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傭兵あがりの替え玉王女  作者: 亜逸


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第14話 レーヴァイン国王からの親書

 アルメーラ皇国との会談から四ヶ月。

 髪が背中まで伸び、ますますリーゼロッテの替え玉が板に付いてきたロミアは、


「このとおりです、エヴァス帝……! わたくしはまだ、アルウィンのことを愛しています……! どうか……どうか、ご容赦ください……!」


 いまだに会談の件でいじり倒されていた。

 ちなみに、今ロミアの真似をしていたのは女王陛下(リーゼロッテ)本人。

 当時のロミアの演技をエサミから事細かに教えてもらったことで、リーゼロッテのロミアの物真似は完全再現と言っていいほどの完成度を誇っていた。


 時間が空いたので、お城の中庭でアフターヌーンティーにしましょう――そんな誘いを受けた結果がこれだから、自然、ロミアは表情も声音もげんなりとさせてしまう。


「うん。わかったから。完成度が物凄く高いことはわかったから。ほんともう、そろそろ勘弁してくれない?」

「勘弁なんてしてあげません。縁談を断るために、勝手にわたくしに〝哀しい過去〟をつくるなんて……」


 四ヶ月前は、こういう風に言われて申し訳なく思っていたロミアだったが、


「そんな面白い話、向こう一〇年は引っ張らないと勿体ないじゃないですか!」


 なんてことを(のたま)う女王陛下のせいで、今や申し訳ない気持ちよりも、イラッとくる気持ちの方がはるかに強かった。


「それはそうと、女王陛下の真似をしている替え玉の真似をしている女王陛下というのも、面白いとは思いませんか?」


 リーゼロッテがますます得意げに、ますますイラッとくることを宣ってくる。

 四ヶ月前に、一〇日間も高熱にうなされていたのが嘘のような鬱陶しさだった。


 そんなロミアに助け船を出したのが、アルメーラ皇国との会談で助けになってくれたエサミだった。


「リーゼロッテ様。ロミア様の仰るとおり、そろそろ勘弁して差し上げた方がよろしいかと。さすがに四ヶ月は擦りすぎです。見ている側としては、もうだいぶ飽きてきました」


 もっとも助け船を出した理由は、案の定というべきか、大概にろくでもなかったが。



「お姉様っ!!」



 突然、シャルロッテの逼迫した声が中庭に響き渡る。

 息を切らせてリーゼロッテのもとに駆け寄ってきたシャルロッテは、荒れた呼吸と居住まいを正して、妹としてではなく王女殿下として、女王陛下に一通の手紙を献上した。


 リーゼロッテは、つい先程まで緩みきっていたとは思えないほど凜とした所作で、シャルロッテから手紙を受け取る。

 封蝋に(しる)された印章を見て、リーゼロッテはわずかに眉をひそめた。


「デニモルト王からの親書……ですか」


 レーヴァイン国王の名を呟くリーゼロッテに、シャルロッテは首肯を返す。


「信じられないかもしれませんが、レーヴァインはルイグラム(わたしたち)と和平を結びたいと言っておりました」


 まさかすぎる言葉に、リーゼロッテのみならず、ロミアも、エサミでさえも、思わずといった風情で目を見開いた。




 ◇ ◇ ◇




 言うまでもない話だが、ルイグラムとレーヴァインの小競り合いは、周辺諸国にも様々な影響を与えている。

 小規模とはいえ、常日頃から戦闘が行われているのだ。

 それによって生じた緊張状態は言わずもがな、人や物の流れにも無視できない影響を与えていた。

 ゆえに、第三国が見かねて調停をはかろうとすることも、話としては珍しくない。

 事実、これまでにも第三国がルイグラムとレーヴァインに停戦を提案し、決裂するという出来事が二度ほどあった。


 今回、停戦を提案してきたのは、ダルメスク公国。

 中立を国是とし、それを貫き通せる程度の国力を有する、調停役としては打ってつけの国だった。


 これまでに二度、停戦交渉が決裂していたせいもあって、ルイグラムにしろレーヴァインにしろ、初手から国主同士で会談するという選択肢は持ち合わせていない。

 自国は国主が会談に臨んだのに、相手国が名代(みょうだい)――国主の代理――を(つか)わせていたなんて状況になってしまったら、国の面子(メンツ)が丸つぶれになるからだ。


 リーゼロッテは国の面子にはそこまで拘っていないが、面子を潰されたことで生じた優劣が、自国に不利益をもたらすことは()っている。

 ゆえにリーゼロッテは、今回の停戦会談には実妹であるシャルロッテを遣わせることにした。

 半端な人間を遣わせては、調停役を買って出たダルメスク公国の面子を潰すことになる。

 それを避けるための人選だった。


 ここからはリーゼロッテの〝読み〟の話になるが、レーヴァイン側も停戦会談に遣わせるのは、おそらくは第一王子か第二王子あたり。

 初回から会談を荒らすつもりはないだろうが、何かしらこちらの虚を衝く一手を打ってくる――リーゼロッテは、そう読んでいた。

 そして、その〝読み〟自体は正しかったが、



「まさか、あのデニモルト王が、停戦ではなく和平を提案してくるとは夢にも思いませんでしたね……」



 その夜。

 リーゼロッテは私室で、ロミアの前で、デニモルトの一手が完全に予想外であったことを認めた。


 親書には、和平会談の提案の他に、会談を行う上での条件も記されていた。

 その条件は、和平会談は、リーゼロッテとデニモルト――双方の国主同士で行うこと。

 会談の場は、今回調停役を買って出たダルメスク公国が決めること。

 この二点だった。


 それらを踏まえた上で、リーゼロッテは大臣たちと話し合い、デニモルトの提案に乗ることに決めた。


 だが、


「替え玉のアタシがとやかく言うのもなんだけど、レーヴァインの提案に乗ってよかったの? 絶対裏があるわよ」


 和平の提案をされることそのものが夢にも思わなかった。だからこそ同感だと思ったリーゼロッテは、ロミアに首肯を返す。


「それも、和平の提案以上に予想外な裏があると思った方がいいでしょうね」

「そこまでわかっていて応じなきゃいけないんだから、つくづく難しいわね。外交ってのは」


 その言葉こそ予想外だったリーゼロッテは、思わず目を丸くしてしまう。


「な、何よ……」

「いえ……まさかロミアさんから、そんな言葉が出てくるとは思ってなかったので」

「リーゼ……」


 ロミアはわざとらしく怒った表情をつくると、リーゼロッテをベッドの上に引き倒し、


「それってどういう意味よ!」


 ネグリジェの上から脇をコショコショとくすぐった。


「あははははっ……ちょっ……ロミアさん……っ」


 相手は病人なので、ロミアは、程々のところでくすぐるのをやめてから、ちょっと自慢げに言う。


「替え玉の仕事を引き受けてから、もう半年以上経ってるのよ。いくらアタシでも、政治にしろ外交にしろ、多少は理解できるようになるわよ」


 ていうか、理解できてないと逆にやばいでしょ――と付け加えるロミアに、リーゼロッテは「ですね」と微笑混じりに肯定し、


「それはそうと、やられっぱなしはわたくしの性分ではありませんので……」

「あっ……ちょっ……くすぐった――あははははっ」


 同じように脇をくすぐり、ロミアの口から涙混じりの笑い声が上がった。

 七ヶ月もの間、替え玉としてリーゼロッテの真似をしてきたせいか、笑い方も反応もリーゼロッテとそっくりだった。


 ひとしきり戯れた後、リーゼロッテとロミアは仰向けに寝転がり、二人して天蓋を見上げる。


「ロミアさん。和平会談には、ロミアさんにも一緒に来ていただくことを考えています」

「いいの? 替え玉(アタシ)の存在を(おおやけ)にすることになるわよ」

「それはわかっています。ですが……たぶん、この和平会談が分水嶺(ぶんすいれい)になると思うんですよ。このルイグラムという国が生き残れるかどうかの」


 生き残れるかどうか――その言葉が決して誇張ではないことを理解しているのか、ロミアはわずかな沈黙を挟んでから訊ねる。


「だから、使える駒は全部使うってこと?」

「言い方は悪いですが、そういうことになりますね。それにデニモルト王が、わたくしを暗殺するために和平という餌を用意したという可能性もないとは言い切れませんし」

「いや、そんなことをしたら調停役のダルメスク公国の面子を潰すことになるから、いくらレーヴァインでも、そこまで大それたことはしないんじゃ――……あぁ、そうか。だからこそ、こちらの裏を掻く一手になり得るのか」


 リーゼロッテが首肯を返すのを見て、ロミアはため息をつく。


「暗殺を実行に移す可能性がどの程度あるかはともかく、備えるに越したことはない……か。わかったわ。実際暗殺を目論んでる相手に対して、替え玉と一緒に行動しているところをあえて見せつけるのは、けっこう有効(あり)だしね」


 標的が二人いる。標的がどちらかわからない。それだけでも、暗殺の難度は格段に跳ね上がる。

 弓矢での狙撃や毒殺といった暗殺の常套手段も、標的がわからないことには実行に移せない。

 仮に移せたとしても、暗殺の成功率が下がることは避けられない。

 余程の考えなしか、余程の覚悟がなければ、暗殺を実行に移そうとは思わないだろう。


「そう言っていただけると助かります。もし本当にデニモルト王がわたくしの暗殺を目論み、実行に移した場合、ロミアさんには危険な役回りを押しつけることになるかもしれませんから……」


 申し訳なさそうに、リーゼロッテは言う。

 女王陛下と替え玉という観点から見れば、なんともズレた態度を見せる彼女に、ロミアは知らず頬を緩めた。


「それくらい、戦場で指揮官仕留めにいくのに比べたら危険でもなんでもないわよ。そもそも一番危険なのは、命を狙われるアンタでしょうが」


 今さらそのことに気づいたリーゼロッテが、目を丸くする。


「言われてみれば、そうでしたね」

「言われてみればじゃないでしょう……」


 余命幾許もないせいで、無意識の内に自分の身の安全を度外視しているのか。

 それとも、単にそういう性分なだけなのか。


(おそらくは、両方でしょうね)


 だからこそ、護ってあげたいと思う。

 死なせたくないと思う。

 できることなら……病気もどうにかしてあげたいと思う。


(……すっかり入れ込んでるわね、アタシ)


 そんな自分に呆れてしまう。

 同時に、そんな自分も悪くないと思ってしまう。


 結局のところは、この女王陛下のことを気に入ってしまったのが運の尽きだと思ったロミアは、もう少しだけリーゼロッテとの他愛ないお喋りを楽しんでから、二人仲良く眠りについたのであった。

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