。

 だから敵集団は息を潜めて近づく必要がなくなり、松明を灯した――そう思っていたエサミだったが、


(あれは……)


 敵の弓兵が、松明に矢の先端を触れさせ、火を移しているのを見て、わずかに目を見開いた。


「火矢が来ますっ!」


 その叫びを最後に、ほとんど飛び降りる勢いで木を降りていく。

 遅れて、四方八方から飛んできた火矢が、館の屋根や壁、敷地内に林立している樹木に突き刺さり、燃え移った炎が月明かりを圧するようにエサミたちを照らした。

 ほぼ同時に、敵集団が(とき)の声を上げながら館に攻めかかってくる。


(館内にはロミア様とレオル様がいます。それに調べた限りでは、この館には……)


 短い黙考の末、エサミはこの場に残って敵の迎撃に努めることを決断する。

 木の天辺からその動きを見た限りの話になるが、少なくともエサミには、敵集団の練度はそこまで高くないように思えた。

 火矢を放った者たちを筆頭に一部例外は交じっているものの、大多数は烏合の衆と見ても問題はないだろう。


 だが、多勢に無勢であることには変わらない。

 ダルメスク公国の衛兵と騎士が、どこまで当てになるわからない以上、館を護る戦力は一人でも多くいた方がいい――その判断のもと、エサミは、いよいよ館の敷地に踏み込んできた敵集団を迎え撃った。




 ◇ ◇ ◇




 時はわずかに遡る。


「皆様方! 敵襲です!」


 エサミの叫び声が聞こえた瞬間、ロミアはすぐさま跳ね起きる。

 

「数はおよそ三〇〇! 全員が剣や弓で武装! 館を包囲する形でこちらに迫っています!」


 続く言葉を聞いて、事が最早暗殺どころの騒ぎではないことを知ると、あらゆる疑問を今は頭の片隅に追いやり、荷物の中から、傭兵時代から愛用していた短剣と、その予備を取り出した。


 戦闘訓練は、替え玉の特訓の合間に定期的に(おこな)っていたため、ロミアの腕はそこまで錆び付いていない。が、この七ヶ月全く使いどころがなかった短剣は、その限りではない。

 ゆえに一度鞘から抜き、二本とも刃が錆び付いていないことを確認してから、ロミアに遅れて起き上がったリーゼロッテに、予備の短剣を投げ渡した。


「……っとと。あ、危ないじゃないですかっ」


 慌てふためきながらキャッチし、抗議するリーゼロッテに、ロミアは不敵に笑って返す。


「でも、目は覚めたでしょ?」

「確かに覚めましたけど……」


 と文句を言いながらも、リーゼロッテは短剣を持ったままベッドから下りる。

 彼女に短剣を投げ渡したのは、護身用として使わせるためという理由は勿論ある。

 だがそれ以上に、ロミアだけが短剣で武装していたら、どちらが本物のリーゼロッテなのか一目瞭然になってしまうので、それを誤魔化(ごまか)すために持たせているという理由の方が強かった。


「さすがに、着替えてる時間はありませんよね……」


 自身とロミアのネグリジェを見比べながら、リーゼロッテは言う。

 ない――とロミアが答えるよりも早くに、控えめに扉をノックする音が聞こえてくる。


「リーゼロッテ様。扉を開けてもよろしいでしょうか?」


 レオルの声を聞いて、最早答える時間すらないことを悟ったロミアは肩をすくめる。

 リーゼロッテがため息をついてから「どうぞ」と答えると、扉がゆっくりと開き、レオルと、部下の近衛騎士一名が中に入ってくる。


「リーゼロッテ様は、まずはこちらを」


 レオルはその手に持っていた、二着の外套(マント)をロミアとリーゼロッテに渡す。

 存外に気が利く近衛騎士長に、ロミアは外套を纏いながら、()()()()()()()()()礼を言った。


「ありがとう、レオルさん」

「正直助かります」


 淀みなくロミアに続く、リーゼロッテ。

 レオルの表情を見て、この時点でもうどちらが本物なのかわからなくなっていることを、持ち前の洞察力で悟ったロミアは、扉の入口にアラミストン公爵の衛兵がいないことを確認してから小声で言った。


「リーゼはあっちだから。いざという時は間違えることなく護ってあげなさいよ」

「い、言われずともわかっている……!」


 苦し紛れに返してから、レオルは告げる。


「もうすでにご存じとは思いますが、現在この館は、武装した三〇〇人の賊に囲まれております。戦力差もさることながら、賊は火矢を用いているため、仮に今から公都に助けを求めたとしても、応援が来るまで持ち堪えるのは難しいでしょう」


 館は石造りのため、そうそう火が燃え広がることはないが、執拗に何度も火矢を射かけられた場合はその限りではない。

 賊の目的をリーゼロッテの殺害だと仮定して、死体の状態に拘っていない場合、公都からの応援が到着する前に、館を火の海にされている公算は高い。


「ゆえに陛下には、()()()()()()から外にお逃げいただくことを、小生は愚考しております」


 この館に隠し通路があることを知らなかったロミアが目を見開き、知らないまでもその可能性に思い至っていたリーゼロッテが、レオルに首肯を返す。


「隠し通路の場所は?」

場所(それ)につきましては、アラミストン公爵が。近衛騎士副長(ダグラス)にこちらにお連れするよう命じておりますので、もう少々お待ちください」


 アラミストン公爵が、隠し通路の存在についてはレオルに伝えども、その在処について伝えていないのは、措置としては当然の話だとロミアは思う。

 賓客とはいえ、自分の館の脱出経路をおいそれと他人に教える者はいない。

 アラミストン公爵が隠し通路について、国主であるリーゼロッテには伝えず、レオルにだけ伝えていたのも、警備の関係上、いざという時に備えてその存在を共有しておく必要があると考えたがゆえのことだろう。


 それからほどなくして、近衛騎士副長のダグラスに連れられて、アラミストン公爵と衛兵二人が部屋にやってくる。


「公爵閣下。隠し通路の案内をお願いしてもよろしいですか?」


 慇懃(いんぎん)に訊ねるレオルに、アラミストン公爵は首肯を返す。


「館を包囲されてしまった以上は、是非もありますまい」


 許しを得たところで、レオルはダグラスに命じる。


「小生と部下(オリバー)は、このまま陛下とともに隠し通路から館を脱出する。ダグラス、残った者たちの指揮は頼めるか?」

「お任せください」

「……死ぬなよ」

「そう深刻にならなくても大丈夫ですよ。見たところ、敵集団の練度はそこまでですからね。エサミ殿も残ってくれるようですし、生き残れる可能性の方が余程高いくらいです」


 明らかに強がっていることはわかっていたが、レオルはあえて笑って返し、ダグラスのの胸を「ぬかせ」と小突く。

 そんな中、この場においてはロミアただ一人だけが、リーゼロッテの表情に不安の陰が落ちていることを見逃さなかった。


(エサミが館に残ることを心配してるみたいね)


 大丈夫。あのメイドさんは殺したって死なないタイプだから――と、冗談混じりに励ましてやりたいのは山々だけど。

 アラミストン公爵の手前、()()()()()()リーゼロッテに接するわけにはいかなかったので、今は心を鬼にして黙っているしかなかった。


「では、こちらに」


 アラミストン公爵に先導されて、ロミアたちは館の書庫へ移動する。

 部屋の奥にあった本棚の一つを動かし、露わになった扉を開くと、そこには地下へ続く階段が設けられていた。


 本棚を元に戻すために衛兵の一人がその場に残り、もう一人の衛兵が松明片手に階段を下りていく。

 その後ろを、アラミストン公爵、レオルの部下のオリバー、リーゼロッテ、ロミア、レオルの順で続いていく。

 階段を下りきった先にあったのは、人一人が通れる程度の幅しかない、終わりが見えないほどに長い一本道の通路だった。


「こういう状況に備えて造ったものなので、かなりの距離を歩くことになりますが、どうかご辛抱を」


 アラミストン公爵の言葉に、ロミアは微笑混じりに返す。


「構いません。それほどの距離を歩くということは、確実に包囲網の裏に出られると思ってよろしいのでしょう?」

「ええ、勿論。隠し通路の出口は、館と公都の中間くらいの位置になりますので」


 館から公都までの距離は、徒歩で四〇分程度。

 その中間に届く程の包囲網を敷こうと思ったら、三〇〇人程度ではまるで足りない。


 間違いなく包囲網を抜けられる――その確信を得たロミアが一つ頷いて見せると、アラミストン公爵は衛兵に向かって顎をしゃくった。

 意図を察した衛兵は、松明で前方を照らしながら隠し通路を進んでいく。

 ロミアたちも、階段を下りた時の順番をそのままに、後に続く形で歩いていく。


 それから、ただ黙って歩き続け……体感にして二〇分に差し掛かろうとしたところで、道行く先に上り階段が見えてくる。


「もう少しです」


 ここまで来ればもう大丈夫だと思ったのか、アラミストン公爵の声音には安堵が入り混じっていた。


 階段を上がり、終点に設けられた天井扉を開く。

 その先にあったのは、壁も床も天井も木でできた、小さな小屋だった。

 ろくに使われていない粗末なベッドにテーブル、暖炉、壁にかけられた薪割り用と思しき斧に視線を巡らせながら、ロミアはアラミストン公爵に訊ねる。


「ここは狩猟小屋ですか?」

「ええ。あくまでも隠し通路の出口として設けたものですので、狩猟小屋として使用したことはほとんどありませんが」


 応じながら衛兵から松明を受け取り、両手が空いた衛兵に床扉――隠し通路側だと天井扉になるが――を閉めさせる。

 扉と床の境目は、上手い具合に床の継ぎ目に見せかけているため、傍目(はため)からはそこに隠し通路の扉があるようには見えなかった。


 アラミストン公爵が衛兵に松明を返したところで、地下通路を進んだ順番をそのままに、森が拡がる小屋の外へと出て行く。

 そして、最後尾から二番目となるロミアが小屋の外に出た瞬間、


(これは……)


 館にいた時にも感じていた、戦場特有のひりついた空気。

 安全なところまで逃げてきたはずなのに空気(それ)を感じたことに、ロミアは眉をひそめた。

 最後に小屋から出てきたレオルも感じたのか、同じように眉をひそめる。


「〝リーゼロッテ〟様、これは……」


 ロミアはただ黙って首肯を返すと、前にいるリーゼロッテに今感じたことを伝えるために彼女の肩を掴み……思わず目を見開いてしまう。

 リーゼロッテの体が熱くなっているのだ。

 外套(マント)越しからでもはっきりとわかるほどに、彼女の体は熱くなっていた。


 まさか――と思うよりも早くに、どこからか飛んできた火矢が次々と小屋に突き刺さる。


「なぁあぁああぁッ!?」


 瞬く間に小屋が燃え上がる様を見て、腰を抜かすアラミストン公爵をよそに、森の闇から溶け出るように、黒ずくめの装束に身を包んだ者たちが、こちらを取り囲む形で姿を現した。


 数は四~五〇。

 敵集団の練度はそこまでだと聞いていたが、少なくともこの黒ずくめの集団からは、そんな印象は微塵も感じられなかった。


(明らかにこっちが本命ね。アラミストン公爵の反応を見る限り、嵌められたというわけでもない。だとしたら……)


「してやられましたね、デニモルト王に……」


 こちらの思考を読んだかのように、リーゼロッテが呟く。

 そのことに驚くよりも先に、彼女への心配が先に立ったロミアは小声で訊ねる。


「大丈夫なの? 熱、出てきてるわよ?」

「白状すると、あまり大丈夫じゃないですね。この二日間の疲れに加えて、長時間歩いたのがまずかったみたいです。ですが……」


 リーゼロッテは、体調の不良を認めてなお鋭い視線を黒ずくめたちに巡らせる。


「今はちょっと、泣き言を言っている場合ではなさそうですね」

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